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02.【犬】と【女神】

この小さな存在は何を求めているのだろう?

何をしてあげたらいいんだろう?


【部屋】を隅々まで探して少年を見つけられなかった

小さな存在はご主人の居場所を聞くように縋り付くような瞳で

【女神】を見上げながら悲し気に鼻を鳴らしていた。


当然、【女神】もほんの少しの別れだからと

少年と小さな存在の【家】へ光の道を繋ぎ、

送っていこうとした。

ニオイで理解したのか、その光の道が自らの【家】に

続くことを小さな存在は認識していたようだが・・・

その小さな存在はそこに帰ろうとも、

そもそも全くその場を動こうともしなかった。

ニオイはするんだ。きっとこの近くにご主人様はいるんだよね?

と言わんがばかりに。

だってここにニオイがするんだから【家】に

帰ったとて大好きなご主人様はそこにはいないのだ。


『あの子に会いたいのですね。

 本当にごめんなさい・・・』

『でもあの子は危険な場所に行ってしまったの。』

『でも、きっと』

『きっと、すぐに会えるから今はお家にお帰りなさい。』


意味を理解しているのかしていないのかその存在は

「わん」と短く返事するだけで動こうとはしなかった。

実体があれば小さな存在をなかば乱暴に抱えて

家路に送り出すこともできたかも知れないが、

それはできなかった。


【女神】は少年の危険な旅路をここでずっと

見守るつもりだった。

あの世界では自分は何の干渉もできなくとも

自らの存在を強烈に認識するあの少年ならば

夢の中で、あの忌々しい世界で傷ついた心を

慰撫することぐらいはできるだろう。

困り果てた【女神】はふと、ここでこの小さな存在と

一緒に少年を見守りながら帰りを待つことも考えたが、

ここには小さな存在の必要とするであろう

食べ物はおろか水すらなかった。


『ここにはあなたの会いたい人も、それはおろか

 あなたが存在するために必要なものも何もないのです』

『私は悔しいけれど、できそこないの存在なのです』

『ここにずっといては、あなたの存在がきっとなくなってしまいます』

『あの子が帰ってきたときに、あなたがいなくてはあの子は悲しむでしょう?』

『納得できないことはよくわかります。でも、今はどうか【家】にお帰りください。』

『私の存在にかけて、絶対にあの子はあなたの【家】に無事に送り届けますから・・・』


その言葉や声色は【女神】の悲痛な覚悟を感じさせるには

十分であったが小さな存在は悲し気に鼻を鳴らすだけであった。


『あの子の元に行きたいのですか?』

『あの世界は本当に危険なのです・・・』

『あの子を送り出した私が、』

『その私が、送り出したことに強い悔恨を感じるほどに』

『本当にごめんなさい・・・』


【女神】があまりにも悲し気なので、その小さな、

だけど優しい存在は思わず

目の前の存在を慰めようと、顔を舐めようしたが

不思議とそれはできなかった。

その小さな存在の舌は何も感じることはできず

空を切った。


でも、その小さな存在の優しい想いは

【女神】には十分すぎるほど伝わっていた。

少年を異なる世界に送り込んだぐちゃぐちゃな

思いが、ほんの少しだけでも軽くなった。




唐突に、その瞬間に【女神】は気づいてしまった。

あの少年の、おそらくひどく辛いものになるであろう

旅路の中で少年の心に癒しを与え、支え、

力になれるものは夢枕にたつのが精いっぱい

なのであろう自分なのではなく、目の前の

小さな存在なのではないかと。


『もしあなたがあの世界で 少年の旅路の力となるのでしたら』

『あの子の本当の意味で旅路の共となるのでしたら』

『あの凄惨たる世界を救ってくれるのでしたら』

『あなたにも私の力を与え、あの世界へ送り出します』

『と言ったら、あなたはどうしますか?』


その小さな存在は、おそらくきっと今まで通り

言葉の意味など全く理解はできてはいないのだろうが――――

「わんっ!!」とひと際大きな声で応えてみせた。


『わかりました』

『もし、あなたが』

『きっと、辛い思いをしようともあの少年の元に行きたいのであれば』

『こちらの道を、あの世界への道を渡りなさい。』


唐突に、ご主人様を食べたあの光が

また目の前に現れた。

思わず吠えて見せたが―――

小さな存在はその光の向こうに少年の存在を

強烈に感じた。


その小さな存在の心は大好きな少年の存在を感じ、

何の迷いもなく光に走り出す身体を止めようとはしなかった。


『どうか、』

『どうか、あの世界を救い無事に帰ってきてください』


走り出すその小さな背中に【女神】の大きすぎる想いを乗せ―――

その小さな存在は世界を隔たる壁を超えていった。

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