3
公爵家の館の中を、シルヴェストの先導で進む。
メイドや執事がついてくることはないようだ。
(確実に、秘密にしたいのね)
決して漏れないようにするため、信用できる者にも話だけで相手の姿を見せないようにしておいているのかもしれない。そうしたら、たとえ外部に話が漏れても、誰か人をかくまっているだけだと言い訳もできる。
とある部屋に入ったシルヴェストは、その部屋にある扉の鍵を開けた。
隠された扉にしては、がっちりとした作りの大きな両開きの扉だ。
すると地下に続く階段が現れる。
エミリアはふと、疑問を覚えた。
(その人は、ずっと地下にこもっているのかしら?)
どれくらいの間、そんなふうにしているんだろう。
(突然かくまう話が発生して、それでシルヴェスト様は結婚相手を厳選しなければならなくなったのかしら? でもさっきの説明だと、もうずっと長いこと公爵家でかくまっているような感じだったし……)
さらにおかしいのは、この地下だ。
二階分ぐらいをゆっくりと降りていく。
白灰色の階段は、もともと地下に部屋を作るつもりでなければ、作れない場所にある。
さらにはその先にある扉を開けてみると、そこには薄暗い石壁の廊下だった。
「魔法の明かり?」
火が見えない。だから噂に聞く明かりを灯せる魔法があるのだろうか。
光源もよくわからなかった。
明るいおかげで廊下の壁に沿うように、立派な白石の柱がいくつも林立しているのがわかる。
まるで神殿のよう、とエミリアは感じた。
廊下の両端は行き止まりになっていて、一つだけ扉がある。
この扉も両開きの立派な木の扉だった。
(公爵家は、こんな地下室を最初から作ってどうするつもりだったのかしら?)
普通、地下といえば食物等を貯蔵するためとか、罪人を入れる牢を作るために使うのだけど、この地下の様子からすると、どちらの用途としてもちょっと違う気がしていた。
貯蔵庫に、白石の柱は必要だろうか?
地上の館を支えるために必要だとしたら、柱があるのはわかるのだが。
さらに驚くことに、地下の扉を開いた向こうは……まさに神殿といった造りだったのだ。
中央に広く道をつくるように空間があり、隔てるのは神殿のような何本もの柱。
奥側に、なぜか山盛りのリンゴと厚いえんじ色の布が垂れ下がる天蓋があった。
「ここは……」
「彼をかくまっている場所だ。この地下の存在を隠すために、公爵家の館が上に作られた。それなりの広さが必要だったから、館の建築場所は郊外にならざるをえなかったわけだが……。ああ、来た」
「え」
来たと言われて見れば、奥の天蓋で何かがのそりと動く。
一瞬、エミリアは逃げかけた。
でもシルヴェストが平然としているので、おそらくは問題のない存在なのだと思う。けど、明らかに影だけで、自分よりも何倍も大きいのだ。そんな生物がいたら逃げ出したくなってもおかしくない。
でも、シルヴェストには恩がある。
彼が次の結婚相手に悩むことになれば、それはエミリアのせいでもあるのだ。
もしかしたら、逃げてしまったあの花嫁になるべきだった女性が、連れ戻された後でこの試練を受け、無事に婚姻関係を継続できたかもしれない。
そんな可能性を閉ざしてしまったのは、エミリアなのだから。
(責任をとるのよ!)
踏みとどまり、何が出てくるのかじっと待つ。
黒い影と見えたのは、黒いマントを羽織っているからのようだ。
のそり、起き上がった頭はふさふさの毛で覆われ、ピンと立った三角耳が見える。
そして立ち上がったその姿は……。
「おおきな、アライグマ?」
しかもマントを羽織っている。首には金色の首飾りをしていて、まるで王様のようだけど。
「え……かわいい」
でもこんなに巨大なアライグマ、見たことない。
大きさはちょっと怖いけど、遠目で見る分にはそれほど問題はなさそう。まるで絵本の中に入り込んでしまったような感覚だ。
「でも怖くはないわ。むしろ、かわいすぎて思わずほかの人に話したくなってしまいそうな……」
「それだ」
隣にいたシルヴェストが指摘した
「あの姿かたちを見ると、他人にしゃべりたくなり、そして記憶をゆがめてなかったことにした後も、無意識に似た獣を飼いたがる。仕方なく、この試験に失敗した場合は、離婚後に実家の領地の端でしばらく静養してもらい、その状態が落ち着くのを待ってもらうしかないのだ」
時間が経てば、いくらかアライグマを飼いたい欲求は晴れるらしい。
「まさか死んだというのは……外へ出られないほど、執着してしまった? とか」
「結婚相手のほとんどが、私との結婚に踏み切るしかなかった相手だ。適齢期から外れたり、外れかかっている年齢の者が、さらに秘密を守るために精神が落ち着くのを待てば……完全な行き遅れだ。それを恥じた相手方が、病死したことにしてくれと言い、領地でひっそりと暮らさせたり、臣下に嫁がせたりしていると聞いている」
死んではいなかったようだ。
「それにしても、なんという罠……」
いっそ恐ろしければ、『彼』に殺されるかもしれないと口を閉ざす人も多いはずだ。でも、このマントを羽織った童話的なアライグマでは、ふとしたときに口走ってしまいそうで恐ろしい。
たとえばぬいぐるみを見た時に、マントを身につけさせてみたいとか。
それを人に「可愛いですね」とほめられたり、「どうしてマントを?」と聞かれた時に、うっかり「マントを着たアライグマ」のことを口を滑らせてしまうかもしれないのだ。
(これは徹底的に、アライグマについて話を避けなければ!)
なぜシルヴェストが今まで十八回も結婚に失敗したのかはわかった。だが、どうしてこのアライグマをかくまっているのか?
疑問が心に浮かんだ時、アライグマのほうがこちらに近づきつつ問いかけてきた。
「シルヴェスト、新しい花嫁候補かな?」
「そうです。ブロン殿」
「え、アライグマがしゃべった……って、え?」
動物はしゃべったりしない。
混乱する私に、そのアライグマがのっそりとさらに接近し、十数歩ほどの場所へやってきた。
「まぁ、見たことはないだろうな。自己紹介しよう。私はブロン。もう800年ほどは存在しているだろう、人間のいう魔物だ」
「ま、魔物!?」