先輩と新人
ルイさんとピルロークによる、セフィリア狂言誘拐の一件の後は、何事も無かったかのように陽那、結月、アサカとは仲良くしている。毎日鍛錬もしているし、イチャイチャもしている。
最近、アサカは仕事で箱庭に顔を出さない時もある。きっとルイさんに面倒ごとを押し付けられているのだろう。それでも、アサカが当番の時は一緒に夜を過ごしている。
あれからセフィリアは俺の前に姿を現さない。きっと仕事で忙しんだろうな……。元気にしているだろうか? 会いたいな、って違うだろ。俺は何を考えているんだ……。
そんなこんなで今年も盛りだくさんな夏休みは終わり、今日から学校だ。切り替えて頑張ろう。
始業式が終わり教室に戻ってくると、担任の先生が「転校生を紹介する」と言う。転校生? と前を見ると、この学校の制服に身を包んだ、アサカとセフィリアがいた。
「來怜羽 朝華です。よろしくお願いします」
アサカは少し緊張の面持ちで挨拶をしている。可愛いなぁ……、と思わず俺の顔は緩んでしまう。
黒板に書かれたアサカの名前は漢字だ。金髪碧眼の日本人離れした容姿だが、日本人の設定なのかな? そういえば、アサカはシステムの翻訳機能を使わずに日本語で話していた!?
俺が驚いていると続いてセフィリアが挨拶をする。
「セフィリア=アーレストです。よろしくお願いします」
ああ、セフィリアは外国人設定なのね。セフィリアはシステムアシストによる翻訳を使っているな。約一週間ぶりに見るセフィリアはとても綺麗だ。
セフィリアも銀髪赤眼と日本人離れした容姿で、尚且つ超絶美少女だ。男子は当然歓喜の声を上げているが、女子も関心はありそうだ。
それにしても、一つのクラスに二人もねじ込んでくるとは……。さすがルイさん、とんでもない権力者だ。
HRが終わり、転校生二人はクラスメイトに囲まれ、質問攻めにされている。放置して帰るわけにもいかないので陽那、結月とともに少し待つ。
俺がぼんやり眺めていると、二人は人混みをかき分けて俺の方に近づいてきた。
男子連中からは「また柳津かよ」とか「なんであいつばかり」などと文句が聞こえる。
目の前まできたアサカは両腕を広げ「どう? この格好似合ってる?」と聞くので、俺は「うん、似合ってる。とっても可愛いよ」と笑顔で返した。
アサカが「えへへ」と照れ笑いしていると、セフィリアも俺に声を掛ける。
「私に会えないから寂しかったんでしょ?」
「え? なんでわかるの?」
つい本音で返してしまった。セフィリアは目を見開き、瞳がわずかに揺れている。
「軽い冗談のつもりだったのだけれど……」
「えっ、いや、その……」
俺がうろたえていると、セフィリアは上目で頬を染める。
「私もイツキに会いたかった。でも仕事が忙しくてなかなか会いに行けなかったの。これからはイツキと一緒にいられる時間も増えると思うからよろしくね」
くうぅ、セフィリアが可愛すぎて辛い。ハッ、陽那と結月とアサカに怒られる!? 我に返り三人を見るも、ドス黒いオーラを放つでもなく平静を保っている。
「こんなところで、いつまでも話してないで早く帰るよー」
陽那はさっさと歩きだし、俺に手を振っている。ふう、セーフだった……。「ああ、今行く」と応え、内心はビビりながら俺も帰路についた。
学校を後にして、五人で談笑しながら歩いている。ちなみ俺の家から学校までは普通の人なら徒歩圏内ではない。
光学迷彩の魔法で覆って姿を隠し、ちょっとその気になって走ったり飛んだりすれば、瞬く間に帰ることが出来る。
そのため、転移ゲートの使用を制限しておく意味も無いので、ルイさんが転移ゲートを自由に使えるようにしてくれた。
なので、適当に人気のない所まで歩いて移動して。転移ゲートを使って帰ることにした。
