24.出たとこ勝負
魔獣と化した男は馬車から狂猛な咆哮をあげた。
その魔素の発散を伴う雄叫びは広場にいた全ての者の恐怖心を
呼び起こした。
馬車に乗っていた牛の様な動物たちも同様であった。
狭く息苦しいほどに密集させられていた動物たちは恐慌状態で暴れ出し、
馬車を突き破ると広場に集まる人々をなぎ倒しながら駆けた。
一瞬で広場は混乱状態になった。
その混乱にを更に煽るように男は【王の路】に飛び掛かるように
走り出すとそれを破壊し始めた。
まだギリギリ人であった状態で思索していたことを実行しようとしていた。
『こりゃ、まずいねぇ・・・』
まさか昨日、自分が口直しに使った魔素がこの事態の最後の引き金に
なったとは思ってもいない猫は流石にこの事態に狼狽した。
【王の路】が壊されていることもまずいが、
それ以上に魔獣にこの都市で暴れられるのがまずい。
せっかく少年がこの都市を優しい方向に変えたのだ。
変わり始めた矢先にこれでは少年の頑張りがすぐに無駄になることは
予想できた。
この魔獣を打ち取ることはおそらく一匹でもできるだろう。
でも、その後は?
この魔獣を猫が打ち取ったとして異形の者たちへまた向けられることに
なるであろう冷たい眼差しは猫にはどうしようもない。
もはや魔獣となった異形が都市の中心に現れる事態に悲鳴をあげながら
人々は無秩序に逃げ始めた。
その悲鳴の中から「やはり異形は・・・」といった言葉が聞こえ始め
猫は戦慄した。
何とかこの事態を収める方法を思い描こうとしていた。
丘では犬とイヌーたちが歌の投げた骨めがけて走り出していた。
最初は犬と歌で楽しく遊んでいたのだが熊を食べ終えて
お腹が膨れたイヌーたちは新しいボスが楽しんでいるものが
気になり出した。一匹、また一匹と骨を追うものが増えだし、
今や群れの全てが歌の投げる骨の虜となった。
勿論その中でも犬が骨を独占し続けていたのだが、群れで骨を
追い始めた事によって、少しづつ骨を追う行為は遊びから
今やガチ目の様相に変わりつつあった。ジャンプ一閃に
地に落ちる前に骨をキャッチした犬に「(わ~、じょうず~)」と
嬉しそうに手を叩いて楽しむ歌はその犬たちの様子に気づいていなかった。
古の【猫又】は変化の術で人に化けたという。
同族になど出会ったことも無いが自分にも使えるだろうか?
少年に化けてしまえばそれが一番早い。
焦る猫は突拍子もないことまで考え始めていたが
それは無理からぬことだった。
あまりにも考えている時間は少なかった。
【王の路】は魔獣によってもう半壊状態だった。
当然、猫に変化の術などは使える訳がない。
さっさとこいつを始末して少年にこの危機に遣わされたとか
言ってしまおうか?
この際、姿を見せて声をあげるのは仕方がないだろう。
でも猫の自分がそれを口にしたとして信じるものはどのくらいだろうか?
そもそもが自分自身がこの世界では見かけない怪し気な獣なのだ。
それならば歌を呼び寄せて二人羽織作戦で言った方がまだマシか?
猫はそこでハッとした。
―――【女神の少年】
あの子なら【女神】の方に化けられるんじゃない?
その考えが頭に浮かんだ時に猫は空に火の玉を放った。
細かいことを考えている時間なんてない。出たとこ勝負だ。
猫が空に放った火の玉は上空で炸裂し、それは更に
場の恐慌状態を悪化させたが、これもまた出たとこ勝負だ。
「(にゃーの合図!!)」
楽しい時間は終わりだ。都市の上空に花火の様に上がる猫の
魔力を見ると犬は咥えていた骨を捨て、歌の元に走るとその背に乗せた。
犬は猫の話は全く理解できていなかった。
でも今、猫が自分たちを呼んでいる。それだけはわかった。
ニンゲンをその背に乗せてその住み家に向けて恐ろしいスピードで
駆けだした新しいボスの姿にイヌーたちは戸惑うどころかその後を追い出した。
先ほどの骨の争奪戦でイヌーたちの闘争心は昂っていた。
まるで走る犬の姿を逃げる獲物の姿と認識したかのようにその背を追った。
急速に近づいてくる犬と歌の気配に猫は顔を向けた。
丘の麓の門から恐慌状態に陥った人々が都市から脱出しようとしていた。
そこに向けて突進してくる大きな獣の姿を確認し、さらにその恐怖を募らせた。
その鳴き叫ぶ声は猫の耳にも届き混乱が更に深まる様を猫に伝えたが
もうこうなっては突っ走るしかない。出たとこ勝負だ。
門に殺到していた人々は逃げる様に道を開けた。
犬は開いたその道を駆け抜けた。
その獣の背に乗っている人物は思わず人々が逃げ惑う恐怖を忘れて
目を奪われるほどに美しかった。
思わず道を開けたまま立ち尽くして見送る人々の間を
時間をおいて今度はイヌーの群れが駆け抜けていった。
「な、何が起こっているんだ・・・?」
何処からともなく呟かれた疑問に弾かれたように人々の中から
声が上がった。
「もしかして少年が言ってたイヌ―って!!」
猫の目にようやく犬の姿が確認できた。
『よし!!』
猫は立ち上がった。
まずは、さっさとこの魔獣を始末しなければならない。
『ん?』
後方から咆哮をあげながら犬を追うイヌーたちの群れが見えた。
『で、出たとこ勝負だ!?』




