17.みんなで食べるご飯は美味しい
女は近づいてきた猫にも遠慮がちに触れてみると
ゴロゴロと不気味な音が鳴ってビクっと手を引いた。
『ああ、あんた』
『本当助かったよ』
小さい方のふわふわはそう言いながら離れた私の手を優しく舐めてくれた。
言葉の意味はわからないけれど、きっとお礼を言ってくれてるんだろう。
私は返事をするようにその頭を優しく撫でた。
大きい方のふわふわは前足や傷を舐めている。
きっと折れた脚が痛いんだろう。あとでちゃんとしっかり固定してあげなきゃ。
瞬く間に完治した犬はてててと今度は猫に近づき、撫でられる猫を
一緒に舐めだした。
『あ~、あたしゃケガしてないよ』
その言葉がわかっているのか、いないのか犬はしつこく猫を舐め続けた。
ただ単に猫の無事を喜んでいるだけなのかもしれない。
私は思わず小さなふわふわを撫でる手が止まった。
『んっ?』と不思議そうな顔をして小さなふわふわは私を見上げた。
私の受けたこの衝撃を、この子たちはきっと解っていないんだろう。
あれ程の傷を瞬く間に治したの?
そんな高度な魔法、聞いたことなんてない。
さっき私はお腹を引き裂かれたと思って、その耐えられない痛みに
倒れてしまったたけど、でもよく見たら傷なんて無くて・・・
今日は色々とありすぎて、何か恐ろしい幻覚でも見てしまったのかと思った。
でもあれはホントは幻覚なんかじゃ無くて、そんな傷すら
このふわふわは一瞬で治してしまったと言うの!?
私たちセイレーンだって、それなりに高位の魔物で
私たちのテリトリーには他の魔物だって進んでは絶対に近づかない。
私たちの歌が聞こえてしまえば、それは聞こえたものに確実な死が
訪れることを意味しているから。
思えば、私たちのテリトリーにこの子たちが踏み入れてきた時から
もうおかしかった。
私たちが誇る魅了の力が全く通用していなかった。
姉さん達が目の前で食べられて驚きと怒りでどうにかなりそうだった。
でも、それ以上にそんな存在がこの世界にいること自体が、
何でか本当に気になってしまって・・・
思わず後をこっそりつけてしまった。
もし、またこんな生き物が私たちの前に現れたらどうするべきなのかを
観察してみたくなった。
出口まで観察してみて生まれて初めて外の世界を見て―――
あの時の驚愕を私はきっとずっと忘れない。
太陽と呼ばれるものが聞いていた話より、ずっとこんなにも
輝くものだということを私は初めて知った。
よくかかる獲物である人間はその大地に創造物を作るという話を
聞いてはいたけど、その創造物は私の想像を遥かに越えるものだった。
何もかもが眩しく見えて、私は思わず身を隠すのを忘れて・・・
ああ、そうだ。
この子たちに見つかっちゃったんだった。
何も危害を加えるつもりはないってこの子たちに伝えたくて、
でも私の言葉はこの子たちには伝わらないっぽい。
精いっぱい頑張ったけど、私の気持ちが伝わっているかは解らなかった。
大きい方に吠えられたときは、私も食べられちゃうのかな?って
思ったけど、そうはならなかった。
すごいスピードで走り去るふわふわを見て、私は心底安堵した。
きっと気持ちって思いを込めれば伝えるのに言葉なんて関係ないみたい。
私は帰ろうかとも思ったけれど、せっかく来た地上をもっと見てみたくなった。
私たち、魔物は種族にかかわらず地上では生活できない。
だって地上には魔素がない。私たちの存在を支えてくれるものが何もない。
でも本当に獲物がかからないときには姉さんたちは地上に行って歌って
獲物を引き連れて帰ってきてくれた。それを狩りってよんでたっけ・・・
狩りは危険なんだからって、私は連れて行って貰えなかった。
きっと地上に出たからと言ってそんなにすぐに力を失う訳じゃないんだろう。
私は恐る恐るダンジョンの外に一歩を踏み出した。
初めての地上の散歩は本当に楽しかった。
見るもの全てが新しい。好奇心は際限なく私の心の奥底から湧きあがった。
地上の太陽がもたらす、そのまるで光の魔法の様な輝きは見えるもの全てを
美しく彩った。
不意に前方から響いた衝撃に私は思わず身構えた。
遠くで何者かが戦っている。
いよいよ帰るべきかなとも思ったけど、もう好奇心は止まらなかった。
きっとあのふわふわたちが戦っているんだろう。
その戦い方を帰る前に見てみようと思った。
ふわふわたちが戦っている相手は人間の魔獣だった。
私は見にきてしまったことを後悔するほどの恐怖心に駆られた。
こんなにも魔素を蓄積するものなんて、私たち魔物にだってそうはいない。
それに私たちセイレーンはそもそも純粋な戦闘には向いていない。
私たちの武器はと言えば獲物を食べるためのこの牙とその肉を
引き裂くための爪くらい。
私たちの最大の武器は相手を魅了し、獲物を意のままに操ること。
私たちのテリトリーの中でならば、この魔獣を葬るのは容易い。
水の中に引きずり込んでしまえば、何もせずともその呼吸を
止めることなんて簡単なことだ。
私たちはただ水中からこっちに来るように促すだけ。
でも、ここには水なんてない。
ふわふわたちが戦っている間に、気づかれない間に
帰ろうと思ったその時にふわふわたちが地面に叩きつけられた。
なんであの時にそう思ったのかは今でもわからない。
助けなきゃって、そう思ったんだった。
犬は今度はフリーズした女に「どうしたの?どこか痛いの??」
と言いたげにまた顔を舐めた。
我に返った女は「何でもないよ」と言いたげにその頭を撫でた。
犬は久々にその身体に宿る魔力を全力で使って、もう腹ペコだった。
仕留めた獲物を食べようよとしっぽを振って皆を誘った。
「Ψ¶Ξ!!!」
『これはうんまいねぇ・・・!!』
「わんわんっ!!」
三者三葉に話す言葉が違いすぎて、それぞれが互いに
意味など解ってはいないだろうが・・・
食事を楽しむそれぞれの表情が同じ気持ちを理解させあった。
皆で食べるご飯は本当に美味しかった。
それぞれが嬉しそうに仲良くご馳走に舌鼓をうつ、
この日の午後はそれぞれにとってかけがえのない思い出となっていった。