42.増えてゆく宝物
久々に犬の温かい体温に包まれて、その心地良さに
すっかりとぐっすりと寝ていた歌が目覚めると
その寝ぼけた視界に新しい友だちである少女が
文字通りに生まれ変わったレイスだったローブを
携えて近づく姿があった。
「(お目覚めですか?)」
「(気に入って頂けると嬉しいのですが・・・)」
「(わぁ~~~っ!!)」
少女が言い終わる前に目覚めてすぐというのに
目をこれ以上ないほどに輝かせて自らに走り寄る友の姿を見て
少女は間違え様もなく友が気に入ってくれたことへの
嬉しさと安堵を覚えた。
「(お気に召した様で何よりですじゃ)」
「(こいつな・・・)」
「(ずーっと、うわ言みたいに気に入ってくれるかなーって・・・)」
「(もうそれはずっとソワソワしっぱなしだったのだ)」
「(これで無駄に張りつめていた気も解れるじゃろうて・・・)」
「(デザインなんて置いておいてもワシらの最高傑作が)」
「(気に入られない訳などなかろうにのうw)」
いらん事言わんでよろしい、とどうやらデリカシーというものを
持ち合わせていない主と仲間に内心毒づきながら、それでも
友の満面の笑みは少女にをも笑みを浮かべさせた。
「(気に入ってくれた様で嬉しいです)」
気に入るも何も、寝る前に見たローブだって十分魅力的だったのに・・・
寝ていた間にこんなにも輝かしいほどに素敵なものになっちゃうなんて・・・
お礼を言う様に歌は思わず少女に抱き着いた。
アンデッドである少女は初めて感じる友からの、生者のその優しい
ぬくもりに戸惑いつつも、アンデッドとしての生には
まるで縁の無かったそのぬくもりは身も心も溶かす様で―――
抱きしめ返して、軽く鼻声になりながらも
「(嬉しいです・・・)」
と小さくもう一度繰り返した。
大はしゃぎしている歌と、その歌が気に入ってくれたことに
大はしゃぎしている3人のアンデッドの喧騒に嫌でも目覚めた
2匹が近づいてきた。
実際、良く解ってはいないんだけれど、皆が嬉しそうなので
自分も嬉しくなって一緒になって周りを飛び回って喜ぶ犬の姿と
少女から受け取ったローブを手に取り喜色満面に眺める歌の姿に
目を細めつつも、せっかくのこの空気に申し訳ないなと思いつつ
流石に心配になった猫がぼやくように言った。
『まぁ、素敵なものだってことは認めるけどさ・・・』
『流石に派手すぎやしないかい?』
『ただでさえ、この子、人の街で目立つんだから――』
『心配には及びませぬ』
ようやくこの最高傑作とも呼べる、この性能の話ができると
やや食い気味に猫の話をリッチが遮った。
『ワシらで人の街に行くならばこれが最適解と判断したんじゃが』
『こやつは自由自在に【隠蔽】の魔力が使えるんじゃ』
リッチは研究室の扉に込めた独自の技術である【隠蔽】の魔力を
ローブに与えた。
それは犬が突き破ってくるまで何人にも、あの【飛竜】にですら
看破することが出来なかった代物だった。
それは猫や歌にとって願ったりかなったりの話だ。
『でもそれならこの子、すぐに参ってしまいやしないかい?』
『地上に連れて行って貰えたことでの』
『新しい技術を思いついたんじゃ』
『【リッチ式魔素バッテリー】とでも名付けようかの』
地上に出たリッチは固体ならば魔素が霧散しないことに
気が付いた。その応用とも言って良い。
ある意味で生者ではなく、もはやモノとして存在している
言わば固体であるレイスが自身の内部にだけ魔力を使っても、
その内部の魔力が外観に影響を及ぼすものだったとしても
無駄に霧散することは無い。
例えば歌がする様に攻撃のために爪に外部に鋭く放つように
魔素を込めるのであれば話は別だがそれだけならその消費は
緩やかなものだろう。
それでも魔素を補充できなければいつかは無くなってしまう。
【リッチ式魔素バッテリー】は固体化した表面の内部に魔素を蓄積し、
その固体に敢えて穴を設けてレイスだった魔物としての心臓部に繋げたのだ。
レイスだったもの自身は周りに魔素がある環境であれば
オルタネーターの様に【リッチ式魔素バッテリー】に魔素を蓄えるのだ。
漏れ出る魔素が無ければその魔素の蓄積量はそう簡単には無くなる
ものでもあるまい。
今はこれが精いっぱいだったが研究を続ければいつかは魔物が
気兼ねなく地上で魔力を使うことができるようになるのかも知れない。
『もちろん、魔素が少なくなればそれは役に立たなくなってしまうがの』
『定期的にダンジョンに潜って補充すればその心配もないじゃろうて』
『まあ、この改造によって予想外の事態もあったのじゃが・・・』
「(よろしくお願いします、マスター)」
歌にわかる言葉で挨拶するとローブはふわりと宙に舞い
歌を包み込んだ。
『この子、話せるのかい!?』
『はい、猫殿』
リッチより先に答えるとローブはカーテシーを形作った。
『ワシらの魔力だけでは改造に足りなくての』
『手持ちにあった魔素もふんだんに込めてしまったからなのかのう?』
『どうやら過程で【進化】してしもうたらしい』
これは一石二鳥どころではない。
もうだいぶコミュニケーションを取れる様にはなっていたが
まさかの完全通訳機能付きとは・・・
「(これからよろしくね・・・)」
歌は少し戸惑いながらも、ローブに話しかけながらおずおずと
愛おしそうにその袖口を優しく握った。
地上の美しい光の元に出て、この旅を始めてから様々なものを見て、
経験してきた。
そしてこの旅で得たものはと言えばそれは何よりも友の存在だった。
新しくできた3人の友の気配を纏ったその存在もまた新しい友であって
同族しか知らなかった歌にとってそれは本当にかけがえのない宝物で―――
喜ばしいことに、涙ぐんでしまう程に本当にかけがえのないその存在は
この光の旅の中でこれからもきっと増えてゆくものなのだろう。




