23.【猫】の口直しの結果
あ、わんわん帰ってきた。
歌は近づく犬の気配に立ち上がると「もう狩りはしなくていいよ」と
教えるために都市に背を向けた。
その手には大きな骨が握られている。
犬を狩りに行かせないためには遊び道具が必要だった。
犬が大量に取ってきた魔獣や魔物の骨では食欲を刺激して逆に
狩猟本能を昂らせるかもしれない。
歌は魔力を最小限に抑えて歌い、寄ってきた大きな熊を仕留めて
その骨を抜き出した。
猫に習った犬とのボール遊びは歌にとっても楽しいもので
これまで悪天時など旅の脚を休めるときには何度もやってきた。
楽しいし犬がどこかに遊びに行くのも止められるし一石二鳥だ。
「(え?)」
遠くに見えた犬は獲物を咥えて嬉々としてこちらに向かってきていた。
それも大量の獣を引き連れて。
最初は追われているのかとも思ったがそうではないらしい。
犬はしっぽを振って獲物を歌の前に置くと
おすわりしてキラキラした目で歌を見た。
歌がおもちゃを持っていたので遊んでくれるのを
察知したようだ。
もちろん遊ぶのはやぶさかではないのだが
歌としては犬が引き連れてきた獣の群れの方が気になる。
こんなに犬に友達がいるとは知らなかった。
群れたちは大量に積み上げられた魔素のニオイを嫌って
少し遠巻きから2匹を見つめていた。
「(ど、どうしたらいいの?)」
こんな不測の事態ではいつも猫が解決策をくれるのだが
今、ここに猫はいなかった。
どうして良いか解らず、動揺する歌に一匹のイヌーがうなり声をあげたが
犬に酷く怒られてしょんぼりしていた。
「(あ、そうだ!!)」
犬にちょっと待ってねと頭を撫でるとおもちゃを手に入れるために
仕留めた熊をひょいと持ちあげるとイヌーの群れの方に投げた。
仕留めてしまったのだから、命を奪った責任でそれは後で
食べるつもりだったのだが魔素のないこの肉は犬の友達たちを
もてなすのにはちょうど良かった。
イヌーたちは熊の巨体を軽々と投げてよこしたニンゲンに驚いたが
思わぬご馳走を貰えてお礼を言うように吠えると熊に群がり食べ始めた。
暴君に自分たちが食べることが出来ない魔獣ばかりを追いかけさせられて
イヌーたちは腹ペコだったのだ。
そろそろ構ってほしかった犬は鼻を鳴らし、歌はごめんねと犬を
わしゃわしゃと撫でながらおもちゃを拾った。
―――楽しい時間の始まりだった。
『ん~・・・』
猫は【王の路】を発見していた。
広場に来た時からそれは見えていたがどうも広場の中心にある
それが【王の路】らしい。
それは確かに厳かな雰囲気のある立派な門ではあった。
ある種の観光名所と化しているのか大勢の人々が見上げている。
だが、どう見てもただの門だ。
その証拠に昨日から何人もの観光客らしきがその中を通って行ったが
その向こうから出てくるだけだ。
どこかに瞬間移動するための装置でもあるのだろうか?
調べたかったが流石にこの人込みから見つからずに近づくのは
猫でも無理だった。
その観光客たちの会話からその使い方でも出てきやしないかと
聞き耳を立てたが、この門を使えば一瞬で王都に辿り着けるという
もう知っている話で盛り上がっているだけだった。
もちろん今日もその使用を許された少年の話題が多かったのだが。
まあ陽が落ちてからゆっくり調べようかと考えているところで
多くの動物たちを乗せた大きな馬車がやってきた。
恐らくは食肉となる動物たちを運んでいるのだろうが
その馬車に操る男に猫は注意が向いた。
随分と魔素をため込んでいる。馬車を運転していなければ
猫も魔獣と思っていただろう。
ローブにすっぽりと覆われていて人相は確認できないが
恐らくはかなり異形となっているはずだ。
その男はかつては名の売れた冒険者だった。
男はその仲間たちとダンジョンの深いところに潜り、
仲間の全員を失う激戦の末に強い魔物を打ち取って
一人、それを持ち帰った。
その魔物から抽出された大量の魔素と魔物の身体からとれる素材で
男は財を成した。
得た財産で今は都市の郊外で牧場を一人経営し冒険者を辞めてしまっていた。
男にあこがれる冒険者たちはきっと戦いに疲れたのだろう。
仲間を失って戦うのをやめてしまったのだろう。と噂した。
事実は違った。
仲間全員を失った男は激昂し、仲間の身体と武器に込められていた
魔素を全て喰らいその身に取り込んだ。
そしてその得た力で強大な魔物を打ち取った。
魔素はその男の身体を虎を思わせる獣に変えていった。
最初は抑えきれない程の殺戮衝動を満たすために牧場を経営し
食肉となる動物たちを殺すことでその衝動を慰めていた。
そのうちそれで満たされなくなった男は一人ダンジョンに潜り
魔物を襲い始めた。そしてあろうことかその肉を貪りだしたのだ。
魔素への耐性は人により違うものだが、男はかなり高い方であった。
頭の中ではもう殺戮と魔素への渇望しかなくなり始めていたが
魔獣になる寸前でギリギリのところで人として踏みとどまっていた。
そんな状態だから都市に来るのは憚られたのだが、もうすぐ
都市の祭りが開催される時期だった。特に今年は女神の少年によって
法が変わった記念すべき年だ。それは盛大なものになるだろう。
その準備で人手が足りず、祭りのために大量の食肉を必要とした
都市からどうしてもと納品を頼まれたのだ。
ここの連中を皆殺しにするならまず王の路を潰さなきゃな・・・
王都から騎士どもにでも来られた厄介だ。
その後はどこに追い込むのが効率が良いかな・・・
魔獣に成りかけている男は我知らず馬車の上で物騒な想像に耽っていた。
もはやその目に映る都市の全ては殺戮衝動を満たす獲物であり
その狩り取り方を思索していた。
はっと我に返り人ではなくなる自分に「いかん、いかん・・・」と
呟きながらさっさと納品を済ませようと男は思った。
その上空にあった本来厳重に魔素を封じてあるはずの街灯が
何者かに叩き割られており、そこから魔素が零れ落ちた。
男はふと自分の手に何かが滴ってきたのを感じた。
それが魔素だと気づくよりも前に男の最後の理性は消し飛んだ。




