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 魔物というのは、はるか昔に大地の支配権を人間と争っていた存在だ。


 やがて人間の中に英雄たちが現れ、各地で戦った。

 その結果、魔物たちは寒暖差に強かったので北の山脈の向こうへ移り、不可侵条約を人間と結ぶことで平和を得ることになる。


 ただ百年以上が過ぎた頃には少しずつ魔物たちは減り、さらに遠い島へ移ったりと山脈の向こうからも消えていった。

 今ではほとんどいないと言われている。


「魔物の、生き残り……ですか?」


 ブロン殿が魔物なら、そういうことになるはずだ。

 尋ねると、横にいたシルヴェストが説明してくれる。


「魔物の土地から王族の要請で移っていただいた。その後は過ごしやすいのが森や地下だということで、地下にブロン殿の住まいを作ったのだが……。そこを守る者が必要だった。公爵家はその役目についている代わりに、この王国で数々の特権を持っている」


 その話で、ようやくエミリアは納得した。

 魔物をかくまっているのなら、確かに秘密を洩らされたら困るはずだ。


「特にブロン殿は、賢者と呼ばれている。森羅万象に対する知恵をお持ちで、我が公爵家も王国も、何度も危機を乗り越えた」


 だから結婚相手に試験まで課しているのだ。

 そうしてシルヴェストが言う。


「さて、これから試験を行うが、二通りの道がある。半年間、事情を知る者たちによって秘密を口にしてしまいかねない誘導をされながら、暮らしてみせること。もしくは一週間で済むが、呪いを受ける方法だ」


「え、一週間でいい方法があるんですか?」


 忍耐力を試験するのには短い。それぐらいなら、耐えられる令嬢だっていただろうし楽だったはずだ。でもそれを選ばなかったのはどうしてだろう。


 内心でエミリアが首をかしげていると、ブロンがくくっと笑う。アライグマの姿なので、悪役みたいに笑っても可愛く見える。


「代わりにその呪いで髪色が変わるのだよ、人間の娘」


「それぐらいなら……まぁ」


 と思ったが、ブロンはなぜそれが問題になるのかを話してくれる。


「髪色が変わるのは、それほど軽いものではないぞ。なにせ、今までとはがらりと変わってしまうからな」


「そんなに……ですか?」


「濃い色の髪の人間が白髪に変わったり、金色の髪だった人間が黒くなったこともあったか」


 様変わり、といっていい変化だ。

 自分の茶色の髪はどんな色になるんだろう、とふと思う。


「今までかかわった人間に驚かれたり、髪色が変わったことをあれこれ詮索されれば、家族にだけでも事情を話してしまいそうになるだろう? それに私は意地が悪いからな。髪色が変わったことについても、誰にも伝えられないようにする」


「それは難しいですね……」


 説明ができないと、かなり憶測を呼ぶことになるだろう。言えずにいれば、人は色んな反応をする。

 自分には言えないのかと、エミリアに距離を感じてしまう者。人の関係は、悪いタイミングが重なるとささいなことでも壊れてしまう。このことで孤立する原因を作る可能性だってある。


 それに公爵家で髪を染めろと強要されたと勘違いする者。そこから公爵との仲が悪いと考える者も出るはずだ。

 公爵との仲が悪ければ、やはり死神公爵だから……と公爵家の評判が悪化したり、エミリアの実家が貧乏だからだろうと、エミリアをさげすむ理由にする人間だって出てくる。

 説明できなければ、誤解も解けないのだから、どんな結果を生み出すかわかったものではない。


「代わりに、この呪いを受ければ、私に関しては話そうとしても言葉が出なくなり、紙にも書けなくなる」


 自分の存在を明かされたくないブロンにも、王家や公爵家にとっても、こんなに安全な呪いはないだろう。

 それでも一週間様子を見るのは……。


(事情を知る使用人を使って、人間性を見るため?)


 なんらかの方法で、情報を外に伝えようとする人はいるはずだ。お金に釣られたり、家族の情に負けたり、色々考えられる。


 さてどちらがいいだろう。

 考えていると、シルヴェストが言った。


「怖いならやめてもいい。過去には、この呪いを受けたはいいものの、外の人間と会うのが嫌になってひきこもった人間も多いと聞いている」


(……この人は、私を心配してくれているのかしら)


 ただ妻が欲しいだけなら、引きこもっていても問題ないはずだ。

 むしろすぐにでも、言ったり書いたりして秘密を漏らすことのない妻が必要だろうに。


(でも、それならいいかもしれない)


 心配してくれる人なら、そうしていい気がした。何か困ったことがあっても、話せば配慮してくれるかもしれない。

 だからエミリアは言った。


「手っ取り早く、呪いつきのほうでお願いします」


「ほぅ、いいのか?」


 確認されて、エミリアはうなずいた。


「……こんなに即決した人間は珍しいな。恐ろしくはないのか?」


「はい。貧乏でずっと田舎に引っ込んで暮らしていたので、私を知っている貴族令嬢はほとんどいません。髪の色が変わっても、弁解する必要がありそうなのは両親ぐらいです。それに、自分でもうっかり言ってしまうのが一番怖いですから。恩を返したいのに、秘密を明かして仇となるのは嫌なので」


 エミリアの理由に、ブロンはニヤッと笑う。


「よし。そこまで言うのならいいだろう」


 そうしてブロンが、ふわふわとした毛の生えた手の指を鳴らした。


 パチン。


 エミリアの周囲が、暖かい空気に包まれる。

 それがすぅっと手や口へ吸い込まれるような錯覚を感じた後、ふいになくなる。


「どうだ。私のことをしゃべってみろ」


 ブロンに言われて、エミリアは言おうとする。


「ブロン様は……」


 魔物です、と言おうとして声が出なくなる。


「これが、魔法ですか」


「そうだ。髪の色も見事に変わったな」


 いわれて髪を一筋手繰り寄せてみれば、ピンクブロンドと言っていい色になった髪が見えた。

 確かにすごく変わってしまった。少しだけ、目立つ色のような気がして、それだけが少し不安だ。目立つのは好きではないから。


 そしてシルヴェストが、ものすごく目を見開いていた。こんなに変わるとは思わなかったのかもしれない。

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