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 夢なんじゃないか、とエミリアは思った。


 神殿にて結婚宣誓を終え、すぐに「花嫁が逃げたかもしれない!」と騒ぐロンザを公爵閣下が黙らせたうえ、両親にも閣下の配下の人たちが説明をしてくれた。

 ロンザは悔し気に引き下がるしかなく、私からロンザの計画を聞いた両親は、公爵閣下に平伏し、私の話を受け入れてくれたのだった。


 また、公爵閣下は、結婚相手だった令嬢の家族が平謝りするのを鷹揚に許した。彼らも死神公爵と娘の結婚は苦肉の策だったのか、ほっとした表情であっさりと引き下がったのだ。


 その後、私を連れて公爵家の館へ。

 結婚十九回目ともなればパーティーをする気にもならなかったのか、公爵家の館は静まり返り、十数人の使用人たちが粛々と出迎えてくれただけだった。


 エミリアはただ衣装を脱ぎ、代わりの服をもらって着たところで気力が尽きて、そのまま寝入ってしまった。


 そして朝……。

 自分でも昨日の出来事が本当にあったのか信じられず、頬を引っ張る。


 痛いのかどうかもちょっとよくわからない。だからやっぱり白昼夢かもしれない。

 でも寝台は天蓋付きの豪華なもので、上掛けもカバーも一流の職人が作ったのだろう柔らかな毛布や織の美しい品。

 こんなものは自宅にはない。

 それどころか、部屋はどこかの王宮かと思うような豪華さだ。


(金箔が壁の装飾に使われている部屋とか、初めて見たわ)


「そもそも広いんだわ」


 実家の部屋が三つは入りそうな、公爵夫人の部屋。

 公爵家の館の敷地がやたらと広いので、それから考えると適正なのかもしれないけど……。


「パーティーのお仕度ですとか、貴族のご婦人ならお部屋は広いほうが何かと便利でございますよ」


 そう言うのは、ぴしりとした深い青のお仕着せに、糊のきいた真っ白なエプロンをしたメイドだ。

 母親ほどの年齢の女性で、落ち着いて所作もきれいだ。さすがは公爵家のメイドだと感心する。

 そしてメイドのいう通り、公爵家の敷地は広い。王都郊外にあるせいなのか、王宮並みなのではという敷地に広い庭と公爵家の館、小さな林まであるのだ。


「奥様、こちらをお飲み下さい」


 メイドから渡されたのは、ランシール産の高級茶葉を使ったミルクティーだ。


「近頃は、これを起きてすぐ飲むのが貴族の間に広まっている習慣なのだそうですよ。お目覚めにもよろしいそうですので、ぜひ奥方様も」


 エミリアは素直にそれを受け入れた。

 実際に飲んでみると渋くもなく甘い香りと相まって本当に美味しかったし、じわりと水分が体に染み込んでいく感覚も心地いい。


「洗顔のご用意ができております。お着替えが済みましたら、朝食の準備ができておりますのでご案内致します」


 他にも三人ほどのメイドが立ち働き、朝の支度が整えられていく。

 立ち上がり、鏡台の前に座るだけの動作の間に、ドレスが着付けられ、髪もとかされた。

 用意されたドレスは【本来の花嫁】のために用意されていたものらしい。

 それを急遽直したことを謝られたが、今まで着たことのない艶やかな手触りの布で作られていて、袖を通すだけで心が浮き立った。


 多少胸のあたりなどがゆるかったりするものの、メイドたちはそこにシフォンの柔らかな布を詰めてごまかしてくれた。

 鏡に映った碧のドレス姿の自分を確認し、エミリアはメイドに付き添われて食堂へ移動した。


「おはようエミリア」


 既に着席していた公爵閣下に、エミリアも応じた。


「おはようございます……シルヴェスト様」


 一礼してから着席したエミリアに、公爵閣下――シルヴェストがうなずく。


 そして始まる食事。

 お菓子のように甘い、卵と牛乳に砂糖を加えて焼いたトースト。

 美しい紅色のお茶。


 暖かい状態で提供された温野菜は彩りも美しい。

 加えて、旬の果物を飾ったババロアに添えられているのは食べられる花々。

 美しい芸術品のようなデザートは、崩すのももったいなかったが、どんな味がするのか知りたいがあまりに一匙口に運んだら、もう止まらない。


 すっかり食べ終えた頃を見計らったように、シルヴェストが口火を切った。


「さて、昨日はあわただしかったので、伝えられなかったことを今から話そう」


 エミリアは居住まいを正して背筋を伸ばした。

 いよいよ、死んでもかまわないとまで言ったこの結婚について、何か重大な話をされるらしい。


(何かしら……毒見役をしろとか、そういうこと?)


