01.【少年】と【女神】
初投稿となります。
よろしくお願いいたします。
『どうしましょう・・・』
【女神】と呼ばれる存在は目前で悲しそうに
鼻を鳴らす存在を前にただただ途方にくれていた。
その容姿や声には神性が宿る。
わずかな奇跡と呼ばれる事象を起こすこともできる。
【女神】の概念、存在を認識しているものは
相対すれば畏怖し、その言葉に黙って
耳を傾けざるを得ない説得力があった。
全知全能・・・には実は程遠かったのだが人に
勧善懲悪を促すには十分な力があった。
この地球と呼ばれた世界の人々には【女神】の
存在に漠然とした概念があった。
自らの存在をこの世界に認識してから【女神】は
この世界がただ美しくありますようにと願いながら、
その力を行使していた。
本当に僅かな人を救える程度の力だったのだが、
それでも目に映った救うべきと信じたものに
こっそりと手を差し伸べ続けていた。
失敗だったと後悔したこともあった。
自分が救うべきは人の営みなのか、
自然の繁栄なのかもわからなかった。
そもそも【女神】のちっぽけな力では
世界はあまり変わらなかったし、
矛盾を前に救いたかったものを救うことはできなかった。
あの時の自分の判断や行動は本当に正しかったのか?
自問自答を繰り返し、無力感に際悩まされながら
そもそも自分という存在が何故この世界に
存在しているかの疑問を持ち続けていた。
ある日、唐突に【女神】は自分のいる世界とは
別の世界を認識した。
好奇心からだろうか?その世界を少し覗いてみると、
その世界は自らの世界よりも頭の片隅にも
想像したことすらないほど凄惨たるものだった。
筆舌にしがたい怒り、悲しみで胸が満ちた。
そしてそれより自らが無力であると思っていた世界が
比べれば少しはマシであったことに僅かな安堵感を
感じてしまった自分自身を猛烈に恥じ、
許すことができなくなった。
その世界を救うことこそが自らの存在理由であると信じた。
【女神】は自らの存在を全く認識していない
その世界では何の力も行使することができなかった。
ただ声をあげることすらできなかった。
そもそも【女神】は概念であり実体を持っていないのだ。
そのため自らを認識してくれている世界から
実体を持つものをその世界を救うための、
いわば刺客として送り込むことにした。
自らのちっぽけだけど精一杯の力をそのものに託して・・・
【女神】が刺客に選んだのは愛犬と散歩していた
平凡な少年だった。
波長が合うのだろうか?
自らの存在を強烈に認識してくれていた。
何より平凡であれど【女神】と同じように
ただ世界が美しくありますようにと
願える純粋な心を持っていた。
【女神】はその少年を自らの【部屋】に召喚し、
その世界を救いにいってはくれないかを訊ねた。
無理矢理にその世界に送るようなことなど
したくなかったのだ。
それがその少年にとって如何に危険なことであるかは
わかっていたし、何よりその行為はただの自分の
エゴであることもわかっていたのだ。
自らのエゴでこの世界の人を殺すかもしれない
覚悟と度胸を【女神】は持ち合わせてはいなかった。
「うん。。。少し怖いけどやってみるよ。。。」
「だって。。。」
「だって、その世界の人は困ってるんでしょ?」
「困っている人は助けなさいってママとパパが言ってた!」
少年は不安な顔を隠そうともせず言ってくれた。
「それに僕、【ヒーロー】になるんでしょ?」
最後にわずかに微笑みまで見せてくれた。
【女神】はそう言ってくれた少年に心から感謝した。
そしてその世界に送り出す前に、
その世界を救ってくれたあとはどんなことを、何をしたとしても
この世界に連れて帰ることを少年と約束した。
パパとママと、その家族に再び会わせると
少年と指切りまでしたのだ。
この約束だけは何が何でも守らなければならないと
自らの胸に刻み込んだ。
正直にいえば内心は自らの願いのための言わば
生贄となった少年を異なる世界に送り込んだ不安と後悔と、
そして期待でぐちゃぐちゃになっていた。
自らの持てる力はすべて託した。
とはいえ、所詮その力はこの世界では何も
成せていないのだ。
その場で思わず、訳も分からない想いを
叫び出しそうになっていた。
・・・のだが、その時、代わりに吠え叫ぶ存在が【部屋】に走りこんできた。
大好きな少年と散歩の帰り道だった。
いつもお決まりのコースでも風が運ぶニオイは
日々いつも変って好奇心を刺激したし、
何より大好きなご主人様と一緒なのだ。
その日は少年が何かに呼ばれたように普段とは
違う道を進もうとしていた。
家はこっちだよ?とでも言いたいようにリードを軽く
引っ張りながら振り返ってその主人を見上げた。
それでも少年は知らない道にどんどん進んでいった。
新しい景色はそれだけでも楽しかったのだが、
少年は珍しくにおい嗅ぎタイムを許さず進み続けた。
ふと気づくと不思議な建物がみえた。
入り口まで来ると唐突に現れた光に少年が包まれたいった。
ご主人様が何者かに食べられている思ったのか、
全力で吠えだした。
それでも、その光はその主人を離してくれなかった。
とっても怖かったのだろう。全身の毛が逆立ち
しっぽは丸まってしまっていたけれど、
ご主人様を離せと吠え続けた。
少年を完全に包み込むと光はゆっくりと消え始めた。
その消えゆく光の中、悲痛な叫びをあげている犬の名を呼ぶ
少年の声が聞こえた。
その声を聞いた恐怖で吠えることしかできなかったはずの
犬は弾かれるように走り出し光の中に飛び込んでいった。
光の中の道は長かった気もするし短かった気もした。
光の中で少年にすぐ会えると思っていた犬は何もない
光の道を前にひどく落ち込んだ。
少年のニオイを頼りに進んだけれど光以外は何もない道は
とても心細く、犬はしばしば立ち止まっては鼻を鳴らした。
ようやく光の道を抜け、たどり着いたのは不思議な部屋だった。
ニオイは少年が部屋にいることを教えてくれていた。
犬は大喜びで吠えながら部屋に向かって走りだしていた。
そこには知らないニンゲン一人しかいなかった。
『あら?あなたは・・・』
その優し気な声は悪いニンゲンではないと犬に認識させたが
ご主人がいないことに犬はひどく動揺し、部屋中のニオイを嗅ぎ始めた。
『ごめんなさい・・・』
【女神】は少年を違う世界に行かせてしまったことを
子供に話すように優しく、丁寧にじっくり
時間をかけて説明した。
自らの存在にかけて必ず連れて帰ることも・・・
ただ犬は言葉への理解が子供以下だった。
悲し気に少年を探しながら鼻を鳴らす存在を前に
【女神】は途方に暮れるしかなかった。