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04.【犬】vs【アナグマ】

『あなたには他にやらなきゃいけないことがあるでしょう?』


【女神】がこの場にいたら犬はお説教を受け

しょんぼりと耳としっぽを項垂れていたかもしれない。


初めての狩りを終え、狩猟本能と食欲に火がついた

犬は次の獲物を探し始めていた。

狩猟者として備わっていた嗅覚は今は大好きな

ご主人様を探すことではなく本来の目的のために

使用されていた。


狩りをするということには犬は経験が浅すぎた。

今まではそんなことをする必要すらなかったのだ。

恐らく自然の中で獲物を捕らえることは犬にとって

困難極まるものであっただろう。


しかしここには魔獣と呼ばれる存在がいた。

異形の獣たちは揃って好戦的であったし、

犬を見ても逃げようせず、むしろ襲い掛かってきた。


最初の狩りで自信がついた犬は小型の魔獣を

見つけては襲って食べていった。

それはいつも貰っていたゴハンと比べても

おいしかった。

食べ終わった後に大好きなご主人様が

撫でてくれるというデザートがないことに

少し物足りなさを感じたのだけれど。


あ、ご主人様


と、それで思い出したのか漠然と少年を

感じる方向に犬は向き直った。

最初よりだいぶ遠くなった気がする。


数回の狩りを終え、自信たっぷりとなっていた犬は

意気揚々とそちらに向かって走り出そうとして、

ピリッと鼻先に嫌な感じを受けて

その場に立ち止まった。

自らの向かおうとした先に嗅いだことがないような

強者のニオイを感じ取ったのだ。

本能的に茂みに身を隠しながら様子をうかがった。


一頭の猪が見えた。


自分よりはるかに大きい。

これまた自分より大きい角の間にある縦に開く

大きな口は自分を丸呑みにできそうだ。


全身の毛が逆立った。

その場に隠れていることを選ぶというより

怖くて動くことができなかった。


幸い、猪はこちらに気づくことなく行ってしまった。

それでも犬は長い間、茂みから出ることが

できなかった。

そろそろと茂みから犬が出てきたときにはとっくに

陽は傾いていた。


寝る場所を探さなければならない。

ここにはいつも姉貴分と場所をとりあって寝る

フカフカのお気に入りのクッションも

【ハウス】と呼ばれた寝心地の良い狭い空間もなかった。

先ほどの自分より大きい生き物だっているのだ。


犬は木々の隙間や岩の間に快適な空間を探した。

幸運にもすぐに洞穴を見つけることができた。

クンクンと中にどうやら魔獣のニオイを感じ取ったが

今は留守のようだ。


入り口は狭く犬でも這って入らなければ

ならなかったが中は充分に広くなっており

頭もぶつけず快適だった。


初めてのことばかりで疲れ切っていた犬は

地面を少しほりほりして寝床を整えた。

いつも寝る前に優しく撫でてくれるご主人様を

思い出しつつ寂しさで鼻を鳴らしながら

犬は眠りについた。




その後の数日間、犬は同じ場所で寝ることとなった。

遠くなっていく少年の気配の元へ急ごうとはしたが

そっちの方向には猪や鹿など犬よりはるかに大きい

魔獣が何匹もうろついていたのだ。


そんな中でも犬はそいつらに見つからないように

十分に警戒し距離をとりながら小型の魔獣を何匹も

狩って食べた。


その弱肉強食である自然の様はどちらの世界でも

変わらなかった。


一度、魔獣ではない普通のねずみのようなものを

捕まえたが、それはあんまり美味しくなかった。


この世界にはいわゆる魔力がある。

そしてその素となる魔素と呼ばれる物質があった。

魔獣は魔素により変化した獣であった。


そして犬は【女神】からこの世界で魔力を使う力を託されていた。


犬からすれば全くあずかり知らぬことであり、

その使い方も全くわからなかったが

カロリーがある食べ物程、動物が美味しいと

思うように犬は魔素のある食べ物程、

美味しいと思うようになっていたのだ。




どのくらい寝ていたかはわからない。

不穏なニオイを感じ犬は目を覚ました。

入り口からこちらを見つめる目が無数にあった。

無数にある目はすべて一匹の獣のものであったが

その全ての目が犬を捕らえていた。


