52.健康な生活
『いや、むしろよくやってくれたよっ!!』
ニンゲンを保護した事情を話し、面倒ごとを
持ち込んですまないと謝る2匹の友をむしろ
誇らしく思った猫はそう叫んだ。
「(絶対、良いことしたよっ!!)」
「マスターは絶対良いことをしたとおしゃっております」
「・・・私もそう思います」
「私も正しいことをしたと思います」
「謝罪など不要ですよ」
「弱きを守る・・・まさに騎士道!!」
「おぬしもホントに丸くなったのう・・・」
「善行まで行うとはの・・・」
「わんわんっ!!」
友からの称賛の言葉は止まず、2匹の魔王は
照れくさそうに微笑んだ。
最後の犬の言葉は称賛ではなく「わぁ~ニンゲンだ~」と
喜んでいただけなのかも知れない。
黒蛇のベッドで眠りこけている兄妹にてててと近づくと
人懐っこそうにその顔をペロペロと舐めた。
「あっ!?」と全員が思った時には兄妹はさすがに
起きてまっていた。
誇るべき友を讃するのに夢中で「で、どうしようか?」
という話はまだできていなかった。
「「わっ!!」」
目の前に在る巨大な獣の姿に兄妹は驚いた。
ただ兄妹の泣きはらした涙をぬぐうように顔を舐め続ける
巨大な獣からは害意は感じないし、むしろ好意を感じるものだ。
それに大好きなトカゲさんもヘビさんも傍にいてくれている。
怖いことは何もないと解った二人は犬のそのふわふわの
毛並みを自然に撫で始めていた。
好意的に接してくれる犬や、猫、人にしか見えない歌、
その体温以外は人に見えるゾンビの少女や
言い換えればただの兜のない鎧であるデュラハンや
浮遊する不思議なローブに幼い兄妹はすぐに懐いたが
リッチのその姿には相当に怯えてしまった。
ちょっと傷つきつつもリッチは怯えさせない様に
今はその顔を隠す様に布をグルグルと顔に巻いていた。
兄妹の遊び相手は今は犬が一手に担っている。
いや、ひょっとすると遊んで貰っている側な様な気もするが・・・
「やはり、ニンゲンの世界に返すべきとは思う」
「だが、ニンゲンの世界はこんな幼い子だけで
生きていけるものなのかどうかは・・」
デュラハンの意見は尤もだ。
飛竜も黒蛇もそう思って相談に来たのだ。
「(家族も故郷もいっぺんに失っちゃうだなんて・・・)」
歌のその表情には痛ましさが強く表れていたが
それでも自分たちで保護できないことは解っている。
自分たちは魔物なのだ。
オマケにこの兄妹は魔素に酷く弱い体質らしい。
今は兄妹たちに魔素の影響がその身に及ばない様に
全員で操作、吸収して守っているがずっとそれが、
傍らでその成長を見守り続けることが魔物である
自分たちにできないことなんて、そんなことは解りきっている。
だからこそ、この兄妹たちのことを強く慮っていた。
「私がニンゲンの街に一緒に行って保護しても良いのですが・・・」
「私とて人の街には詳しい訳ではありません」
「うまくできるかどうかは・・・」
「まぁ、それは難しかろうな・・・」
「ワシだって地上の世界には詳しくない」
「常識の欠如・・・異端が弾かることは想像に難くないの」
「やはりニンゲンに預けるに限る」
「事情を話しておぬしの主人に頼めないのかの?」
視線を向けられた猫とてそうするのが最善かとは思っていた。
だけど・・・
『頼むこと自体はもちろん難しくないし、きっとあの子なら
信頼できるニンゲンに預けてくれるさ』
『でもほら・・・この子たちの方は』
『魔素を避ける生活をしてきたんだろう?』
『その生活はきっと、叶わなくなるね・・・』
王都は元より、今までのどの人の街でもありとあらゆる
ライフラインを含めた生活様式全ての根幹には魔素を使用していた。
こんな使い方もあるのかと人の知恵には感心したものだが
きっとそんな便利な生活はこの子たちの本意じゃない。
『それでもたぶん、そんな生活にもすぐに慣れちまうさ』
『でも、そうして育ったこの子たちは・・・』
そこから猫は次の言葉を発することは無かった。
だが、言いたいことはその場の誰もが理解できた。
それで幸せになれるのだろうか?
わかりきっていることだが魔素に溢れた人の街にその耐性のない
この子たちは住むだけで身体的に負担になるだろう。
多感な時期に本当に酷い目にあって、そして生活ががらりと変わって・・・
心身の両方に負担を強いては、自覚なくともどっかに
余計な何かを抱えこんでしまいやしないだろうか?
「ふむ・・・」
「恐らくじゃが、身体的な問題の方は解決できるじゃろう」
皆の驚く視線に気づくと、リッチは一緒なって驚いている
ローブの肩に手を置いた。
「この子と同じことをあの子らにもすればよいだけじゃろう?」
「しかもこの子と違って身体の魔素を抜いて溜めるだけじゃ」
「器だけで良いのじゃからそう手間はかからんわい」
確かに冒険者になってダンジョンに行くわけでも無ければ
そもそもが魔素に触れる機会もそうそうあるわけでも無いだろう。
いや【リッチ式魔素バッテリー】の容量は猫から見てもかなりのものだ。
例え事故で魔素に触れてしまったとしてもその容量がいっぱいになる
なんてことは考えにくい。
なるほど、いい手かもしれない。
「ただ、できることはそこまでじゃ・・・」
心の負担まで軽くすることはできない。
深夜というのに起き出して、犬と遊んでいた兄妹は
遊び疲れていつの間にか片隅で犬に抱きついて寝息を立てていた。
犬は親犬が子犬にそうするように兄妹を優しく舐め続けていた。




