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18.旅立ちの【歌】

―――歌が聞こえた。

気がついてみると、とうに陽は落ちていた。



肉の塊を3匹で食べ尽くすと犬は眠くなった。

死力を尽くした戦闘の疲れもあったのだろう。

犬は近くにあった廃墟にゆっくりと入っていった。

猫も眠そうに犬に続こうとした。

一人残された女はそれを少し困惑した表情で見ていたが

振り返った猫からおいでおいでされると顔をぱぁっと

明るくして猫に続いた。


廃墟の中では既に快適そうなスペースを見つけた犬が

丸くなってあくびをしていた。

猫は当然の様に丸くなった犬の中心に飛び込んだ。

犬も当然の様にそれを受け入れ、飛び込んできた猫を優しく舐めた。


女がどうするか考えていると大きいふわふわは

こちらを見つめながらゆっくりとそのしっぽを振っている。

きっと拒絶されてないと感じた女はゆっくりと犬に近づき、

その身体におずおずと触れてみた。

途端に犬からまたぺろぺろと顔を舐められた。

それは「怖がらなくていいよ」と言いたげな優しいもので

女の顔には笑顔が浮かんだ。

思い切って女は大きいふわふわの身体に顔を埋めてみた。

その初めての肌触りの良いふわふわに包み込まれる温かく優しい感覚に

女はその整った顔立ちには全く似合わない、だらしなく緩んだ表情を浮かべた。

それから犬に抱き着くように身をよせると、ふわふわを全身に感じ、

そしてそれに包まれながら幸せそうに目を閉じた。


2匹にとって、それは本当に僅かな時間であったとしても女は共に苦楽を、

そして生死を共にしたかけがえのない友であった。

こうなってしまうと仲間を食べて悪いことしたなとは思ってしまう。

だが、それに対する弁明をする気など2匹には全く無い。


もし命を食べたことを声高々に咎める者がいたとして

じゃあ、お前は一体全体何を食べて生きているんだ?という話だ。

2匹にとっては自らのこの世に受けたその生命を続けるために

他の動植物を殺し、その身を、その命を頂くことは生きていく以上

全く持って至極当たり前のことであった。

原罪に縛られ、その業に苦悩し続ける人間たちとは違い、

自らの生存のために何かしらの他の命を奪うしかないのが

生きるってことなんだと2匹の賢者たちは本能でとっくに、

何ならもうこの世に産まれた時から知っていた。

化け猫となった猫ですら霞を食べて生きていけるようには進化できていないのだ。

もしかしたら水と陽の光だけで生きていくことが出来る、

それこそ霞を食う様に生きることができる植物たちだけは

それを口にする権利はあるのかもしれない。

でも、ここにはそんなそんな存在なんていないだろう。


犬もそのまま少し身じろぎして快適な姿勢を探すと目を閉じた。

どんな生物も疲れ果てていてお腹がいっぱいであればすることは一つだった。

少し経てば3匹の静かな寝息が聞こえてきた。







目覚めた女は眼下にあるふわふわの存在たちに思わず

頬を緩ませ、愛しそうにその身体をそっと優しく撫でた。

身じろぎしたふわふわに起こしちゃったかな?と少し慌てたが

まだ2匹とも眠っているようだ。

起こさない様にそろりそろりと女は外に出た。


「☆――・・・」


思わず感嘆の声が漏れた。

星空が煌めく様も女は初めて見るもので、昼の鮮やかな光の魔法とは違った

その優しい光はあまりにも綺麗で―――

思わず涙ぐんでしまう。

外の世界はこんなにも全てが好奇心を刺激し、そして本当に美しい光が溢れていて

ここにいたいと思ってしまう。

でも魔物である自分にはそれがきっと許されない。


『(世界ってこんなにも綺麗だったんだ)』

『(どうして私たちは地上で生きられないの?)』

『(この光輝く世界の下に存在することが何で私たちには許されていないの?)』


女はその万感の思いを、その歌に込めた。


生まれた時から歌は共にあった。

その力は獲物を魅了し、おびき寄せる武器であった。

が、音楽としての本質は勿論それとは別にある。

その奏でるものに聞くものに、その感情を時に昂らせ、時に癒し、

そしてありとあらゆる感動を呼び込むためのものだ。

その激情が込められた歌は能力を措いても全てを惹きつけた。


『(愛してるよ、姉さんたち)』

『(ふわふわの友達もできたんだよ)』


魔物たちは魔素より産まれ、その濃さとその環境が種族を左右する。

もともと血を分けて生まれてくるわけでは無かったが、それでも

セイレーンたちは家族の様に過ごしてきた。


『(でも、私はもうここにはいられない)』

『(だって私は知ってしまった)』


その歌は女のありとあらゆる感情を夜空に放ち、その音楽の力は

自らをも奮い立たせた。


『(たとえ明日死ぬのだとしても、私はこの世界をもっと見てみたい)』


外に出た2匹は星空のステージで歌う女が紡ぐ音に聴き入った。

元よりその言葉の意味は解らなかったがその歌に込められたものを

理解することは2匹にも容易かった。


激情のままに放つ歌を終え―――

女は2匹に向き直ると近づいてしゃがんで2匹と目線を合わせた。

女は少し考え、犬と猫を次々と指さすと


「ワ、わンわん」

「ンィ、にゃあぁ」


そして自分を指さし


「§ε¶ΞΨ」


恐らく自己紹介をしたつもりだったことは猫には解ったが

その名を発音することは猫には難しかった。

犬は元の世界でニンゲンの子供たちから呼ばれる名を呼ばれ、

先ほど聴き入った歌のテンションもあって大喜びで女に

抱き着くように飛びついた。

その巨体に押し倒されて女は一瞬びっくりした表情を浮かべたが

顔に雨の様に降り注がれた親愛の証に嬉しそうに犬の頭を抱きしめた。


『わんわん』

『にゃー』


と女にも解りそうな言葉で猫はそれぞれを紹介すると


『歌』


とその肉球を女の目の前に差し出した。


「う・・た?」


『私らはあんたをそう呼ぶことにするよ、【歌】』


猫も親愛の証として自らの魔力を【歌】の身体にスリスリと

マーキングしながらそう言った。


元より名のあった冒険者の魔獣を除けば―――

この世界で初めて名前がある魔物が誕生した瞬間であった。


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