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36.【犬】と【アンデッド】

犬は対峙する相手が神速で振るうその剣技を持ち前の

俊敏な動きで躱し、最後にやや大降りに空振りした

剣を持つ腕に狙いを定めてそれを取り上げようとした。

しかし相手はそれが誘いであったことを示す様に

すぐに剣を返して、ひと際鋭い剣閃を放った。

それをも後ろに間合いを外して躱して見せた犬は忌々しそうに

相手を睨みつけた。

大仰な鎧を纏い、自分に剣を油断なく構えるその騎士の表情は

窺い知れるものでは無かった。尤もそれを窺う必要すら無かっただろう。

しかし犬にはそれを推し量る必要は無かった。

ニオイでその中身が解っていた。

それは犬が一番嫌っていた相手だった。

それらが歌の魅了の力で引き寄せられることが無かったことは

犬にとっては幸運なことであった。


初めてダンジョンに入った時、今、相対する者たちが犬に

数の暴力と武器の怖さを教えてくれたその経験は

犬にとって貴重な糧とはなっていた。

それはそうなのだが、こいつらは純粋な糧としては、

腹の足しとしては、何の意味も成さない。

それは仕留めたところで可食部が少なく、その骨だって齧れば

すぐに灰になってしまって、おやつにもならないのだ。

犬は旅の途中で何度も相対してきたアンデッド、

獲物として不適なその存在が大嫌いだった。


そもそもがその表情を窺いようがない頭のない騎士の魔物、

デュラハンには知性があった。

自らが持って生まれ、そして鍛え上げたその剣技をかすりもせずに躱し、

その誘いに乗っても尚、その剣技を躱してみせた対峙する

獣の身体能力には感嘆した。


『これすらをも躱して見せるか・・・』


産まれながら根っからの武人であったデュラハンは対峙する獣に

一種の敬意すら感じた。

だが、この狂暴な獣を自らが身命を賭して守るべき、自らの後方に在る

主の元には決して向かわせる訳にはいかない。

魔物とて、アンデッドとて【騎士】は【騎士】であり、その【誇り】は人と

何の変わりもないものであった。


犬は今対峙しているこの存在に用はない。

だが、その後方には用があった。

犬の嗅覚は、それは食欲をそそってやまない美味しそうで濃密な

【魔素】を感じ取っていた。


何だってこいつはこんなイジワルするんだろう?

こいつ自身を狩るつもりなんて微塵も無いのに・・・


犬はデュラハンに向けて凄まじい速度で向かっていった。

迎撃する様に放つであろうそいつの剣閃を、元々躱す前提で襲い掛かった犬は

それを難なく躱してその横を走り抜けた。

デュラハンは凄まじい速度で横を駆け抜けた獣を慌てて追った。


その先には何もなかった。

ただの行き止まりであったその先でも、犬のその嗅覚は

その存在を強烈に感じ取っていた。


魔力で隠蔽されたその扉を犬は勢いのままに突き破った。

突き破ったその先で狙った獲物であったはずのそれを見て―――

犬は絶望に暮れた。




『何じゃあ!?』


急に訪れたその乱暴な来訪者に自らを守護する騎士に全幅の信頼を置いて

研究に集中し、周囲を警戒することも無かったリッチは慌てて振り返った。


『いや・・・』

『いいや?本当に何じゃ??こいつは・・・』


叡智を極めたはずの魔物であるリッチも知らない獣が

目の前にあった。

しかもその獣は自らを見て、明らかに落胆してしょんぼりと項垂れた。

自らを事も無げに消滅させるほどの魔力を纏うその獣は

襲いかかってくる気配を感じさせなかった。


犬からすればイジワルな相手を撒いてようやくたどり着いた

そいつもまた骨であったことに本当にがっかりした。


急に現れたその失礼すぎる来訪者に困惑しつつ、その存在に

リッチは興味をそそられた。

同族、すなわち【魔物】ではない。

それなのに恐るべき【魔素】を、【魔獣】の生誕以来、

それをその身に宿すことが同族以外に叶わなくなったはずの

【魔素】をその身に宿した獣は、それを専門に研究していた

知的好奇心の塊であったリッチを一瞬にして虜にした。


『お主、何じゃ?』


リッチは優しく犬に語り掛けた。

その言葉は少年が犬に話しかけていた犬も知ってる言葉にも聞こえ、

犬は思わずその懐かしさから鼻を鳴らした。


その響きは獣が自らをもはるかに凌駕する【魔素】を内包する割には

あまりにも心もとなく聞こえ――

リッチは憐憫とも同情ともつかぬ、あるいはその両方を感じて

犬の頭を思わず優しく慰撫した。


『大丈夫じゃ・・・』

『ここにはお主を傷つける存在は何もないぞ?』


敵意を感じなく、むしろ優しさに溢れたその骨のその所作に

犬は安心し、その骨しかないリッチの手を舐めた。


その可愛すぎる獣はリッチに血肉があれば吐血すらさせていたであろう。

その獣の所作はリッチに先ほど感じた興味と全く違う、産まれて初めて感じる

庇護欲はむしろリッチに戸惑いすらを感じさせた。


リッチは追いついてきた自らの騎士を制止した。


『何も心配はいらぬ』


『しかし・・』


『見てみよ』

『こんな愛くるしいものが、わしに危害など加えようか?』


『・・・』


デュラハンは優しく主を舐める獣を見た。

その獣の注意が自らに向いている事を感じ取ってはいたが

その身体を優しく撫でる主に返礼するように愛おしそうに舐める獣が

主に危害を加えることが無いことは容易く理解できた。


生まれた時から無いはずの肺を少しだけ膨らませて

ため息を着いたデュラハンは主の研究のために狩っていた

魔物の肉を獣に差し出した。


『ほら・・・』

『腹が空いているのであろう?』


急にゴハンを無警戒に差し出したイジワルなそいつに

犬は警戒と困惑を露わにしたが―――

魔力を開放してお腹の空いていた犬はそれを喰らった。


それは味が良かった。

食べてしまえば何度もゴハンを差し出すそいつに

ありがとうと犬はその指を舐めた。


デュラハンは狂暴だった獣のその所作に最初から無いはずの

心臓が高く跳ね上がるのを感じた。















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