 死神公爵とあだ名されていても、離婚や死亡したとされる女性たちが、なぜそうしたのかは広まっていない。

 なので巷では公爵閣下が毒見役に妻を使うので亡くなったのだとか、実は表に出ているのは影武者で、ひどい容姿の本当の公爵閣下とあった妻たちが恐怖し、逃げ出したのだとか、いろいろとうわさされていたのだ。


 どんな要求や真実を明かすのかとドキドキしていると、シルヴェストは言った。


「君には、ある者と会ってもらい、彼の信用を得てもらいたい」


「信用を……?」


 シルヴェストはうなずいた。


「彼は我が公爵家にとって重要なんだ。王家も重用しているのだが、表に出るわけにはいかない身。彼の存在について一つでも漏らすことがあってはならない」


 ここまで聞いて、エミリアは察した。


「まさか、今まで離婚をなさったのは……」


「彼の秘密を守れなさそうだったからだ」


「え、面会前にですか?」


 シルヴェストや公爵家の人間が秘密の厳守ができなさそうだとはいえ、すぐに離婚したとする。でもそんなのは事前に調べられなかったのだろうか?


「面会後だな」


「え……」


 エミリアは血の気が引いた。

 面会後に離婚。ただそれだけならいい。でも存在についての秘密を漏らしてもいけないとしたら。


(まさか離婚という体で、みんな殺してしまったとか?)


 シルヴェストは何人も死別しているとも聞いている。はじっこ貴族のエミリアは、噂だろうと思ったし、毒見役とか公爵の危機をかばってのことだと考えていたのだ。

 けれど秘密を守るため、死神公爵の異名がぴったりな所業をしているとしたら?


「死にはしない」


 こちらの考えを読み取ったかのように、シルヴェストが言う。


「その指輪を外した瞬間、指輪をつけている間の記憶を失うのだ。後は家に帰ってもらうだけになる」


「指輪っ?」


 左手の薬指につけたままになっていた、銀の指輪を見る。

 公爵家の花嫁に与える結婚指輪にしては簡素だなと思っていたけれど、まさかそんな理由で渡される指輪だったとは。


 結婚の宣誓をした後は決して外さないようにと言われていたけれど、そんな理由があってのことだったらしい。

 とすると、今から何かを聞いても大丈夫だろう。指輪を外すことになれば、すぐに忘れてしまうのだから。


「これは、魔法なんですか?」


 エミリアはずばり聞いてみた。

 魔法ははるか昔にほとんどなくなっていた。

 痕跡を残すように、光を発したり、傷を少しいやす聖遺物があったり、人の血を吸うと持ち主を狂気と引き換えに強化する剣は実在している。


 が、エミリアのようなはじっこ貴族や平民は、そうそう触れられるようなものではない。

 エミリアは珍しさからしげしげと指輪を眺めてしまう。


「途中で勝手に外すと、この試みは中止。そして彼について記憶していないかを確認したうえ、場合によってはもっと良くない記憶を奪う手段を使うことになる」


「え、まさか本当の殺……」


「他の記憶をゆがめる魔法の品を使う。短期間の記憶はそれでなくなるが、記憶のゆがみを自身でも感じてしまい、精神が不安定になる者も多いようだ。そのため、離婚した後で実家の貴族家によって亡くなったことにして、領地でひっそりと暮らさせることも多いようだな」


「あ、死なないんですね」


 ちょっとほっとした。

 死んでもかまわないとは言ったし、領地民と両親の安全は確保できたので、必要なら惜しむつもりはない。

 でもやっぱり、死ぬのは怖いのだ。せめて痛かったり怖かったりすることもなく……なんて考えてしまう。


 シルヴェストは、そこについて追及してこなかった。

 誰でも死を怖がるだろうからと、追及するのはやめてくれたんだろう。


「さて、試みに挑戦してもらうわけだが、我々としても、これ以上結婚相手を探さずに済むに越したことはない」


 シルヴェストの言葉にうなずく。


(さすがに十九回も失敗して、恐ろしいうわさが立ったら、もう結婚相手はいなくなるものね……)


 なんとしてでも結婚したい。シルヴェストの表情に、そんな焦りがにじんでいる。


(公爵閣下も大変なんだな)


 どんなにお金があって借金で苦労しなくても、結婚で苦労するのか。

 家を救ってくれた彼に恩を返せるとしたら、結婚が継続できるようにすることかもしれない。

 でも、どんな秘密なのだろう?


 そんなエミリアは、朝食後にさっそく秘密とやらを教えられることになった。

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