12.【犬】と【猫】
「で、こいつは何なんだろうな?」
大盾の男は自分が倒れた後の話のを聞き憤慨した。
そんな時は自分を置いて逃げて欲しいとあまりにも全員が同じで、
そしてその答えがわかりきっている議論をするので苦笑するしかなかったが、
その次に出た疑問の声にも誰も答えられず苦笑するしかなかった。
この世界にも犬に相当する動物はいた。だがそれは犬とは
また違った外観を持っていた。
この獣も魔物なのだろうか?であれば人を助ける訳もないし
その整った外見は魔獣ではないだろう。
おまけにその獣は大盾の男を救った後に思い出したかの様に
頭のなくなったミノタウルスの身体に近づくと食べ始めてしまった。
ミノタウルスの身体は大きさはともかくとしてもそれは
人の身体のそれと似ており、それを食べる犬にドン引きはしたが
それ以上に魔素の塊の様な魔物の肉体を食べていることに驚いた。
そんなことをしたら、一口でも魔物の肉なんて口にしてしまえば
この世界の常識では魔獣になるはずだった。
「でも、もう本当にダメかと思ったよ」
誰も答えられないであろう疑問を逸らすかの様に
カモシカの脚を持った女が口にした。
「ああ」
「うん・・・みんなが無事でホントに、本当に良かった」
「良かねぇよ!俺の盾が完全におしゃかだ!!」
恐らくさっきまでの自分の様を思い出して涙ぐみそうになっている
仲間たちの姿が照れ臭かったのか、形だけの否定を大盾の男はしてみせた。
それで思い出したのであろう。
「あ~、悪いんだけどさ。帰ったら矢をまとめて調達しなきゃなんだけど」
「俺の盾もだ!!あれがなきゃ皆を守れねぇ!!」
「私のレイピア・・・」
ミノタウルスの腕に突き刺さっていたレイピアは
その肉を食べていた犬が一緒に噛み砕いてしまっていた。
その少し前方では額に目を持つ少女と治療をしていた少女が
嬉々として火の玉の魔法を追いかける犬と遊んでいた。
「まぁ、悪いやつではないんだろうな・・・」
皆の主張が耳に入っていない訳では無かったであろうが
先ほど逸らされた疑問にひとり答える様にフルプレートの男は呟いた。
その言葉に反応するように男の視線を追った大人たちは少女たちを見た。
普段、まるでもう大人になってしまったかの様に振る舞う
犬と遊ぶ少女たちの顔には歳相応の笑顔が見て取れた。
それを見たのはその仲間たちですら、もう随分と久しぶりだった。
この世界では当然の様に存在する異形の冒険者たちへの差別は
少女たちから笑顔を奪うには十分すぎるものだった。
尤も、その屈託のない笑顔を見せる少女たちを見て、
思わず穏やかに笑みがこぼれる自分たちの姿も久しぶりだということに
気づいてはいなかったが。
「つかれた~っ!もうおしまいっ!」
「二人ともがんばったねぇ~」
犬の身体を優しく撫でまわしながらそう言う少女たちは
獣と遊び終えたようだ。
冒険者がいるということはダンジョンの入り口が近いということだ。
魔獣の誕生は魔素による身体の強化に限界を齎し、それはダンジョンの
浅いところでの戦闘を人々に強いた。
ダンジョンの深いところまで辿り着き、そこで得られるもので
巨万の富を築き上げた冒険者は数えるほどしかいなかったし、
それは冒険者の憧れだった。
偶にダンジョンの深いところで生まれる強靭な魔物が
外に出てきて甚大な被害をもたらすこともあったが、
それを駆逐するのも冒険者の役目だった。
今回のミノタウルスもそんなところに鉢合わせたのだろう。
ミノタウルスが現れるとはパーティーの誰も想像もしていなかったことだった。
遊び終えた犬は満足した表情を浮かべて少女たちに撫でられていたが
ふと何かを感じ取ったかのように身体を起こすと宙を見上げながら
熱心にクンクンと鼻をひくつかせていた。
懐かしくてそれは愛おしいニオイを感じ、それは気のせいかとも
思ったがどうやら気のせいではないようだ。
犬は「わんっ」と冒険者たちに別れを告げる様に短く吠えると
飛ぶような勢いで入り口の方へ走り出した。
「矢が欲しければいくらでも買って良いし、弓を新調するのも良いだろう」
「盾もレイピアも好きなものを買えば良いさ」
「これからそんな必要があるのかはわからないが、俺達に備えは必要だ」
「あいつらにはそうだな・・・イヌーでも買ってやるとするか」
寂しそうに、名残惜しそうに走り出した犬を見送る少女たちを