雑談しながらゆるく歩いていると、俺は教室でのアサカの自己紹介を思い出した。
「アサカ、日本語を覚えたの?」
「そうだよ、内緒でずっと勉強していたんだ。樹の家族になるんだから当然だよね!」
「はは……、さすがアサカだね」
家族になるって……。ここはとりあえず笑って流しておく。それにしても、ひと月ほどで日本語を習得してしまうとは、アサカは本当に努力家なんだな。
「アサカとセフィリアはこっちで暮らすの?」
「一応、住む建物は社長に用意してもらったけど、実際にはシエラスの自宅に転移して向こうで生活するよ。あれが、こっちでの仮の家だよ」
アサカが指差したのは、何とも立派なマンションだった。あれが仮の住まいね……。
「へぇー、すごい所だね。仮の住まいにしておくのはもったいないくらいだ」
「なら、樹も一緒にここで暮らす?」
「遠慮しておくよ……」
「ぶー、なんでよー」
頬を膨らますアサカを尻目にセフィリアが言う。
「そうそう、社長が話があるみたいだから、後で箱庭に集合してね」
「はーい」
俺達は一旦それぞれの自宅に転移して、箱庭に集合することになった
* * *
――箱庭のログハウスにて。
陽那と結月とアサカを差し置いて、セフィリアが俺の隣に座る。それも肩が触れる程の近さなので、どうしても意識してしまう。なんで三人は何も言わないんだろう?
それを嬉しそうにルイさんが見ている。
「私の狙い通り、きちんとセフィリアを恋人として扱ってくれているようだな。このままセフィリアを支配者クラスに成長させて、魔力を混ぜて武器を作ってくれたら、ウチの体制は盤石だ。なるべく早く頼むよ」
アレ? やっぱり俺、ルイさんの手のひらの上だったのか?
「相変わらず、無茶苦茶言いますね……」
俺がため息を吐くと隣のセフィリアは力強く返事をする。
「社長の期待に応えて見せます!」
俺の気持ちなんぞ知る由もなく、セフィリアはやる気満々だな。魔力を混ぜると、どうなるのか知らないんだろうな。
「もし成功したら、樹の好みそうなウチの美人な女子社員を樹と仲良くなるように仕向けて、支配者クラスの固有スキル持ちを量産できるかもしれないな」
ルイさんは悪人な顔をしてほくそ笑んでいる。セフィリアは真面目な顔をして意見をした。
「イツキは非常に面食いだと思われます。余程の美人で無ければ、イツキに気に入られるのは難しいかと」
「ああ、それは分かっている」
やっぱりセフィリアは自分を余程の美人だと自覚してるんだね。まぁ事実だけど。
……って、この人達何の話をしてるんだよ。これ以上俺のピュアハートを弄ばないでくれよ。陽那と結月とアサカは、半眼で何か言いたそうに俺に視線を送っている。
彼女たちの不安や不満は、もっともだと思う。俺がしっかりしないと。
「もうこれ以上はホントに勘弁して下さい! それよりも話って何ですか?」
「そうだったな、本題を忘れる所だった」
「日本の各地で、魔力を変質させマナを生み出す植物が確認された。それに伴い、地球の大気からもわずかだがマナが確認された。近い将来、地球でもモンスターが自然発生するようになるだろう」
俺と陽那と結月は顔を見合わせる。
「え、なんで……?」
「主な原因は一年前に地球に転送されたモンスターだ。モンスターを倒した際に霧散する、マナを含んだエネルギーの多くは、倒した者の魂に吸収される。しかし吸収されなかったマナはその近辺の植物に影響を与え、マナ化植物に変化したものと思われる」
「マナ化植物は交配することで増えていくだろうし、大気中に広がったマナは世界中をめぐり植物を変化させるだろう。今後は地球のあり方も大きく変わっていくだろうな」
「いくだろうな、ってそんな他人事みたいに……。それってかなりヤバいんじゃないんですか?」
