SFショートショート激情 わかってんのか珊瑚礁
「珊瑚礁は、サンゴという生物が群生し、そこに他の生物が連なり、共生することでできあがる生態系であり、集合だ」
「それ、死ぬと、なんか困るの?」
宿題は【地球温暖化】について。
そこから生態系のように連鎖的に繋がった“珊瑚礁”について、少年は身近で気軽な相手で済ませようとしていた。
関東の大学から電車で週末だけ帰ってきている兄、康一の言葉に、東北の小学生の弟、新隆は義務的に持たされたノートに何も書き記すことなく、興味もなさそうに尋ねた。
「連鎖的に珊瑚礁に住んでいない外部の魚も影響受ける」
「どんな?」
「海の中では酸素や海中を浮遊するプランクトンに代表される栄養素も有限のリソースだ。珊瑚礁で産みだされるそれらに依存する魚たちも激減、絶滅する種も出ている」
「俺、魚嫌いだし別に困らないかな」
言葉とは裏腹に、新隆の言葉に怯えじみた関心が、浮かんできていた。
「魚がいなくなれば、地上も連鎖的に影響を受ける。
海産物を元にして作られる、ダシや旨味調味料なんかもなくなり、更に他の食物の高騰、それに伴う経済闘争による関係悪化による物理的戦争。
更に海中生物が消費している太陽光の熱エネルギーもどうなるか分からない。
プランクトンが大量発生するだけで海面は赤くなる。赤潮なんて呼ばれているな。
赤潮が慢性化すれば海面の熱光率が変わり、海洋温度が上がれば気象条件も変動し、異常気象も起こるだろう。
この地球はひとつの集合体だ。全てが影響を受けるんだ」
「それを、人類がやってるんだよね」
「ああ。人類が発展のためにやっている環境破壊で人類が損をすることになる」
「――珊瑚礁は、そのこと、知ってるのかな」
「知るわけがない。関心もないだろ。仮に脳なんてあったとしてもな。
――自分たちが死んだあと、自分が見たこともない世界の異種族のことなんて――」
珊瑚礁を助けられるのは、いいや、違う。
珊瑚礁に守られ続けるために、人類は珊瑚礁と共生し続けなければならない。
新隆のふたつの瞳に灯が入った。
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「人間は、シュメール星域の地球という惑星に住む、一兆未満の数しかいない少数炭素系生物だ」
「それ、死ぬと、なんか困るの?」
宿題は【エーテルのミッシングマス化に伴う環境破壊】について。
そこから生態系のよう連鎖的に繋がった“人間”について、少年は身近で気軽な相手で済ませようとしていた。
ガントヴ衛星帯の大学から週末だけジョウントで帰ってきている兄、アダムクラフトの言葉に、トゥーフォグ星の小学生の弟、ラヴスキーは義務的にインストールされた脳内フォルダに何も書き記すことなく、興味もなさそうに尋ねた。
「連鎖的に地球に住んでいない外部の生物も影響受ける」
「どんな?」
「宇宙では人間が生み出す妄想も有限のリソースだ。精神波を物理的干渉力に置換できない人間の妄想は第七次元に蓄積され続けており、その量は弱念者にとっては死活問題だ」
「俺、サイキックはあんまり使わないし、別に困らないかな」
言葉とは裏腹に、ラヴスキーの言葉に怯えじみた関心が、浮かんできていた。
「弱念者が弱体化すれば、全宇宙が連鎖的に影響を受ける。
ヴォートル星域では弱念遊離体によって大気と夢極帯の調整を行っているが効率が落ち、大気調整がされない地域や、夢の中で精神錯乱する強念者たちの暴動が起こるだろう。
更に他の夢極帯調整用のムゥピィの高騰と乱獲のスパイラル、それに伴う経済闘争による関係悪化による念動戦争。
更に第七次元が蓄えている精神力が無くなれば、エーテル展性もどうなるか分からない。
エーテルの展性が下がれば光が伝達されず、宇宙全体のエントロピーが大幅に短縮され、時空に影響を及ぼし、時間そのものが変質するだろう。
時間短縮が慢性化すれば宇宙の法則が崩れかねない。
この宇宙はひとつの集合体だ。全てが影響を受けるんだ」
「それを、トーフォグがやってるんだよね」
