50.魔王誕生
飛竜という種族は魔物の中でも最上位の一角に位置し、
その生まれ持った力でダンジョンから飛び立ち
更に居心地の良いダンジョンを探して旅することもあると言う。
しかし魔獣の誕生によりこの世界では冒険者という
ある種、魔素の運び屋がダンジョン下層まで
訪れなくなってしまったことにより魔素の循環に
滞りが産まれてしまっていた。
元々がその存在の誕生に途方もない程の魔素を必要とする
種族故に数が極端に少なかったが、それ故に魔獣誕生後の
世界では飛竜という魔物を、その存在を人々が認識することが
出来なくなって実に久しかった。
もはや伝説の存在となってしまっていた。
ある日、立つのもままならない程の突風が吹き、
そしてそれに伴う様に巨大な影が空を駆け抜けた。
突風に思わず人々は目を閉じ、身体を庇うように身を伏せたが
それでも幾人かの人々はその巨大な影に思わず空を仰ぎ見た。
そこには伝説の存在の姿があった。
いや、それはもはや伝え聞く伝説すら越えた存在であった。
二つの頭と尾を持つその巨大な影はその吸収に限界を齎し、
その感度が鈍くなってしまっていた人々をさえ戦慄させた。
その纏う力はまるでこの世界の全ての魔素を集めたような、
もはや魔力の塊の様な何かであることを強烈に認識させた。
伝え聞く話よりもずっと恐ろしく禍々しい存在が空を
駆け抜けていく様に人々はただただ畏怖の念を持ち、そして理解した。
【女神】に仇なし、人々の対極に位置するという【魔王】という存在。
ついにその【魔王】がその姿を人々の前に現したのだ。
世界中が大恐慌に陥るのにそう時間はかからなかった。
救いを求め、人々はただ一心に【女神】に祈りを捧げた。
もうだいぶ村とは離れた位置のダンジョンで自らの同族、つまり別の
飛竜を獲物として仕留め、飛竜と黒蛇は久々のご馳走に舌鼓をうった。
獲物となった飛竜とてこのダンジョンの覇者として長く君臨していたが
長命種の中でも永く生きていた飛竜は同種の中でも圧倒的だったし
オマケにそれと相当する力を持った黒蛇が一緒なのだ。
為す術もなく獲物となった飛竜はあっさりと2匹に狩られてしまった。
友との食事という、もう随分と当たり前の様な行為となってはきてはいたが、
それでも2匹にとって楽しい大切な時間であることには変わりはない。
食事を楽しんだ後、2匹はさて次はどんな姿を地上は魅せてくれるのかなと
談笑していると
『あの子たちが危ない!!』
黒蛇が唐突に弾かれる様に言った。
黒蛇自身、自らの感知能力を遥かに越えているであろう
兄妹の危機を何故、感知できたのかは解らなかった。
それでも気のせいではない程に強烈にあの幼いニンゲンの
兄妹の危機を感じた。
『乗れ』
飛竜はあの子たちって?とか、こんな距離で何が解るんだ?とか
当然、問われても仕方がない疑問を口にすることは無かった。
そしてその疑問の答えにそんな馬鹿なと一笑に付す様な事などは
決してなかった。飛竜はただ短く黒蛇にそう応えただけだった。
ダンジョンの入り口に向かって全速力で飛翔した飛竜は
そのままにダンジョンから飛び立った。
『え!?ちょっとっ!!』
流石に焦った黒蛇のかけた言葉に
『ウダウダしている暇はあるまい!!』
『うぬはただ方角を示せっ!!』
あの子たちというのは犬と猫とセイレーンか
はたまたいつぞやあったニンゲンの幼子たちか。
そのいずれであっても飛竜にとっても大事な存在たちだ。
その危機に駆け付けぬとあっては自らの名折れであろう。
地上の空は今までだって移住のために何度も飛んできたのだ。
今更臆する必要などは無かろう。
飛竜と黒蛇は知らず知らず女神の力と自らの力を混ぜ合わせた。
地上の艶やかさに、美しさに魅せられ続けた2匹のその願いは
ここに昇華し、遂には犬や猫の様に地上での魔力の行使を可能とした。
飛竜のその全力での飛翔は2匹を遠く離れた兄妹の元に瞬く間に送り届けた。
さて、どうやら人質を取られているようだ。
ふむ、これはどうしたものか。
と思う間もなく兄が妹を取り返した。
【魔王】たちがその瞬間を見逃すはずも無く、その狂暴な本質を
剥き出しにした瞬間には相対していた者は絶命していた。
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