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念仏者懼れ震えるの事

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

 さすがに源教もぞっとしたが、心を落ち着けて「よくぞおいでなされた」と声を掛けた。

 しかし女は答えなかった。

 昨夜と変わらず、あいもかわらず濡れそぼったままの女体に、ずっしりと黒蛇のように髪が絡みついているさまは、いかにも重たげである。雪の降る中を来たようにも見えない。


「無言の行でもなされておいでか。――御奇特な」


 脅かされた恨みもあって、源教は一瞬()っと腹を立てた。

 されど、向かい合う仏壇の下で、余人がのぞき見しているとも知らぬげに頭を垂れたままのその姿に、だんだんと溜飲は下がっていった。

 ひたすらに救いを求めてすがってきたのだと思えば。哀れなものではないか、童に握られた雀が暴れる様にも似て。

 そう腹をなだめた源教は、じわじわと身ぬちに湧く優越感に口を歪ませた。


「では――笛を」


 幽霊は無言で仏壇に一礼すると、新薦に座したまま、笛に唇をあてた。


 蕭蕭と笛の音が草庵を満たせば。

 不思議な旋律は、雪のごとく天から降るとも思われた。


 笛の音に七兵衛は、はっと目覚めた。

 節穴ににじり寄れば、真正面にぼうと青く白鷺のように座した女の姿があるではないか。

 七兵衛は息を喉に詰めた。

 

 どれほどの時がたったのか。

 いつの間にか笛を吹き止めた女は、じっと黒目がちの眸を源教に向けた。

 青く光る夜光貝のようなそのまなざしにせかされ、源教は剃刀を手に経文を唱えた。


 口の中が張りつくような渇きを覚えながらも、源教は亡霊の頭に剃刀を当てた。

 枕頭で死者の髪を剃ることはあっても、このように座した者の髪を剃ったことはほとんどない。男は手元が狂わぬようにとだけ気を配りながら、慎重に少しずつ剃刀を動かした。

 そりそりと剃り落とせば、黒髪は重たげな塊となって女の肩を滑り落ちていく。

 雪解け水のようなひんやりとするその香りにようやく気づいたのは、半ばほどまで剃り終えたところだった。


 ようよう息をつき、改めて眺めれば。青剃りに覆われつつある頭は尼僧のそれにも似て、禁欲的ながらなまめかしくもあった。

 源教は美を破壊していたはずだった。だが、そこには新たな美が生じつつあった。

 そのことに念仏者は不思議な落胆と満足を覚えた。


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