洞穴の主が帰ってきたのだ。


他の魔獣と変わらず醜悪な見た目に

成り果ててはいたが、それはおそらく

アナグマであった。


この場所は譲らないぞと言わんがばかりに

犬の口からはうなり声が洩れた。

飛び掛かってやろうかと思ったが狭い入り口は

それを許さなかった。


洞穴の主は狭い入り口をさっと飛ぶように越えて

犬に襲い掛かってきた。

犬はまっすぐに自分に向かってきたアナグマに

牙を突き立てようとした。

体躯は犬の方がまだ少し大きかったがアナグマには

犬にはない爪という武器があった。

牙がアナグマに届く前にその爪で

犬は肩を引き裂かれてしまった。


痛みと驚きで犬は短く悲鳴をあげたが不思議と

恐怖はわかず、逃げる気はなかった。

尤も、狭い入り口は犬に逃げることなど

許してはくれなかっただろうが。


そのまま犬はアナグマの首裏に牙を突き立てた。


犬はもうこの数日で狩りをして

他の肉を殺して食べることを覚えた。

相手は猪などとは違い、

自分より小さい生き物なのだ。

ならば、それは狩って食べるべき肉ではないか。


犬は、もういっちょ前の狩人になりつつあった。


終わってみれば戦いの時間は短かったが

今まで捕食してきた小型の魔獣と違い

アナグマは手ごわかった。


今まで捕食してきた魔獣と違いアナグマとて

もとは雑食ではあるものの肉食獣なのだ。


犬は首裏を捕らえたままアナグマを引き倒して

首を大きく切り裂いた。

とどめと言わんがばかりに、またも首筋に

牙をたてたが振り回された爪によって前足を

深く傷つけられ、拍子に牙を離してしまった。


2匹の獣はお互い少し距離を取り、にらみあった。


にらむ目の数が多いように牙しか武器を持たぬ

犬に対し、アナグマには牙のほかに四肢の爪という

武器があった。

その武器の数が犬に戦いをやりにくくさせていた。


しかし最初に犬がアナグマに与えた傷は

致命傷となった。

首を大きく傷つけられ大量の血を流しながら

苦し気に喘ぐアナグマの無数の目からは

徐々に力が無くなり・・・

とうとう、その場に倒れると動かなくなった。


おっかなびっくり傷ついた前足でちょんちょんと

してみたもののそれはもう動くことはなかった。


犬は文字通り食うか食われるかの戦いに

勝利したのだった。

狭い入り口により、まっすぐに向かってくるしか

なかったアナグマの首筋はより体高のある

犬からみるとがら空きだった。

地形が犬にとって有利に働いたのだ。


とはいえ、肩と前足を切り裂かれた犬も

重傷であった。

戦いが終わったとわかると犬は痛くて思わず

鳴きだした。


最初の狩りで鼻筋をリスに噛まれた時に

痛くなかったように犬の身体は【女神】の

力によって大幅に強化されていた。

この世界で傷を負ったのは初めてだった。


多くの動物が傷を負ったときにそうするように

犬は前足の傷を痛いとペロペロ舐めた。


するとありえないことに―――

犬の深く切り裂かれたであろう傷はすぐに塞がり

犬からは痛みが消えていた。


犬はこの数日、魔獣をたくさん食べて魔素を

吸収していた。

吸収された魔素が犬の【女神】から託された

魔力と反応し、その魔力は痛いのを治したいと思う

犬の願いに応えたのだ。

要するに犬は魔力を使えるようになり始めていた。


尤も、そんな事情は犬にとってはどうでも良かった。

これ幸いと肩の傷もペロペロと舐めて治すと

改めて勝利の咆哮をあげた。


傷がすっかり治ると、犬は勝者の権利であると

アナグマの肉を貪り始めた。


今までの獲物より大きいからなのだろうか?

その肉は今まで食べた肉より味が良く、犬は夢中で食べた。


事情を知るものならば

「それは、より魔素が濃いからだよ」と教えて

くれたのだろうが、それを教えてくれるものは

いなかったし、そもそも犬にそれを伝えることは

難しかった。


アナグマの肉をすっかり食べ終えた犬は入り口から

もぞもぞと外に這い出した。


まだ夜だった。


空は前の世界よりもひどく澄んでおり、星々は明るく

瞬きながら生死をかけた戦いの勝者を祝福していた。

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