10.【魔花】
植物だって生きている。
何を当たり前のことをと思われるかもしないが、
でも、偶にそのことを忘れていたりしないだろうか?
動物がかわいそうだから野菜を食べるといった話がその典型だ。
確かに植物は声をあげることもできないし、その場を動くこともできない。
でも植物だってその場所で必死に懸命に生きている。
主張できないものなら食べてOKというならば弱者はいくらでも
虐げてよいと言っているのと同じであろう。
大根や人参だって声があれば引き抜かれるときに「やめて」と
悲鳴をあげただろうし、レタスやキャベツだってその脚があれば
収穫前に逃げ出したはずだ。
この世界で魔素は無くてはならないものだった。
魔素は様々な魔道具を解してそのエネルギーを抽出され人々の生活を支えていた。
あるいは日々の健康や体の強壮のため、魔法を使うものであれば、
そのエネルギー源として魔素を自らの身体に取り込んでいた。
利用価値の高い貴重なものとして扱われていた魔素は特殊な瓶に
収められ高値で取引されていた。
魔素はダンジョンに存在する。
人々は危険を承知でダンジョンに入った。その人々らは冒険者と呼ばれた。
冒険者は魔物の倒してその身体を持ち帰った。持ち帰った魔物の身体から
魔素を抽出するのだ。得られた魔素は金に変わるか自らの身体やその武器の
強化に使われた。
ある時、冒険者の家業は転機を迎えた。
ダンジョンの近くによく生えていた青い花から魔素が
抽出できることがわかったのだ。
まるで瞳のような花柱を持つ青い花を人々は競争するように集めた。
比較的安全に収集できるそれは多くの人々の生活を潤わせ、
豊富に手に入る魔素はその生活様式を一変させた。
ランプ一つを灯すにせよ魔素から抽出されたエネルギーが使われ始めた。
また冒険者はダンジョンから稀に出没する魔物を狩るだけの
用心棒の様な扱いに変わっていった。
中には青い花の栽培を試みるものもあらわれたが
それはなかなかうまく育たなかった。
青い花はダンジョンから漏れ出ている微量な魔素を土から
栄養としているためだった。ダンジョン近くに栽培するには
用心棒代わりの多くの冒険者を雇わねばならず、青い花によって
暴落した魔素の価値ではとても採算が合わなかった。
青い花たちは自分の仲間たちが訳も分からず殺されてゆく様に
悲しみと怒りで心痛めていた。
青い花たちはただ土から養分を貰い、水を飲み、太陽の光を浴びながら
ただ穏やかに日々過ごしていただけだった。
誰にも、何者にも迷惑はかけていないのに何故こんなにも
酷い扱いを受けなくてはいけないのだろう?
優しさに溢れていた青い花たちは自衛の手段を持たなかった。
人々から逃げるように青い花たちは自らの種子を少しづつ
ダンジョンの中へ飛ばした。その子孫が自らと同じ目に合わないように。
その行為が子孫を太陽の元から遠ざけることになったとしても、それでも
ただ滅ぶのを待つわけにはいかなかった。
太陽の届かないダンジョンの中でも、その豊富な魔素は
青い花の子孫たちを生き永らえさせた。
その子孫たちは太陽の光を奪われた怒りで血が上ったように青かった花弁を
紫色に変え、太陽の光を奪われた悲しみの涙をこらえる様に瞳を充血させた。
その花の名を【魔花】といった。
魔花たちは自分たちから太陽の光を奪ったこの世界に
怨嗟の言葉を吐き続けた。やがてその言葉は呪いへと変わった。
その呪いはダンジョンの魔素と結びつき、その性質を変化させた。
やがて自生していた青い花が取りつくされたころ、また冒険者の時代が
やってくるかに思われた。そのころには人々の生活はより魔素に依存していたし、
魔素の価値はそのためかつてよりはるかに跳ね上がっていた。
一攫千金を夢見た者たちはこぞってダンジョンに乗り込み魔物と戦い始めた。
そのころからだろうか?
冒険者の身体に眼や口が増えたり、腕が脚がもう一本生えてきたり、
はたまたまるで獣の様に身体が変化したりといった異常なことが
起こり始めていた。
中には醜悪に変化していく自分自身に耐え切れなかったのか
正気を失い、人を襲うものまで現れ始めた。
それは人に限らず野生動物の中にも存在していた。
魔獣の誕生であった。
魔獣の誕生は青い花の発見よりも人々の生活を一変させた。
魔素はもはや生活には無くてはならないものになっていたが
それを利用すれば、その影響に個人差はあるもののいずれは身体が
醜悪に変化し、そして正気を失う。
魔素の収集を生業とする冒険者たちが一番その被害を被った。
何せその魔素で身体や武器を強化しなければ、そもそもダンジョンに
潜ることすらできないのだ。
そしてその魔素で鍛え上げられた力はいずれは人々に向けられるのだ。
だが人はまだそれでもマシだったのかもしれない。
野生動物たちは異形に変わったそれが我が子がいても
それとは知らずにせっせと餌を運び我が子を愛しんだ。
魔獣と化した子はある程度大きくなると一腹の兄弟姉妹達を巣の中で
ことごとく食らい尽くし、餌を持ってきてくれた親を餌ごと食らった。
青い花とは何のかかわりも持たなかった野生動物たちが一番の
被害者となり急速に動物たちの個体数を減らした。
やがてそれは飢饉に繋がった。
そのうち人々は独自のルールを定めた。
その身体が一定以上に変化してしまったものは有無を言わさず殺し
そしてその身体は魔素を抽出するための原料とするというものだ。
口減らしにもなるし、魔素は貴重で利用価値があるものだった。
そのルールは酷い差別意識を人々に生み出した。
変化した人はそれはもはや人ではなく魔獣なのだ。
もちろん冒険者たちや、伴侶やその子供が変化してしまったものは
それをよしとせず、人々同士の対立は深まっていった。
それが【女神】が覗き見た世界だった。