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11.【犬】と【冒険者】

「お願い、目をあけてっ!!」


一人の少女が泣き叫びながら目前に倒れた男にまるですがるように

必死に回復魔法をかけていた。

男はその悲痛な叫びにすら、反応が薄く苦し気にごぼごぼと

血の泡を口から吹くだけであった。その傍らにはすでに大きく拉げて

使い物にならなくなったであろう大盾が転がっていた。


その前方では魔物と戦う4人の男女がいた。

この魔物は名前はその容姿からとても想像しやすい。

立派な角をもった牛の頭に鍛え抜かれたその巨躯な身体。ミノタウルスだ。


フルプレートを着た男が先陣を切って激高したように

全く守りを考えていない大振りで大剣をミノタウルスに振り下ろした。

その大剣を持つ右腕だけは鎧をつけていない。

その恐ろしく異常に膨れ上がった右腕にはおそらく鎧が入らなかったのだろう。

彼はその肥大した右腕から繰り出される力に自信を持ってはいたが

ミノタウルスは難なく持った金棒でその大剣の攻撃を弾き飛ばし

そのまま体勢を崩した男に、といった場面で横から牽制が入った。

半分、獣のような顔立ちとなった女が横からまるで獲物を襲う豹のように

しなやかで鋭い動きでミノタウルスの腕にレイピアを突き刺した。

ミノタウルスはレイピアが腕に突き刺さったまま女に金棒を横なぎに

放ったが、すんでのところで女は躱すことができた。


「迂闊だぞ」

「あなたも・・・」


お互い、まるで軽口を叩きあうように言葉を交わすと

女は取り上げられたレイピアの代わりに腰に差していた

予備のレイピアを抜いた。


その間にも、額に大きな目が開いた少女が少しでも自分にミノタウルスの

注意を引き付けようと必死に火の玉の魔法を放ち続け、そんな少女に

ミノタウルスの注意をいかせぬようにとカモシカの様な脚を持つ短髪の女が

その脚に似合うスピードでミノタウルスの周りを走り回りながら

大きな声で口汚く罵っては矢を放っていた。

それらの攻撃はまるで彫刻を思わせるミノタウルスの硬い身体には効果が薄く、

意にも返さぬようだった。偶に煩わしそうにそれらを払うばかりだ。

そのうちに矢が尽きたのであろう。カモシカの脚を持つ女は弓から

短刀に武器を持ち替えた。状況は悪くなるばかりだ。


はじめにパーティーのタンク役が潰されたのが痛かった。

男は仲間たちを守るために必死でミノタウルスの攻撃を

持った大盾で防いでいたがその膂力は大盾を拉げさせ、それでも

攻撃を受け続けた男についにはミノタウルスの金棒が直撃した。


冒険者達はその異形の身体から差別を受け続けた。

その者たちは確かに人々の生活を支える魔素を持ち帰ったが

人ではなくなっていくその者たちに人々は冷たかった。

宿に泊まれば馬小屋を割り当てられ、飲食店などはぼったくりばかりだ。

辛い思いをしながら冒険者たちは共に手を取り合い、自らの命を預けあった。

冒険者のパーティーとは、異形となりもはや家族からも見捨てられた者たちが

血よりも濃いその絆で繋がって集ったものであった。

冒険者達はその仲間たちのためならば、自らの命を擲つ事も厭わなかった。

窮地に陥ればにここは任せて逃げろと互いに言い合い、折り合いがつかずに

誰も逃げずに全滅するというのがこの世界ではよくある冒険者パーティーの

終焉のひとつであった。


フルプレートの男は目の前で家族よりも大切な仲間が傷つけられて

冷静さを欠いた。男はよくある話の様にここは俺に任せて大盾の男を連れて

逃げろと言いたかったが、それもよくある話の様に言うだけ無駄ということも

解っていたので、自らが犠牲になっても仲間たちを逃がすためにミノタウルスに