見つめながらフルプレートの男が言った。
イヌーとはこの世界で犬に相当する動物だった。それを飼うには帰る家が
必要であり、もしそうではなく連れ歩くとしても専門的に訓練されてもいない
イヌーを連れてダンジョンに潜る訳にはいかなかった。
急に吠えられでもしたら、それは自分たちにどれだけの危険を齎すか
わからなかった。
「あんた、おかしくなったの?」
「すまねぇ!!お前の頭を守れなかった!!」
「こんなことがあったんだし、疲れちゃうのは仕方ないよ・・・」
異形となり、それぞれの故郷を追われて冒険者になるしかなかった
者たちの毎日の寝床は馬小屋かもしくは野宿するかだった。
魔素は確かに高値で取引されてはいたが、ダンジョンの浅い階層で
得られるその量はたかが知れていた。日々の食い扶持や装備を整えるに
困ることはなかったが帰る家などは持っているわけがなかった。
皆の心配は尤もな話で、犬がミノタウルスを食い尽くしさえしなければ
その身体はその話を実現できるかもしれない程に高く売れたであろうが
それはもう無かった。食らいつくした犬に恨み言を言う気も勿論無かったが。
「まぁそうだな」
「そう、こんなことがあって」
「皆が動転するのも無理はないな」
「俺たちの眼の前にあるものが見えていないのか?」
「とりあえず、これからのことを話すのは帰って祝杯をあげてからだな」
そこには最初に犬が頭を齧り取った時に落ちたミノタウルスの
二つの巨大な角が転がっていた。
魔素は強い魔物の肉体ほど多く抽出できるものであり、その価値は
確かに高価なものではあったのだが、ミノタウルスの角はそれとは
比べ物にならないほどの富を冒険者たちに与えるのは明らかであった。
『ああ、おバカちゃんの方もようやく気づいてくれたみたいだね』
ダンジョンの入り口で前足を舐めながら猫は自らの方へ犬が急速に
近づく気配を感じてひとり言ちた。
『しかしまぁ、何とも頼もしくなったものじゃないのさ』
自らの元へ向かう犬のスピードは化け猫である猫すら驚かせるものであった。
数舜の後に猫は更に驚愕するのだが。
ようやく姿の見えた犬を見て猫は思わず素っ頓狂な声をあげた。
『いや、でっかっっ!!』
知ってか知らずか魔素を常に身体に駆け巡らせていた犬の身体は
犬は猫の記憶している犬とは比べ物にならない程に大きく、
もはやライオンなどの大型の肉食獣と比べた方が早いサイズになっていた。
家族との再会に犬は喜びを爆発させた。
しっぽを振り回しながら猫を中心に周囲を飛びまわって
走り周り、吠え散らかして猫を舐めまくった。
いつもならそんな興奮状態にある犬には鼻っ面に『おだまりっ』と
猫パンチ、もちろん爪は出していなかったが食らわせて
静かにさせていたが、今はそんな気は無かった。
次に犬が舐めに来たタイミングでひょいっと頭の上に飛び乗ると
愛しそうにフミフミしながら呟いた。
『ああ、あんた・・・』
『無事で本当によかったねぇ・・・』
犬ははしゃぐのをやめて心配させたことを詫びるかのように
頭の上にいる猫を見上げて「わんっ」と答えた。
『さて』
『次はおチビちゃんだ』
『いくよっ』
猫の言葉の意味を犬は理解していないだろうが
やるべきことはわかっていた。ご主人様に追いつくのだ。
犬は猫を頭に乗せ、少年の気配の方へ向けて走り出した。
読んでいただきました皆様に御礼申し上げます。
書き溜めておりました分はこれで最後です。
作者はサラリーマンですので、どうしても仕事を
優先せざるを得ない生活であることと、
読み返してみれば書きたかったシーンを
話を変えて2回書くという不思議現象がありましたので
定期に掲載するのではなく、ある程度話のキリが
付くところでまとめて話を掲載するスタイルで
行きたいと考えています。
そのため恐ろしく遅筆となってしまうかとは思いますが
物語の最後までお付き合い頂けますと幸いです。
作者の愛猫はもう高齢なれど元気に過ごしておりますが
昨年、愛犬がおよそ20年という人から見れば短すぎる生涯を閉じました。
ずっとペットロスに悩まされて私生活にも影響が出たりもしましたが
今はあの子の一挙一動を思い出し、小説を書くことで気が紛れています。
皆様は犬や猫など大事な家族がおられましたら後悔しません様に
ずっと最後まで一緒にいて可愛がってあげてください。