43.兄妹
その兄妹の住む村はとても小さいものだった。
辺鄙にあるその村は存在すら知るものは少なく、
閉鎖的となっているが故に村人同士、まるで家族の様に
平和に穏やかな日々を過ごしてきた。
ある日、その村に病魔が襲い掛かった。
数年に一度、その村で流行るというその病は村の北にある
森の泉に生えている花で治療できるそうだ。
今回の病魔はタチが悪く、あっという間に
村中にその魔の手を伸ばして人々を病に陥れ、
花の採取に向かおうとしていた村の大人たちは次々に
病に倒れていった。
流行り病になってしまった両親、そして村の家族のために
まだ幼い兄妹は病に効くと言われている花を求めて
大人たちに内緒で北の森の泉に向かった。
北の森は危険だからと言って大人たちは村の子供たちに
森に入るのを許さなかった。
そう遠くはないはずとは言え、険しい森の道は幼い兄妹の
歩みを容赦なく鈍らせ、気が付けば陽も傾きはじめていた。
土地勘が無い場所で暗くなり始める視界に怯える妹を
兄は実際は自分も本当に怖くて仕方なかったのだけれど
それでも出来るだけ元気な声で励ましながら進み続けた。
それは唐突に、兄妹は巨大な圧倒的な何かが
自分たちに近づいてくる気配を感じた。
生存本能からくる恐怖に兄妹は脚を速めてその場を
去ろうとしたが、焦りからか妹が木の根に脚を取られ
挫いてしまった。
動けなくなってしまった妹を庇うように抱きしめて
兄はその近づく気配を見た。
そこには完全に暗くなった周囲よりも更に漆黒な巨大な影が、
双頭の怪物の姿が映しだされていた。
恐怖に支配しつくされても尚、兄は動けない妹を守る様に
力強く抱きしめ続けた。
『むっ!?』
『ニンゲンがおるぞ?』
『あら?本当ね・・・』
『あら?ではないっ!!』
ニンゲン達とのエンカウントを避けるために
周囲を警戒するのは黒蛇の役目だった。
地上で魔力を使えなくても優秀なピット器官を持つ黒蛇ならば
その存在をはるか遠くから感知することは訳のないことであった。
まぁ、地上の旅に少し慣れが産まれて来た頃だし
こんなことになるのも仕方のないことなのかも知れない。
正直、地上の美しさにはいつまでたっても慣れることは無さそうだ。
気を取られて油断でもしたんだろう。
『あれ?この子たち・・・』
その鎌首を黒蛇からすれば怖がらせない様にゆったりと
近づけたつもりではあったのだが、
目をつむって怯えながらも互いを気遣う様に抱き合う兄妹の姿に
『ああ、ごめんなさい』
『脅かすつもりは無かったのだけど・・・』
ばつが悪そうに呟きつつもチロチロと出すその舌には
魔素をほとんど感じ取ることが出来なかった。
『この子たち、魔素をほとんど持っていないわ』
『ぬっ!?』
人は少量でも魔素を持っているものだ。
聞く話では人の街は魔素を生活の礎としているはずだし
それによって極少量でもその干渉は避けられないはずだ。
何より野生動物であってもどんな生物も少量の魔素は
持っているものなのだ。
ダンジョンから漏れ出る魔素を大地が吸収し、それが
付近にある草花に取り込まれ、それを食べる小動物がいて・・・
結果的に生物濃縮によってある程度の魔素を生きている以上
蓄積してしまうものなのだ。
怯える兄妹に飛竜は
『別に取って喰いはせん』
と精いっぱい危害は加えないアピールを言ったつもりではあったが
その効果は薄そうだ。心底怯えて涙を浮かべて、きつく目を閉じる兄妹に
悪いなとは思ったが、じっくりと観察した。
確かに地上では飛竜はその感知能力はほぼ使い物にならないのだが・・・
それでも確かに全くと言って良いほど魔素を感じ取ることはできない。
これでは黒蛇が感知できなかったことも納得だ。
しかし、そんな存在がこの世に存在するものなのか?
『これはどういうことだ?』
『何故、ぬしらは魔素を持っておらぬのだ?』
その疑問は黒蛇も当然、聞いてみたかったのだが
そんなつもりは無くても威圧感を与えてしまう飛竜の
物言いにため息が漏れた。
『おだまりっ!!』と小さく飛竜を一喝すると
なるべく怯えさせない様に優しく黒蛇は兄妹に
語りかけた。
時間はかかったがたどたどしくも応えてくれた情報では、
どうやら兄妹の住む村では代々、魔素は穢れのような
扱いを受けるものであって生活に利用するものではないらしい。
便利なものだとは認識しているがそれを利用し、その穢れが
蓄積してしまえば今回の様に病魔を引き寄せる結果となるらしい。
成る程、魔素を生活のエネルギー元としなければその接触は
少なくなるのは理解できるが、それでも生きている以上は
食べなくてはならない。生物濃縮は避けられないはずだ。
「大人たちは年に一度のお祭りで泉に穢れを落としに行くんです」
「そこで落ち切らなかった穢れが今回みたいな病魔を引き寄せるって・・・」
「それで、僕たち穢れを祓う花を探しに来たんです」
恐らく、その村人たちは魔素を遠ざける生活のせいで魔素に対する
耐性が酷く弱いのだろう。そのせいで魔素が身体に悪影響を及ぼしている事は
簡単に推察できたが、だがそれなら魔獣になるのではないのか?
それ以上のことは幼い兄妹から得られる情報だけでは分からなかった。
『地上とは本当に摩訶不思議な世界であるな・・・』
黒蛇に言われて黙って横で話を聞いているだけだった
飛竜は独り言つと頭を幼い兄妹にゆっくりと近づけた。
これ以上の情報をこの幼いニンゲンの子から聞き出すのは無理だろう。
黒蛇と会話したことで少し恐怖心が和らいでいた兄妹はその行為に
そこまで怖がることは無かった。
『乗れ』
『泉とやらに行きたいのであろう?』
子供とは純粋なもので乗るときはおっかなびっくりであったものの
飛竜の頭に乗ってしまえば今までの恐怖心を忘れたかのように
未知の生物の頭に乗ったことと、そしてそこから見える高い景色を
楽しみながらはしゃぎだした。
『さあ、あんたたち』
『楽しいのはわかるけど泉の方向を教えておくれ』
ニンゲンの子の無邪気な様に目を細めつつ飛竜は
その指し示す方向に進みだした。
巨体である飛竜の脚では飛ぶことはできなくとも
その泉までは直ぐであった。
『これは・・・っ!!』
泉に近づくと2匹の魔王は驚きの声を上げた。
月明りが照らすその泉には群青色の美しい花々が咲き誇り
その壮大な情景を前に思わず息を飲んだ。
旅路の中で地上の美しさの数々を目にしてきた中でも
その光景は呼吸を忘れるほどに美しかったのだが
それ以上に驚いたのが、群青色の花びらを美しく儚げに風に揺らす
その花はかつての【魔花】であった。




