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16.【犬】vs【成れの果て】

出口から出たところで軽く伸びをするとすぐに主人の気配を追った。

その気配はまだまだ遠く、先を急がなければならない。

走り出そうとしたその時、後ろから声が聞こえた。

その言葉はまるで解らなかったが、その声色は驚きと喜びに満ちていた。


2匹は思わず後ろを振り返った。

意識がつい主人の方に向き、こいつの存在を忘れていた。


ダンジョンの出口から喜色満面にこれ以上ないほど目を輝かせた

女が周りの景色をきょろきょろと見渡し、何やらわからない言葉で

感嘆の声を上げていた。

2匹はそんな女を見つめたが、どうやらそれにすら気づいていないらしい。

ようやく姿を現す気になった魔物に、その不審さから犬のその口から

うなり声が洩れた。


その声にようやくこちらに気づいた女はその表情をたちまち

怯えたものに変化させダンジョンを封鎖していた既にボロボロと

なっている柵に身を隠しながら両手をヒラヒラとさせた。


「§〇Δ¶ΞΨ・・・」


何を言っているかさっぱりわからないが「私は敵じゃないよ」と

必死に伝えようとしてしているのは解る。

恐怖からかその眼はもう完全に涙目だ。

その必死な命乞いの様は2匹の毒気をすっかり抜きとった。


さっき魔素の濃い女の仲間たちを2匹平らげたことで

今はお腹が空いている訳でもない。

まあ、危害を加えないならいちいち相手にするまでもないだろう。

犬は女を脅す様に吠えるとそのまま走り出した。

女はその脅しに心底怯えながらその場でへたり込むと

ボロボロの柵に掴まってその隙間から2匹の走り去る

後ろ姿を見つめていた。




こちらの街の方が入り口にあった街より広いらしい。

もうダンジョンからはだいぶ離れたはずだが街はまだ続いていた。

とは言え、人の住んでいる気配は無く、変わらぬ廃墟が続くのみであった。


ようやく街の終わりが見え始めたところで犬はその場に立ち止まった。

この世界に来たばかりの頃に出会った猪の様な―――

圧倒的な強者のニオイが感じ取ったのだ。

そしてそれにもう見つかってしまっていることも。

それは猫も感じていた。猫は犬の頭から降りると無数の火の玉を

自らの周りに顕現させた。


建物の角から何かがズルズルと這い出してきた。

まるで肉の触手の様なそれに引っ張られるように左右の壁を

メキメキと破壊しながらそれは現れた。

右腕は巨大な触手となったかの様にうねうねと不可解に蠢き、

その腕には斧の様なものが握られている。

既にボロボロになっている鎧の隙間からも触手のような腕が何本も

這い出しておりそのいくつかにも武器が握られている。

そしてその武器の形状も全て異形のものだった。


その武器に、そしてその身体に大量の魔素を吸収させ、異形となり続けても

尚、魔素を吸収させ続けたそれは冒険者と呼ばれた人間の成れの果てであった。


もう壊れてしまっていて意味を成していない兜から覗く肥大化した肉の塊には

不気味に裂けた大きな口が見えるばかりで目や鼻の存在はもう確認できない。

辛うじて左腕だけは人間のものらしき面影は確認できたが

その見た目やニオイからはもはや人だったころを感じとることはできない。

2匹に感じられるのはただ強い魔素のニオイを持つ異形の何か。

それだけだった。


その肉の塊が無数の触手を地面に這うように伸ばすのと

猫が顕現させた火の玉を飛ばすのは同時だった。

猫の火の玉は着弾と同時に爆発を起こし、向かってきた触手を

一瞬で焼き払ったが、その焼けただれた触手をのり越える様に

次の触手がやってきた。

それも焼き払おうとした猫に巨大な腕に握られた斧が降ろされた。

這いまわる触手に引きずられるようにして本体もあっという間に

近づいてきていた。

猫は振り下ろされた斧をするりと躱しながら残りの触手を焼き払った。

犬はその間にも何本もの触手を齧り飛ばし、その斧を持つ腕も

齧り飛ばそうとしたが、もはや関節などないであろうその巨大な腕は

不可解な軌道でその腕に食らいつく犬に斧を向かわせた。

犬に当たる前に猫は爪で斧ごとそれを切り飛ばした。


『油断するんじゃないよ!!』


猫に切り飛ばされた斧は血をまき散らしながら

まるで陸にあげられた魚の様に大地を飛び跳ね、痙攣している。

魔素で強化され続けた武器もまた異形のものとなっていた。

肉の塊は触手を伸ばしそれを拾い上げると、その巨大な口で斧を食べだした。