「大きな変化が起こるので、混乱はあるだろう。だが人がそういった変化に適応できるのは、歴史が証明している。それに、いきなり魂力が万を超えるようなモンスターが発生したりはしない。樹たちが箱庭に初めて転移したときのように、徐々に対応できるようになると考えている」
それもそうかと一応納得して頷いた。
「では、セフィリアのことは頼んだよ」
ルイさんは去って行った。
まだ時間的には解散するには早いし、今から何しようかな、と考えていたらセフィリアが俺の前に来て真剣な眼差しを向ける。
「では、イツキ。早速私を鍛えて下さい」
「ああ、分かった」
アサカが割り込んでくる。
「ちょっと待って。樹の新人恋人は、先輩恋人が指導するって決まってるの! だからセフィリアは私が鍛えてあげる」
先輩恋人ってなんだよ……。
「フッ、アサカがこの私を鍛える? それでは私がアサカを鍛えることになるわね。いいわ、相手してあげる」
セフィリアが鼻で笑うと、アサカが悪い顔でニタリと笑う。五人で訓練用フィールドに転移して俺は事の成り行きを見守ることにした。
草原のフィールドで向かい合う二人。両者とも余裕の笑みを浮かべている。二人とも手に何も持ってはいない。
「アサカ、この私と素手でやり合う気なの?」
「セフィリアこそいつもの大剣出しなよ」
ムッとしたセフィリアはアイテムストレージから大剣を取り出し構える。
「一応手加減はするけど、怪我をしても知らないわよ?」
「手加減なんていらないよ」
アサカは魔力を水魔法と風魔法に変えると、圧縮して槍を作り出した。それを見たセフィリアは驚きのあまり顔色を変える。
「何て強烈な魔力……支配者クラスとは、これほどレベルが違うなんて……」
アサカは得意げに「ふふん」と笑った後、真剣な顔に変わって「行くよ」とプレッシャーをセフィリアにぶつけた。
「クッ……」
セフィリアの表情からは、余裕が完全に消えている。おそらく実力差を肌で感じたのだろう。それでも力強く踏み込んでアサカに向かっていく。さすがの胆力だな。
そして、フィールド内に響くセフィリアの悲鳴……。デジャヴか?
「まさか、アサカがここまで強くなっていたなんて……」
片膝をついて息を上げているセフィリアに、アサカは嬉しそうに語る。
「私も新人恋人の時には、陽那と結月にしごかれたもんだよ」
だから、新人恋人ってなんだよ……。俺が心の中でツッコんでいると、陽那がアサカに「今も、でしょ」とツッコむ。
「う……。陽那と結月よりは、まだ弱いかもしれないけど、私だって前よりもずっと強くなったでしょ!」
「ヒナとユヅキは、アサカよりも強い……?」
セフィリアは驚き過ぎて呆けている。
「俺達と一緒に鍛錬すれば、きっとすぐに強くなれるよ」
倒れているセフィリアに手を差し出すと、俺の手を取って立ち上がった。そして治癒魔法を掛けてやった。
「あーずるいー! 私なんていつも陽那に治癒魔法を掛けられてたのにー! セフィリアだけ特別扱いだー」
頬を膨らませて抗議するアサカを抱き寄せて「アサカ、お疲れ様」と、MP回復をすると頬がしぼんで大人しくなった。
「あ、あの! イツキ……」
セフィリアが俺を呼び止める。セフィリアは俯きモジモジしている。まさかMP回復してとか言うのか? どうしよ、しちゃおうかな……。などと考えを巡らせつつ、一応セフィリアに聞いてみた。
「どうかしたの?」
「いっ、いえ、なんでもないわ。さあ、引き続き私を鍛えて!」
何でもないのか……。いや、別にがっかりとかしてないよ! って、俺は誰に言い訳をしているんだ……。セフィリアと一緒に行動してると、なんか変なテンションになるな。
「うん、今度は俺と手合わせしよう」
この日は時間の許す限り、鍛錬という名目でセフィリアと楽しいひと時を過ごしたのだった。




