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49.魔王襲来

男は冒険者の夫婦の元に生を受けた時から魔獣化が進んでいた。

この世界では珍しいことでもなかった。

魔素が充満しているこの世界では人も動物も知らず知らずに

母親の身体をを介してお腹の子が魔素に曝露されることによって

魔獣化してしまう事は往々にしてあった。


男はそれでも両親の愛情を受けて成長した。

成長した子は両親の冒険者稼業を手伝うようになった。

産まれながらに魔獣化が酷く進んでいた男には

他に選択肢は無い様に見えた。


両親が止めるのも聞かず、男はその身体に魔素を補充し続けた。

男は魔素に対する耐性が異常に高かった。

それでも更に身体は異形のものとなっていったが産まれながらに

魔獣化していた男は両親以外からの情などは感じたことは無いし

むしろ周囲からの悪意にさらされてきたのだ。

その悪意から自分の身を守るための力を欲し、そのためなら

更に異形が進んだところでその扱いが変わることは無い。

今更、構うものでは無かった。


両親が他界したころ、男は既に人だった頃の原型を留めていなかった。

それでも生来の魔素に対する耐性からか、完全に魔獣化して狂う

ことは無かった。

いっそ狂ってしまった方が男にとって幸せだったのかも知れない。

両親を失ったことで世界からは自分に対する悪意しか感じなくなり、

男はその精神を人のまま大きく歪めていった。


男も生活はしていかなければならない。

日々の糧のために魔素を求め、ダンジョンに潜り魔物を狩った。

ダンジョン内で自らを突き刺す、まるで魔物を見る様な目つきや

化け物を見る様な視線に耐え切れず、冒険者すら襲うように

なるまではそう時間はかからなかった。

一度外れたタガが戻ることは無い。

人を殺すのはもうやめたいとは思ってはいても

その向けられる視線を我慢することはもう男にはできなかった。

最初に拒絶したのは奴らの方だ。だからって殺していいのか?

自己嫌悪と自問自答を繰り返すことで男の精神は酷く歪になった。

そうして得た魔素を生活のほかに自らの身体に取り込むことで

その精神の様に身体を歪ませていった。


魔物すら凌駕するであろう魔素を蓄積した時、男はまるで

魔物の【進化】の様にその身体の構造が大きく変化した。

魔物の様に魔素を感じ取ることが出来る。

そしてその魔素に含まれる魔花の呪いすらを感じ取った。


男は怒りに染まった。

自分を、世界をこんなにも酷いものにした元凶は

絶たなければならない。自分の様なものを産み出す

この憎むべき花はこの世から無くすべきだ。

それこそが自分の様な歪な存在がこの世界で成せる

唯一のことだろう。

それからは魔花を見つけては焼き払うようになった。


地上に魔花があると耳にしたとき、男は耐え難い怒りを感じた。

あの花が地上でのうのうと生存しているという事実は

許せるものでは無かった。あれは呪いをまき散らす花なのだ。


男は村を襲った。

元々は魔花を焼き払うだけのつもりだったが、どんなに脅しても

村人たちは神聖視している魔花たちの場所を男に教えることは無かった。

魔花を庇う村人たちへ、男はそのどうしようもない怒りをぶつけた。

自らを、そしてこの世界すら歪にし、こんなにも苦しませているのは

あの徒花なのだ。

それを庇う村人たちは男からすれば憎悪の対象だった。

そもそもが魔素を遠ざけていたせいでこの世界の人々の中でも

力を持たなかった村人たちだった。ろくな抵抗もできることはなく

元々小さかったその村はその厄災にあっという間に滅びた。


最後に残された幼い兄妹は妹を男に人質に取られ

兄は魔花の咲く泉に案内させられていた。

男は子供の命まで奪う気はなかった。

案内させればその幼子たちはその言葉通りに解放するつもりだった。


自らが持っている金目の物はどのくらいあったか?

その全てはこいつらに与えてしまおう。

王都にでも運んで新しく生活ができるまでは影ながら見守る

必要もあるだろう。

決して許されることではないのだが・・・


その胸中は幼子の故郷を怒りにまかせて滅ぼしてしまった悔恨と

それもこれも全ての元凶たる魔花への怒りで穏やかではなかったが

そのぐちゃぐちゃになっている精神の均衡のためにいくらかの

罪滅ぼしを考えながらその幼い遅い足取りに自らも重くなっていた

足取りで続いた。


故郷を家族をすべて失った泣きじゃくる幼子たちはこの邪悪で

醜悪なまるで悪魔の王の様な存在に恐怖心と憤りを感じたが

自分たちに対応できる術など思いつくはずが無かった。

こんな強大で悪辣なものから身を守る術など幼い兄妹にあるはずが無かった。

この悪魔は村が家族が大事にしてきていたあの綺麗な花に案内させる

のは焼き尽くすためだと言う。ことさら泣きじゃくる幼子に

あれは呪いをまき散らすものだと男は理解されるはずもないが、

それでも言い訳をする様に兄妹に言って聞かせた。


兄妹は大事なものを全て奪われ、そしてその家族が故郷が

大事にしていた花までもが焼かれてしまうと知り無力感と悲痛にくれた。

あの花が群生する泉に初めて赴いた時には村の家族たちには

子供の空想話と一笑に付されたけれど、それでも兄妹には心躍る

出会いがあった。あの泉での夢の様な体験を毎日の様に思い出して

兄妹は笑いあっていた。

まるで神に祈るように兄妹は呟いた。


「助けて・・・」

「トカゲさん、ヘビさん・・・」


その時、一陣の突風が吹いた。

思わず閉じた目を開けると巨大な双頭の影が大地に降り立っていた。

男とてどんな魔物にも負けることは無いほどの魔力をその身に

宿してはいたはずだったのだが、魔物の様に魔素を感知できる様に

なったことでその存在が如何程に圧倒的な何かであるかを理解できた。


睨まれた蛙の様に動けなくなった男の隙をついて2匹の姿に

勇気を貰った兄は妹をその手に奪い返した。


幼い兄妹の無事を確認し、その巨体からは想像もできない

速度で自らに迫りくる姿を前に男は目を閉じた。


「ああ・・・」

「やっと死ねる・・・」













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