無茶な挑み方をしたのだ。でもその後のパーティーの動きは皆が全員、

自分と同じ考えであると互いに理解させあった。

冒険者パーティーのその悲惨な終わり方はそのパーティーの誰もが

耳にはしてはいたが全員が今更になって成る程とその意味を痛感していた。

いずれは心身共に異形へと成り果てるのであろうが、ここで仲間を一人でも

見捨てることがあれば、その心はその異形よりも醜悪なものに成り下がるのだ。

異形となった自分たちに残されているものは、もはや仲間しかないのだ。

でもそれは本当にかけがえのない宝でそれは自分の命よりも大事なものなのだ。


仲間がここで死ぬくらいであれば自分がここで死んだ方が遥かにマシ。


ミノタウルスはその決意と覚悟を宿す冒険者たちの眼を何の感情もわかない眼で

一瞥すると金棒を構えなおし―――






次の瞬間にはその後ろからとんでもない速度で突っ込んできた

四つ足の獣にその頭を丸ごと齧り取られて絶命した。


冒険者たちは呆気にとられ、後方で大盾の男の治療を続ける

少女の泣きわめく声だけがその場に響いていた。



わぁ~ニンゲンだ~

と犬は思ったのかも知れない。獲物を狩ったばかりというのに

冒険者に気づくと犬は獲物を貪ることなく、その場でおすわりをすると

ゆっくりとしっぽを振りながらキラキラと輝く目で冒険者たちを見つめた。

その身体は犬の知るニンゲンでは無かったのかもしれないが

ニオイは間違いなく犬の知るニンゲンのそれであった。

ニンゲンの中にも少年以外に自分と遊んでくれる良いやつと

自分をいじめる悪いやつがいることは知っていた。

この久々に会うニンゲンはどっちなんだろう?


ミノタウルスを一撃で屠るその獣を前に恐怖心に支配されてはいたものの

額に目のある少女は勇気を振り絞ってその獣の注意を自分に引き付けるために

火の玉の魔法を何度も放った。

その場にいた誰の予想をも裏切り、獣の注意が少女に向くことは無く

その獣は自らに迫りくる火の玉の方に注意を沿いでしっぽを振って捕まえた。

終いには自分に当たるはずもない位置に放たれた魔法を

その俊敏なスピードで嬉々として追いかけては咥えていた。


犬は少年とよく遊んだボール遊びを思い出していた。

不思議なことにこの世界のボールは捕まえると消えて無くなってしまうが

それはいくつもあるものらしい。

すぐにボールが放たれなくなって犬は早くも遊びの時間は

終わりなのかとがっかりした。


冒険者たちは未知の獣にその注意を十分に払ってはいたが

大盾の男が冷たくなり始めたことを治療する少女から聞き

途端に思わず後方に意識が逸れてしまっていた。


その様を見た犬は後方に怪我をしているニンゲンがいることに気が付いた。

犬は注意が逸れていたとはいえ、冒険者たちの目には捕らえられない速度で

あっという間に大盾の男の前に立つとペロペロと舐めた。


「やめて!食べないで!!」


治療する少女は思わず叫ぶと命の消えかけた男よりも先に

自らの身体を獣に差し出そうとした。

他の冒険者たちも大慌てに獣に迫ろうとした。


が、気が付いたら目の前に見たこともない大きな獣がいて


「うわっ!」


と飛びのく大盾の男の姿に全員がまた呆気にとられた。


数舜の後に誰からともなく、歓喜の声がその場に上がった。

人は人を映す鏡というが犬という生物はそれ以上に曇りなき鏡であろう。

周りの人間が喜んでいれば自分もすごく嬉しくなって一緒に喜ぶし

周りの人間が悲しんでいれば自分もすごく悲しくなってその者に寄り添うのだ。

周囲のニンゲンの歓喜の声に犬も嬉しくなってしっぽを大きく振りながら

その場で飛び回って喜んだ。

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