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03.【犬】vs【リス】

思わずぺたんとその場に腰を降ろしていた。


光の道を越えた先は、目に映るものもニオイも今まで

感じたことのない世界であった。

犬はただご主人様に会いたいその一心で光の道を渡ったのだ。

光の道を渡ったら大好きなご主人様がいつもどおり

笑いながらその頭を優しく撫でてくれると思っていたのだ。


ここは森だろうか?

ただそれは、ご主人様とパパとママと呼ばれる存在が偶に

連れて行ってくれたキャンプという名の心躍る森などでは

決してなかった。

ここには家族という群れの仲間もいないし、

何より感じたことのないようなニオイに満ちていた。

その世界が醸し出す気配に思わず背の毛が逆立った。


犬は産まれてそれほど長い期間は経っていないし、

その経験も決して多くはなかったが、

ここが今まで生きてきた世界とまるで違うということを

嫌でも認識せざるを得なかった。

少年の気配を感じ大喜びで走って来たはずの光の道も

もう無くなっていた。


何もかもが初めて経験する世界。

「それが異世界というものだ」と人ならば思ったかも

知れないが、そういった知識を持っているはずもない犬は

ただその世界に圧倒されていた。




―――どのくらいその場に腰を降ろしていたであろうか?



自らを突き刺すこの新しい世界の気配にも慣れはじめ、

むしろ好奇心がその心を満たし始めた。

犬はようやく腰を上げて歩き出した。

まだ少し怖かったし、大好きなご主人様のニオイも

新しい世界のニオイに邪魔されて感じることもできなかったが、

なんとなくこっちの方向にご主人様がいる気がしたのだ。

それはその世界に来る前に【女神】が授けてくれた

能力故なのだが犬にはわかるはずもなかった。


【女神】はこの凄惨な世界の中でも比較的平穏な街に

少年を送り届けていた。

そしてその街のすぐ南に位置する森に

犬を送り届けたのであった。

この世界ですぐにでも巡り会えるように、

お互いに、この世界の辛い旅路を支えあえるようにと

願って。


森にはリスのような生物やねずみのような生物がいた。

見つけたときはびっくりして思わず口から

うなり声が漏れたが―――

相手もそれ以上にびっくりして凄まじい速度で木の上に登り

初めて見た生物、あるいは捕食者を見て震えあがっていた。


あれ?今までの世界と何も変わらなくない??


そう思ったかどうかはわからないが、それを見て

犬は少し気が楽になったようだった。

自分より小さい生き物に怖がる必要などないのだ。

少し軽くなりかけた足取りを前に、見たこともない

小さな生き物が目の前に現れた。

それはこの世界で魔獣と呼ばれるものだった。


今までの世界ではありえるはずもない見た目をしていた。

元々はリスなのだろうか?

姿形はリスであれど本来、顔のあるべき位置には

何もなかった。

その代わり腹が縦にばっくりと割れ、

よだれを垂れ流すそれが大きな口であった。

目や鼻は全身のいたるところに無数にあり

その体形の割に大きなしっぽが元がリスであることを

主張していたが、それは無数のとげに覆われていた。

その毒々しい体色もあり普通の人であれば思わず

生理的嫌悪を抱いていたであろうが―――

犬にとってはただの自分より小さい生き物であった。


道をあけろと言わんがばかりにうなり声をあげながら

近づくとその小さな生き物は逃げるどころか

とげのついたしっぽで飛び掛ってきた。


全く予想もしていなかった反撃に思わず悲鳴をあげて

逃げ出そうとしたが、そいつは素早く大地を跳ね回ると

犬の首筋にその大きな口で噛みつこうとしてきた。

間一髪でその攻撃を躱したものの、その鼻先を

大きな口で噛みつかれてしまった。


自分より小さな生物が攻撃してくるという恐怖と驚きで

その口からは悲鳴ともうなり声ともつかぬ声が洩れていた。

犬は首を振り回し、振りほどこうと必死になった。


相手が離してくれることはなかった。

あんまりにもそいつが離さないので、

犬はだんだん腹が立ってきた。


口から洩れる声は明確にうなり声に変わりつつあり、

怒りの咆哮が交じり始めた。


そもそも敏感で弱いはずの鼻先を噛まれている

というのにそいつの攻撃は大して痛くもなかったのだ。

嫌でも感じる口臭はとても不快ではあったが。


怒りにまかせ、ひと際強く首を振りまわすと

そいつをようやく振り飛ばすことができた。

振り飛ばされ態勢も整わぬそいつに飛び掛かり

犬は全力で噛みついた。


ボキボキと骨の砕ける音と共に犬の口の中は血で満ちた。

それもまた犬にとっては初めての経験であり、

それは食欲を刺激した。

そういえば散歩の帰り道から、ずっとゴハンを貰っておらず

腹ペコだったのだ。


初めて自分の力で捕えた獲物を犬はそのまま噛み砕いた。


それは犬にとって初めての狩りとなった。

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