38.【リッチ】式人体実験
2匹と再会すると犬はもうどうして良いかわからないといった様子で
脚をバタバタともつれさせたかの様にその場で踏みしだいて
何故か微妙にバックしつつ吠え続けた。
それから狂ったように喜びを爆発させた犬は弾かれるように
猫と歌の周りを駆け回りながら吠え散らかしていた。
同じく再会に涙を流しながら喜んでいる歌が駆ける犬を捕まえて抱きしめると
犬はその顔を、猫をペロペロと舐め、そしてするりと腕を抜け出して
また周囲を駆けて吠えだして、それを歌が捕まえて―――
ずっとそれを繰り返していた。
「我が主が貴女様方にお目にかかりたく存じております」
「どうか、ご同行いただければと存じます」
犬が脚をバタつかせていたその隙に犬の背から降り立っていた
ゾンビの少女は丁寧な所作で挨拶を交えて主の要件を伝えた。
しかしこの状況で主のさらなる賓客に私の言葉は聞こえているものなのだろうか?
獣殿が落ち着いてから、また主より仰せつかった要件を伝えるべきかもしれない。
『むしろ、うちの子を保護してくれてたんだから』
『挨拶にいくのが筋ってもんだろう?』
声の方を見るといつの間にか抜け出して横にいた小さな獣の姿があった。
『ん?』
お土産の獲物を差し出す獣にありがとうとあやす様に撫でていた
リッチは指先にほんの僅かに獣自身とは別の魔力を感じた。
魔素の専門家ともいえる自分がそう感じたのだからそれは
気のせいということはありえない。
リッチは獣を怖がらせない様に気を使いながら犬の身体から魔素を操作して
その魔力をほんの少し抜き取った。
抜き取った魔力を手の中に収め、魔素を操作して具現化するとそれは
リッチの手の中で透明な結晶となった。
『ふむ・・・』
この反応から見るに危険なものではあるまい。
むしろリッチですら指先に触れて初めて気づけた程度の魔力では
害意があったとしてもこの凄まじい魔力を秘めた不思議な獣に害をなす
ことなどは不可能だろう。
逆を言えば、この獣ほどの存在に僅かでも魔力を付着させるとは相手も
なかなかの手練れか親しいものといったところか。
成る程、こんな僅かな魔力でも付着させる意味はマーキングのようなものか。
ならばこの獣を狙うものがいるのか、あるいは縁者がいるのか・・・
おそらく後者だ。
『探してやれるかもしれぬな』
この獣は毎日、眠るまで何かを必死に探し続けている。
これはきっとその答えであろう。
犬はデュラハンに気持ちよさそうに撫でられながら疲れ果てて
眠くなり始めていた。
『目覚めたころには』
『お主の探しものも見つかっていることじゃろう』
そんな犬の姿に優しく声をかけるとリッチは自らの開発した
「リッチ式魔素探索レーダー」を透明の結晶を媒体に改造し始めた。
作業を手伝う助手であるゾンビの少女は冒険者の身体から
デュラハンの後に産まれた魔物であった。
リッチはデュラハンが産まれた後に残った5人の冒険者の遺体をそれぞれ違う
濃度の魔素に漬け、どう生まれ変わるのかを実験の片手間に観察することにした。
魔物として生まれ変わったアンデッドたちはその媒体となったものの、
生前とは全く別の存在であり、デュラハンもその時の記憶などは元々無かった。
おそらく生前の仲間の遺体を実験に使うという主の行為について別に何の忌避感も
湧かなかった。ましてや実験に関する魔物の持つ倫理観などは人のそれとは
違っていて当然だった。
比較的薄めの魔素に漬けた2体の遺体はスケルトンに転生した。
どうやら知性が無いらしく、いきなり手当り次第に暴れ出しそうだったので
魔素を操作して抜き取ると灰になった。
3体目は何故かその纏っていたローブの方が先に魔物化しレイスとなった。
知性はなさそうだが特に攻撃性も無い。ほっといたらそのうち獲物となる生者を
求めてか出て行ってしまった。
リッチが技術的に保有できる一番濃い魔素に漬けていた5体目は
ヴァンパイアとなった。
『我が下僕よ』
『よくぞ我を目覚めさせた』
『これより我に仕え・・・』
生意気だったし、実験の邪魔になりそうだったのでこれもすぐに灰にした。
ヴァンパイアに斬りかかっていたデュラハンは狂暴な笑みを浮かべ、
その力の片鱗を見せようとしたヴァンパイアを刹那に灰としてしまった
主に驚愕した。
その内包する魔力は主や自分とは比べ物にならないほどで
あの飛竜と互角に戦え得るほどであったのだが。
リッチから言わせればヴァンパイアのその根源たる全ての魔素は
「全自動リッチ式魔素濃縮抽出装置」で抽出したものだ。
自分自身の干渉を受けた魔素を操作することなどは容易い。
リッチはその抜き取った魔素を全てデュラハンに与えた。
自らを下僕扱いし愚弄するヴァンパイア相手に敵うはずも無いだろうに
立ち向かおうとしたこやつには全幅の信を置いて構わぬだろう。
ならば元々実験で消費するはずだった魔素だったし、それによって自らの騎士が
強くなることの方が有益ではないか?
周囲を警戒せずにことさら実験に集中できるというものだ。
それに実はこんなにも忠実であった騎士があの時に自らに放ったあの恭しい口上を
新たに生まれた疑問に意識がいって、あーそーですかーとまともに聞いてすら
いなかったことに対するお詫びの気持ちもあった。
残っていた3体目と4体目はゾンビになった。
3体目はレイスに魔素を吸われたのか濃度の問題かまではわからないが
知性が無かったので灰にした。
4体目が少女であった。
魔素の濃さがそうさせたのか、その盗賊の少女の遺体を媒体として産まれた
そのゾンビには知性があった。
元々、こんな興味本位で片手間の荒い実験で何かを得ようとはしていなかった
リッチは思わぬ副産物の誕生を喜んだ。
忠実であるとは言えデュラハンはその洗練された剣技以外は結構不器用で
実験の助けにはならなかったのだ。
少女は真逆で戦闘能力はそこそこではあったがその手先の器用さは
目を見張るものがあった。
この場を忠実に守り、時に実験に必要なものを手に入れてきてくれる騎士と
その器用な手先で実験を助けてくれる助手
2匹の存在がリッチにとってかけがえのない者となるまで
そう時間はかからなかった。
作者の愛犬は久々に会うといつも冒頭の様な感じでした。
超絶可愛かったです。