武器に使われていた魔素の残りを吸収し、その身体からは

更に多くの触手が生え始めた。その多くが猫や犬に分断された

うねうねと動く触手や武器たちを拾い集め、それもまた口に運ばれた。


『こりゃあ、厄介だね』


流石に焼き尽くされた触手は回収できないであろうが

切り飛ばした程度では回収して復活できるらしい。

それを見て理解したとしても、していなったとしても犬の攻撃手段は

魔力で巨大なものとなっているとはいえ単純物理の牙のみであった。

犬はそのまま向かってくる触手を片っ端から齧り飛ばしていた。

齧り飛ばしながら犬もその魔素を食らっているのであろうが

相手にはその底が見えない程の魔素が蓄積されていた。


【猫又】となった猫はこういった怪異との戦いは今まで何度も経験していた。

そんな時に共に戦う仲間なんて猫にはずっといなかったし、

それに猫という生き物の狩りはそもそも一匹で行うものだ。

全てを焼き尽くす様な大技もあるにはあったが共に戦う犬がいる以上、

巻き込んでしまう可能性があった。

猫はこういった状況で使用できる技は少なかった。


猫は犬の頭に飛び乗ると齧り飛ばす触手をその場で回収される前に

焼き尽くした。こちらに向かってくる触手の数はそれでも増え続け、

犬に捌ききれる数ではなくなり、その頭に乗る猫も迎撃しようとしたところで

その右腕が振り下ろされた。

読みにくい不可解な軌道と違い、直線的に振り下ろされたそれを

犬は難なく躱すと押し寄せる触手を噛み千切りながら本体に迫ろうとして

急に横なぎに動いた右腕を飛んで躱した。

逃げ場の無くなった犬に他の触手が下から迫ったがそれは猫が爆撃でも

するかのように火の玉を投下し焼き払った。

が、どんな軌跡を描いたかわからない動きで戻ってきた右腕が真上から

振り下ろされ、犬と猫はそのまま大地に叩き落とされた。

悲鳴をあげる間もなく触手の乱打が2匹に振り下ろされ、犬は魔力を

痛む脚に集中して必死で躱した。前足が一本折れてしまっている。

機動力を潰されて犬がその乱打に捕らえられるのは時間の問題かと思われた。

猫は状況を打破するために一か八かの大技のために魔力を溜め始めたところで

すべての触手がピタリと静止した。



―――歌が聞こえた。


その歌の聞こえる先を見れば先ほどの女がいた。

こいつホントに何のつもりだ!?

こいつダンジョンから出れたのか!?

と色々な考えが浮かび、意識が向きかけたが

一瞬でも相対する敵の存在から目を離したことに慌てて

2匹は肉の塊に意識を戻した。

見てみればこちら以上に肉の塊の方は完全に女に意識が向いていた。

あろうことか犬と猫に背を向ける様に女に向き直り、全ての触手を

そちらに伸ばそうとしたところで、本体との間を邪魔するものが

無くなった犬が魔力を込めていた脚で一瞬で間を詰め、

肉の塊のその脚を噛み千切るのと猫がその爪で首を切り飛ばすのが

同時に起こった。


肉の塊の触手はまるで制御を失った様に大暴れにのたうち回った。

その凄まじい猛威の中心にいた犬はたまらず悲鳴をあげたが

その身に降りかかる触手は猫が全て切り落として犬を守った。

その嵐の様な時間は本当に短かったが犬は相当に怯え、触手が

動かなくなった後もその場で鼻を鳴らして怖がっていた。


ふと女の方を見ると先ほどの嵐に巻き込まれたのであろう。

血を流して倒れているのが見えた。


犬は怖がるのをやめ、びっこを引きながら女に近づいた。

女はうつろな目をしていたが犬を見やると微笑み、何かわからないことを

呟いた。その腹は大きく引き裂かれてしまっている。

猫も近づいてきたが猫が何かを言う前に犬は女をペロペロと舐めた。


犬と猫は女が何をしたかったのかはずっとわからなかったが

危険を承知で守ってくれたことだけはしっかりとわかっていた。


あっという間に死を覚悟した痛みが消え、驚いて傷を確認するように

上体を起こすと犬は思いっきり女の顔を舐め始めた。

それは治療のためではなく親愛の証であった。

最初はそれに驚きと困惑の表情を浮かべながら顔を舐められるままだった女は

おずおずと顔を舐める犬に触れてみた。その柔らかくふわふわした手触りは

女の顔に思わず笑みをもたらした。最初は恐る恐る触っていたがその

初めて触れる暖かい手触りに夢中になり最後には顔を舐める犬の頭を

優しく抱きしめた。

その顔には満面の笑みが浮かんでいた。




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