30.【女神】と【魔物】
『・・・?』
少年は王族から依頼された王都から西にある都市を脅かす
魔獣の討伐に向かっているところだった。
その旅路を見守っていた、いや、見守ることしかできなかった
【女神】は突然、自らの力が急激に高まるのを感じた。
自身を信仰する者たちが急速に現れたのだ。
それは少年が旅路で交わったものたちから少しづつ
得ていくものなのだと思っていたが―――
『どうして今?』
少年はパーティーの仲間たちと談笑しながら
西の都市に向かっている。
今までは見守ることしかできなかったが
少年たちの会話までも鮮明に聞くことができた。
その話題は、どう考えても他愛もないもので・・・
魔獣の討伐が終わったのであればともかく、
このタイミングで自らの信仰が急速に深まる理由
などは思い当らなかったし、そもそもその信仰を
感じる場はここでは無かった。
この世界では曖昧にただ存在を認知されているだけの
【女神】であったが、こちらの世界で生まれて初めて
自分自身への信仰を受け、急速にその力を伸ばした。
女神は少年を映したモニターの横に新しくモニターを
顕現させると自らへの信仰を強く感じたその場を追った。
そこは少し前まで少年が滞在していた都市だった。
『これは・・・私でしょうか?』
都市の中心にあった立派な門は半ば乱暴に取り壊されており
その上に新しく彫像が建てられていた。
その彫像に熱心に祈りを捧げる人々の姿があった。
その中にはこの世界でいう【異形】となってしまったものもいたが、
分け隔てなく一心に祈りを捧げるその者たちの全ての信仰が
自らに捧げられているものだということはすぐに理解できた。
が、自分の彫像が建てられ、信仰され始めた理由は全く理解できなかった。
少年の彫像が建てられているのであれば理解できなくもないのだが。
「そして【女神】は勇気と献身の象徴として」
「この都市の守り神として祀られることとなったのです」
観光客をガイドしていた者の声が耳に入った。
【勇気】・・・
【献身】・・・
自分自身からは最も遠いことを讃えられている様で
俯き、いたたまれない気持ちになった。
私自身はこの世界でも何もできなかった。
あの少年をこの世界へ送ることが精いっぱいだった。
自分自身は少年のそれこそ、その勇気と献身からくる活躍から
受けるであろう羨望の中から少しづつでも信仰を得て
力を得ようとした、あさましい神なのだ。
それなのに少年をさしおいて私にこんなにも立派な彫像を―――
伏し目がちに自らのものらしき彫像を見やった【女神】は
その座っているものが目に入った。
『えっ!?』
その彫像の自分が座っているものを見れば後から送り出した
あの小さき存在であった。
ずっと少年の遠くにある二つの小さな存在のことを気には
かけていたが今一瞬注意が削がれていた。
力を得た【女神】は二つの小さい存在を追った。
『・・・っ!?』
あまりの状況に【女神】は言葉を失った。
洞穴の様な小さいダンジョンの入り口に強引にその身を
押し込んだのであろう巨竜と大蛇の魔物がまるで雪原から顔を出す
兎のように地上に顔だけ出していた。
その笑いかける相手はあの送り出した小さい2匹と
いや、小さかったはずの一匹は何故か巨獣となってはいたのだけれど
そしてその傍らには自らに酷似した魔物がいた。
【魔物】はこの世界では災厄を齎す危険な存在だったんじゃ・・・?
あまりにも親しく交友している5匹の姿に【女神】は狼狽した。
ぎゅるんと5匹が一斉にモニターを見た。
モニター越しに【女神】を見つめた。
思わず【女神】は息を飲んだ。
まるで何かに見つかってしまったかのように5匹は
中空を見つめたが、でもそこには何もあるはずが無かった。
・・・??
不審には思ったが何も無かったので5匹は何もなかった様に
会話を続けた。
『それで、私が感知できる限りここからその【王都】までは
もうダンジョンは無い』
『【王都】の中にもそれなりに強い【魔素】は感じられるのだけど』
『あんたらの脅威となるようなヤツはきっといないだろうね』
『ダンジョンが無い・・・その意味はうぬには解るな?』
2匹の後に【魔王】と呼ばれる存在は中空より目を降ろして歌を見た。
猫は地面に絵を描いて歌に説明した。
「・・・わん!」
少し戸惑いながら、それでも力強く歌は一回で答えた。
今更、この光の旅を止める理由なんかない!!
『『ふふっ・・』』
【魔王】からは同時に笑みが漏れた。
『念のために、持っていくといい・・・』
巨竜は自らの【魔素】を鱗に込めるとそれを歌に渡した。
それには大蛇も自らの力を込めた。
『本当にヤバくなったらその【魔素】をお食べ』
「わんっ!!」
相変わらず言葉は解らない。
それでも新しくできた友達からの、その様々な優しい想いは歌に
しっかりと伝わっていた。
『ま、心配しなくとも』
『この子はあたしとおばかちゃんがしっかり守るさ』
「わんわんっ!!」
番猫と番犬が力強く答えた。
『あんたらも地上に夢中になりすぎて、また【魔素】切れを
起こさないようにね』
『『ふふっ・・』』
【魔王】たちからはまたも同時に笑みが漏れた。
僭越極まりない言葉でも、それでも友から言われては
素直に心地が良い。
『我らはここから更に南の方へ向かう』
『また必ず会いましょうね』
種族を越えて、いやそれどころか敵対するしかないはずの
地上と地下の、いや魔物同士ですら、互いを気遣いあうその姿は
【女神】の理想とする世界そのものであった。
この2匹の存在を全く見守ることができていなかった間に
この子たちは一体どんな旅をしてきたというのだろう??
それを聞いてみたかったが、なまじ強くなりすぎた
2匹には今の女神でも何も干渉できなかった。
信仰を得て力を得た。
それでも世界の間を隔たる壁は大きく、こちらの世界で
できることはまだ少なかったのだ。
もはやありったけの力を渡した少年より遥かに
強くなってしまっていた2匹とは夢でお話するにも
まだ力が足りない。
一緒にいる【魔物】たちに至っては、特に巨竜と大蛇は
自らと匹敵する力を持っていたのだ。
【女神】はそれでも気になってしまい、その場にいた
魔物たちにも自らの力を分け与え、それを追うモニターを追加した。
ようやく少年の夢枕に立てた【女神】は
その今までの冒険譚を満足そうに聞き入っていた。
あ、あの子たちのことを伝えなきゃ。
そう思った【女神】にふいに少年が問うた。
「女神様、【魔王】ってどこにいるの?」
『【魔王】?・・・ですか??』
聞きなれない存在を、そしてその所在を問われ
【女神】は答えることが出来なかった。




