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(無理をしてると思われたのかしら?)


 シルヴェストの望み通りにしても大丈夫だと伝えたのに、なぜシルヴェストは喜ばなかったのか。

 不思議に思いつつ、エミリアは久しぶりになる両親との再会に臨んだ。


 両親は応接室で待っていた。

 二人は茶や黒の地味ながらも、仕立てはしっかりとした衣服を着ていた。

 借金についてもシルヴェストが完済してくれたこともあり、元のつぎはぎをした衣服を着なくともよくなったようだ。


 シルヴェストはエミリアが呪いを受けてまで結婚を継続させようとしたことで、とても後ろめたくなったらしく、「これが代償になるかはわからないが……」と言って、そうしてくれたのだ。

 もちろんエミリアは嬉しかったし、両親が新たに誰かに借金をすることもなくなったこと、領地の再建についてめどをたてられることもあってほっとしたけれど、シルヴェストに悪いことをしたような気になったものだ。

 なにせエミリアは、それほど髪のことを気にしていなかったからだ。


 一方の両親は、公爵家に訪問するのに暗い色の衣服を着ていたので、やや結婚について大喜びしている感じではないようだ。結果的に娘を犠牲にしてしまったと感じているからだろうか。

 両親はエミリアの姿を見てほっとした表情をする。シルヴェストの死神公爵という話を耳にしていたせいかもしれない、とエミリアは思った。


 二人はまず、シルヴェストのほうに礼をつくした挨拶をした。


「この度は私共の娘を選んでくださっただけでなく、我が家を救済していただいたこと、改めてお礼申し上げます」


「いや、妻になる人がつつがなく過ごせるためにしたことなので、気にしないでほしい」


 シルヴェストがそう応じ、手で促されたので向かい合わせになったソファに全員が座る。

 そこで、ものすごく気になっていたのだろうことを、エミリアの父が訪ねた。


「それで、その……娘の髪は一体?」


 あきらかにおかしいエミリアの髪色の変化。言及せずにはいられなかったのだろう。

 シルヴェストは、エミリアに顔を向ける。

 どうするのかを観察したいのだろう。


(公爵夫人になるのなら、人前でもそれらしい対応ができるようになるべきだし、そういうのも含めて試験をしたいんでしょう)


 賢い判断、もしくは多少なりと機転が利く答えが出せることが望ましいはず。もし試験に合格できても公爵夫人としての受け答えに不安があれば、教師をつけるのか、なるべく交流はしなくても良い状態にするのだと思う。


 ただし、ブロンのことは口に出せないし、かかわりそうなことは質問された直後は声に出しにくい。

 そしてエミリアは、あらかじめ考えていた方法をとることにした。

 恥ずかしそうなふりをして、エミリアは口を開く。


「私、ロンザと結婚することになった時、一度だけ近くの貴族のパーティーに出席したでしょう? しかもロンザと同席で」


「え、ええ」


 母親が戸惑った声を出す。今どうしてあの時のことが関係あるのだろう? と思ったのだろう。

 でもこれは必要なのだ。


(なるべく別の話だ、と認識できる会話にしなくては)


 呪いは、そもそもエミリアの心に影響するものだ。だから別の話に一度変えることができれば、遠回しであれば言葉が出る。


「すぐに帰ってしまいましたけれど、商人に身売りしたはずの娘と、同一人物だと思われるのが嫌で……」


 色を変えた、とは言わない。

 そこは察してもらおう。

 父親が心底申し訳なさそうな表情をする。そこまで前の結婚話のことを嫌がっていたのかということと、それを娘に頼むしかなかったことを悔やんでいるんだと思う。

 悲しませたいわけではないのだけど、今のエミリアにはこんな風に話を変えることしか思いつかないので、許してほしい。


「でも、公爵家に迎えていただいたのなら、他の貴族との交流もあるのでしょう? まったく誰とも会わないわけにはいかないと思うのだけど」


 母親の質問に、よくぞ聞いてくれました、と思う。


「ええ。でも、もし私のことを覚えている人が後で現れたとしても、ロンザが貴族の妻にコンプレックスを持っていたせいで、みすぼらしく見える色にされていたんだ、と話すことにします。そうしたら、そこから私を救い出してくださった公爵閣下への評価が上がりますし、私が幸せな結婚をしたのだと思ってくれるかと考えたんです」


 幸せな結婚をしたのだと思えれば、シルヴェストが結婚相手が見つからずに不幸な娘に婚姻を持ち掛けた、なんて悪い噂も出ないだろう。

 以前の死神公爵の話が広まっているままでは、そうなりかねないし、エミリアの髪の色のことが先に広まれば、拍車をかけることになってしまう。

 せっかく救ってもらったのに、エミリアのせいでさらに評判を落とさせたくはない。


 これだけのことを一気に話したものの、つっかえたり口が動かなくなることはなかった。以前、貴族の家に訪問した時の話、と考えつつ口に出したからだろう。

 ほっとしつつ話し終えると、両親も納得してくれたようだ。


「そうね。先に良い印象が広まったうえであれば、公爵閣下が私たちにとっての救い主だとわかってもらいやすいかもしれないわ」


 母親は同意してくれる。

 うんうんとうなずいた父親も、それで髪色については話が終わったと考えたようで、他の心配事へ話題を変えた。


「それにしても……娘はお役に立てているでしょうか。何分、苦しい台所事情のため、私どもと一緒に土に触れる生活をしておりましたので、立派なお家の夫人としてやっていけているかどうか……」


 気をもんでいる父親に、シルヴェストは言う。


「彼女はしっかりとした人ですよ。一緒に暮らし始めてからも、彼女の芯の強さや落ち着いた考えなどに、今更ながら驚かされているばかりです。家政については臣下がおりますので、特に不安に思うことなどはありません」


(そもそも、試験が終わるまでは正式な妻ではないから、教えられないものね)


 まだエミリアは『お客様』なのだ。

 問題なく試験を終えれば、これから家政のことも把握しなければならないけど。


 試験の話までは両親にはできないので、シルヴェストの隣でにこりと微笑む。

 それに、エミリアがきちんと管理をできなかったとしても、それでも問題はないのだ。


(究極的には、私は公爵家の秘密を守って、後継者のことを考えるのが一番の役目だから……)


 そこまで考えて、ふっとシルヴェストの顔から眼をそらす。


(今日、試験を無事に終えたら、本当にこの人の妻になるんだと思ったら、なんだか恥ずかしいわ)


 抱きしめられたりするんだろうか。するんだろうなと思うと、想像するだけでもじもじとしてしまう。

 ふっと前を見ると、そんな私を両親は微笑ましそうに見ていた。


「本当に、良い方と巡り合えたわね」


 最後にそう言った母親は、心底安心した表情になったのだった。

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