47.悪意
少年の情報を得た3匹がダンジョンに戻ると
リッチが転移陣で迎えに来てくれた。
『すぐに帰ってくるんじゃないかって話だけど』
『万が一ってこともあるからねぇ・・・』
犬と猫は少年の居場所を何となく感じ取ることが出来る。
そんなに遠くも無いし、すれ違う心配も無いのであれば
普通に考えれば追いかけた方が良い。
その西の都市の魔獣とやらの討伐も助けてあげられるだろう。
ただ再会した時に少年は歌やローブをどう思うだろうか?
まぁ、おちびちゃんのことだ。
すぐに打ち解けて仲良くなれる気がする。
あの子のことを心配をする必要はないが、共にしている
その仲間たちの方はどうだろう?
この世界では魔物を心底憎むようなニンゲンがいてもおかしくない。
少年の話には事欠かないがその仲間たちについてはどんな奴らか
情報を得ることは出来なかった。
そんな猫の話を聞いて犬の頭を撫でながら
「もしかして、ここに置いていかれちゃうのかな?」
と不安で表情を暗くしている歌に気づいた猫は
問われる前に笑いながら答えた。
『あんたらを置いていくわけないじゃないか』
『大事な友だちだからね』
それにそもそもこの世界では見かけない怪しい獣2匹だって
魔物扱いされてもおかしくは無いのだ。
本当の理想を言えば少年に会うことなく
遠く見守りながらその旅路を自分たちで助けることだ。
猫としても化け猫だということが少年にバレることは
避けられるのであれば避けたい。
そうしたい所だが、おちびちゃんを目の前にしたら
おばかちゃんは止めたところで一直線に一目散に
大喜びで少年の元に駆けていくだろう。
その身体がかつてのものとは別物なことをこの子は
解っているのかいないのか・・・
ひょっとすると大喜びに飛びついて大怪我をさせてしまうかもしれない。
『どうしたもんかと思ってね・・・』
単純に猫はこれからどう動くかを皆と相談したかった。
そんな大事な相談をしていると全く理解していない犬は
ほんの少しのお出かけから帰ってきた猫を
まるで長い別れからの再会を祝う様に嬉しそうにペロペロと
舐め続けていた。
その店の主人は辺鄙な村で産まれた。
多くの村人たちと違ってその者はこの穏やかな村で
生活していくことを良しとしなかった。
その者は大人になると周囲の反対を押しのけ王都に移住した。
それでも両親とまるで家族に様に過ごしていた村人たちはその者との
別れを惜しみ僅かなりともかき集めた餞別をその者に託した。
その僅かな元手で王都で郷土料理の屋台を始め、長い年月を得て
小さいながらも店を持つに至ったのだ。
「まぁこんな歳になっちまうと」
「故郷に帰りたいと思うようになるもんでさ」
「えぇっ!?店閉めるのかい!?」
常連の一人が驚いたように言った。
カウンターは常連たちで賑わっていたが
その言葉に言葉を失ったように一瞬静かになった。
店主は途端に破顔した。
「閉めるもんか」
「こんなに王都で長くやってるともう魔素のない
生活なんてもうできやしないさ」
「一時帰郷ってやつだ」
「まぁ、でも今更どんな面下げて帰ったもんかと思ってな・・・」
ほっとした空気が流れ、別の常連の客が店主に声をかけた。
「店主の故郷ってどんなとこなんだい?」
「あぁ、ここからずーっと南の方にあるんだが」
「魔素は穢れって教えの村でさ」
「何するにも一切魔素使っていないんだよ」
「それ、どうやって生活してくの?」
望郷の念にとらわれていたのもあったのだろう。
初見の客が注文をした料理をしながら何時にもまして
饒舌に店主は故郷のことを話し出した。
「こうやって料理する火も火種から全部手作業で
起こさなきゃならねぇ・・・」
「今では考えらんねーよ」
「そういや、俺の故郷、妙な風習があってな」
「年に一度穢れを落とすお祭りってのをやるんだよ」
「そこには何と【魔花】が生えてんのさ」
「【魔花】!?」
「つっても【魔素】が全く取れねぇできそこないのやつだがな」
「なんだぁ・・・」
ひょっとすると儲け話になるんじゃないかと色めきだった
常連たちの冷めた様子を見て店主は苦笑いした。
「おいおい」
「俺の故郷じゃ、それでも大事にされてる花なんだぜ?」
「ダンジョンにはえてるあの紫のやつじゃなくて
聞いたことあるだろう?」
「昔はそこらにあったっていう青い本当に綺麗なやつさ」
「でも【魔素】が採れねぇんじゃあなー」
店主は答えず、ただ苦笑いするだけだった。
出来上がった料理を初見の客に「お待ち」と出すと
初見の客が店主に話しかけた。
「店主、聞こえたが・・・」
「さっきの話は本当か?」
「さっきの話?」
「【魔花】が生えてるって話だ」
ちょっとおしゃべりが過ぎただろうか?
フードをすっぽりと被って、怪しさ満点な様相だが
それは別に珍しいことでもない。
大方、異形となった冒険者だろう。
常連たちもそうだった。ちょっとは名の知れた
冒険者達らしいがこの店をひいきにしてくれている。
店主は異形に対する差別意識を持たない王都では
稀有な存在だった。
それ故にこんな怪しげなお客もしょっちゅうだ。
しかし随分とくぐもった声だ。
結構魔獣化が進んでいるのかも知れない。
「ははっ」
「酔っ払いどもが集うこんな店の与太話を信じちゃいけねーよ」
訝しんだ店主は誤魔化す様に言った。
その場を後にしようとしたがその腕を掴まれた。
「ではその与太話を詳しく聞かせて貰おうか?」
振り返った店主はその腕を掴むものの顔を見て
悲鳴をあげた。
ただならぬ雰囲気に冒険者たちは携えていた武器を手に取った。
いつまで経っても姿を見せないパーティーの仲間を
探しに来た冒険者によって惨殺された常連であった
冒険者たちと店主が発見されたのは次の日になってからだった。




