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そうして私は、一週間の試験期間に入ったのだった。
「まぁ奥様! 急に髪の色が……。え、奥様ですよね?」
部屋に戻った時には、そんな風にメイドたちに驚かれた。
エミリアはにこりと微笑んでごまかした。
今、(事情があって)と言おうとしたが、それもできなかったからだ。
それ以後、言いにくいことがあるんだろうと遠慮する使用人と、その後も髪の色に言及する使用人に分かれた。
メイドや使用人たちは、事情を知っている者も知らない者もいるようだ。
事情を知るのは、メイド長や執事だけらしい。
秘密を守るのには、その程度の人数になってしまうのは仕方ない。そして彼らは代々この公爵家に努めている家の出身だそうで、秘密を知っているのも当然だった。
彼らが髪の色や、シルヴェストが離婚した件、以前結婚した令嬢たちのことについて話を向けてきては、他のメイドなどに無邪気に尋ねられ、エミリアが返事に窮するということが繰り返される。
初日はやや大変だった。
でも少し間をおいてからだと、事実とかけ離れた嘘をつくのは問題ないことがわかったのだ。
それからは、エミリアはブロンのことなど全く関係ない話にしてしまうことで、言い訳が効くようになっていた。
なぜ評判の悪いシルヴェストと結婚したのかという問いには……。
「公爵様に一目ぼれして……。こんなことすぐ口に出せなくて、答えられなかったのよ。恥ずかしいので内緒にしてね」とごまかす。
髪の色が変わった件については……。
「情けないことなんだけど、実家を脅していた商人と結婚させられそうになって。できればすぐにわからない髪色にしていたのだけど、結婚したから色を落としたの。そんな外聞の悪い話を説明しにくくて。つい黙ってしまっていたのよ」
と、今の髪の色が本当の色だったことにした。
後からこっそり話したそれを、聞いたメイドや使用人が他の人に伝え、問題の一週間が過ぎるころには、おおよその使用人がエミリアの理由を把握し、あまり尋ねなくなっていた。
最後まで質問を続けていた者たちが残る中、一番の山だったのは、両親が訪ねてきたときだった。
いや、シルヴェスト達が『試験』のためにわざと呼んだのだ。
両親が来ることは、前日にわかった。
夕食後、談話室へ移ってから人払いをしたうえで、シルヴェストに通知されたのだ。
「明日で一週間。これが最後の試験になる」
そう言いつつも、シルヴェストはエミリアの髪を見て、ややしゅんとした雰囲気になる。
髪の色が変わったあの日から、ずっとそうだ。
(……そんなに気にしなくてもいいのだけど)
一番、髪について申し訳なく思っているのが、シルヴェストらしい。
むしろ口に出したり書けない方が、自分にとっても安全なのだし。秘密を守れなくなるより、それほど気に入っていたわけではない髪色が変わるぐらい、なんてことはない。
そのことは話しておかなければ、とエミリアは思う。
「公爵閣下。この一週間、お疲れ様でした」
「……なぜ君がねぎらう?」
「私のことを気にしていらっしゃっていたので……。でも私、本当に気にしていないのです。むしろいい感じになったなと思っていて」
髪、と言わなければある程度は口に出せるので、遠回しに髪について気にしなくていいと伝えてみる。
するとシルヴェストは深刻そうな表情で言った。
「……あの話を受けたら、姿が変化はするとは聞いていたんだ。だが、私自身はそうなった人物を見たことがなかったから、少し驚いたのは確かだし、自分がそうなったらと思うと……。特に女性は大事にするものだと聞くので、つらいだろうと考えていたんだ」
「想像力が豊かでいらっしゃるんですね。だから、もう後がない私の提案を飲んでくださったのだと思っております」
優しい人だ、と改めて思う。
わがことのように思えるからこそ、すぐに私がつらいのだと理解してくれたのだと思う。そうでなければ、いくら結婚相手が必要で、彼自身もあまり選択肢が無くなっている中であっても、見知らぬ女との結婚を即決しないだろう。
たぶんシルヴェストは、すぐ離婚することにはなるだろうけれど、一時的にでもかばってやれば逃げることはできるだろうと、手を差し伸べてくれたのだ。
「そんな風に思ってくださる優しい方と、今後も巡り合えるとは思えません。だから私も、この結婚を継続したいと思っておりますし、そのために何か変化が起こることがあっても、必要な措置だと思いますので、あまり気に病まないでください」
もう一つ付け加える。
「もし、私が無意識に約束をやぶるようなことになった時は、記憶を失ってしまっても、問題ありませんので。私、本当にあの極悪商人との結婚がなくなっただけで、とても感謝しているんです。それだけで幸せですから」
万が一、両親と会った後でヘマをしても恨んだりしない。
そう伝えたというのに……なぜかシルヴェストは渋い表情になったのだった。