「ああ。トーフォグが妄想を発展させるために人類にテレパシーを送って進化させすぎたせいで、トーフォグが滅ぼうとしている」
「――人類は、そのこと、知ってるのかな」
「知るわけがない。関心もないだろ。仮にテレパシーを解明したとしてもな。
――自分たちが死んだあと、自分が見たこともない世界の異種族のことなんて――」
人類を助けられるのは、いいや、違う。
人類にに守られ続けるために、トーフォグ星域人は人類と共生し続けなければならない。
ラヴスキーの七つの瞳に灯が入った。
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新隆は大学生になっていた。
今日も沖縄の“今は”美しい青い海に船を出し、ダイバースーツに身を包み、海珊瑚の調査をしていたが、結果は芳しくなかった。
戦い続けている人々を哄笑するように環境破壊は続いている。
なんとかしなければならない。
地球のためにではない。自分たちのために。自分の未来のために。自分がこれから出会う誰かのために、今の自分がなんとかしなければならないのだ。
船の上で数字と採取したデータを照らし合わせ、暗雲立ち込める中に光明を見出そうとしている。
明日も太陽は登り沈む。それをいつか出会う誰かが変わらず見るために、明日を作り出すために、その思いで見つめていた沈みゆく太陽に、何かの影が重なった。
「なん――」
空気を揺らすことなく、遠近法すらなく。
数百メートル先に豆粒のように見えていたそれは、一瞬の間に新隆の目の前、船上に大柄な人間ほどの影として現れていた。
黒くのっぺりとしたプラスチックのような異形。
腕のようなものが腰から、足のようなものが肩から生え、頭代わりに生えた尻尾が空間にわずかに振るって音にならない言語を紡ぐ。
――オ前DAナ?――
「は!?」
心臓の中で喋られて鼓動を通じて頭に届くような感覚。テレパシー。
新隆は返答すらできなかった。理解もできないのだ。
今起きている状況が。今、何が起ころうとしているのか。
――高ク売REルルルル、O前NOヨウな妄想スル人間――
「売る? 売られる? なんだ、なんなんだ、なんだんだ、なんなんだ!」
――そいつはショルゴス星の密猟者、あなたたち人類を進化させた神だよ――
凪いだ囁きのようなテレパシーと共に現れた彼は、音すらなく現れていた――彼というべきだろうか?
飴のように煌びやかな触手の髪、七つの瞳を持つ頭部は、女神を想起させる気高しい面持ちで、生物学的な性別を持たない彼は、彼女と呼ぶべきなのかもしれない。
皮膚というべきか服なのかもわからない水母のような質感のドレスから水銀のような光がしたたり落ちる。
――トゥーフォグ人!? BAカな! バKAな! DOUシテ……!――
――あなたたち密猟者を倒すため、でしょう?――
彼女の髪が海風にはためいた。
そして次の瞬間、彼女がショルゴス星人を分子消滅させたサイキック攻撃によるささやかな爆風に、更に彼女の髪は踊るのだった。
「キミは……あなたは、何者なんだ……!?」
「ため口でいいよ。僕たちは宇宙の仲間じゃないか、新隆」
テレパシーではなく聞こえた彼女の声は、音楽めいた躍動を持った言葉だった。
そして、彼女は続けるのだった。
「僕の名前はラヴスキー。この宇宙を救うため、この地球を救いに来たキミの同志だ……!」
沈む太陽をまたぐように、夜が迫る空を無数の黒く光る流れ星が走った。
滅びゆく人類を捕え、自分たちのエネルギーを確保しようとする密猟者たちが次元を超えて現れたことで大気と干渉した結果だ。
新隆とラヴスキー。この世界の未来を憂うふたりの戦いが、ここから始まるのだった。
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反応がないと虚空に向かって小説を投げつけているのかと脳が錯覚するので。
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