触るつもりなの?
痛恨の失敗だったが、今更考えてもしょうがないので、切り替えてフィールドに向かうことにした。
北の転移ゲートを抜けて山岳地帯フィールドに入る。早速、先ほど買った刀をアイテムストレージから取り出した。
このゲームのインターフェイスを何度か操作してみて分かったが、視界に映るアイコンを指で触ろうとしなくても「アイコンをタップする」と考えるだけで操作できる。
かなり快適に操作できるインターフェイスだ。
ミスリル刀を腰にさげ、今からどうするか考える。俺の魂力が上昇したことで、この付近のモンスターは弱すぎる。なので少し進んでみよう。
スマホにある攻略アプリを熟読した情報によると、ボスのいる方向に進むと徐々に出現するモンスターが強くなるようだ。
また、フィールドボスに会うまでには中ボスモンスターが守る、五つのエリアを隔てる扉があり、それを突破して進む必要がある。
探索アシストを起動しボス方面に向かって歩いていく。モンスターと何度か戦うが、いつもの奴なのでミスリル刀で適当に薙ぎ払ってすすむ。俺tueeeeeだな、序盤の雑魚限定だけど。
先ほどの出来事をぼーっと考えながら歩いていると、一人のプレイヤーが八匹のモンスターに囲まれていた。
綺麗な黒髪ポニーテールの女の子だ。一瞬、鳴海さんか? と思ったが違う。
彼女の刀が、光を反射して煌めくたび、モンスターは斬り裂かれて消滅していく。風を斬り裂くような鋭い刀捌きだ。彼女は八匹のモンスターを、瞬く間に葬り去った。
「かっこいい……」
俺が言葉を漏らすと、彼女はこちらに気が付いたようだ。
「こんなところでクラスメイトに会うなんて……柳津君も巻き込まれたみたいね」
彼女は刀を鞘に納めながら微笑む。その美しさに、心臓が跳ね上がった。
この美少女こそ、高校に入ってから俺が絶賛片思い中の人、桜花結月さんなのである。
後ろ姿では鳴海さんとよく似た雰囲気だが、顔は全然似ていない。どっちもかなりの美人さんなんだけどね。
「桜花さんも、ここに来ていたんだね。驚いたよ」
「まったく、突然こんな訳の分からないことに巻き込まれて、迷惑しているところよ」
かぶりをふって、やれやれといった感じの桜花さん。想い人との思わぬ遭遇に、俺の鼓動が速くなる。
「ところでさっきの剣技、凄かったね。あんなスキル訓練場にあったかなぁ?」
「今のはスキルではないわ。私が身に着けた剣術よ」
「えっ、剣術?」
「私の実家は『桜花一刀流』という剣術道場なの。幼いころから厳しい鍛錬を積んで、磨き上げた技よ」
そうだったのか、桜花さんの秘密……ではないが新い側面を知ることができて少し嬉しい。
「刀で戦うヒロインみたいでかっこよかった」
俺が軽い気持ちでそう言うと、桜花さんは食い気味で「本当に!?」と前のめりになる。その迫力に、俺は思わず後ずさった。
「だ、誰も言えなかったけど、実はそういうのに憧れていたの。柳津君は、漫画とか見る?」
「うん、よく見るよ」
「現実の刀って、漫画みたいに素早く振り回すのは難しいけど、この世界で魂力が上がったら、身体能力が上がって思い通りに刀を振れるようになったんだ」
桜花さんは、持っている刀を見つめて続ける。
「この刀も軽い割には、岩を切っても刃こぼれひとつしないし」
桜花さんは、ヒュヒュッと刀を何度か振るった。刀身が見えない程に素早くて、まるでアニメのワンシーンのような剣閃だ。
その姿があまりにかっこよかったので、俺は興奮してしまった。
「必殺技とかある? あ、あと技に名前とかあるの?」
俺の問いに、桜花さんの目つきが冷たくなった。なんか気に障るようなことでも言ってしまっただろうか?
「技に名前とか付けてると、どう思う?」
「えっと、かっこいいと思うけど……」
桜花さんが「ほんとに?」と念を押すので、俺は「うん、ほんとに」と返す。彼女は少しだけ沈黙してから、半笑いで話し始めた。
「幼いころ、技名を叫びながら竹刀を振るったら、男の子たちに笑われたことがあって……」
「あー、そういうことね」
確かにそこらの奴が、技名を叫んで竹刀を振っていたら痛い奴だと思うだろう。でも……。
「桜花さんみたいな美人が、華麗な剣技と共に技名を叫んでいたら、かっこいいに決まってるよ!」
桜花さんは半眼になって俺を見る。
「……美人って、柳津君、私を口説いてるの?」
「あ、ごめん! 本当のことを言っただけで、そんなつもりは無かったんだ」
校内一番の美人を、俺ごときが口説くなんてとんでもない。慌てて首を横に振ると、桜花さんは小さく笑った。
「まぁいいわ。柳津君はこの先へ進むつもりなの?」
「うん、そのつもり。あのー、よかったら一緒に進まない?」
「ええ、私でよければ」
おおっ、了解してくれた。言ってみるもんだな。憧れの人と一緒に行動できるなんて、予想もできない幸運だ。俺の頬はつい緩んでしまう。はっ、桜花さんに悟られないようにしないと。
しばらく二人で道なりに進んでいく。
五匹のモンスターが出現した。岩でできているのは変わらないが、大きさは初めて出会った奴の三倍くらいある。
桜花さんが刀を抜いたかと思うと、瞬く間に四体を切り捨てた。辛うじて残った一体に俺はスキル1を発動と念じ、モンスターに斬撃を浴びせて倒す。
桜花さんが俺の方を見ている、もしかして惚れたか? って、そんなことはあり得ないのだが。
「さっきの一撃は、スキルによるものだよね?」
「そうだけど……どうしたの?」
「失礼だとは思うけど、柳津君には武術のたしなみがあるようには見えない。にもかかわらずあんな動きが簡単にできてしまうなんて、なんというかズルい」
「でも、訓練場にも桜花さんの華麗な剣技を模倣するようなスキルなんて、なかったように思うけど」
「もし私の長年の努力のすべてが、スキルで簡単に再現出来たら、やってられないわ」
桜花さんは不快そうな顔で、肩を竦めた。
「ははは……そだね」
意外と桜花さんは負けず嫌い? いや、俺なんかでは想像もできない努力を積み重ねてきているんだろうから、そう思うのも当然か。
「桜花さん、もしよかったら俺に刀の振り方、教えてくれない?」
何気なく軽い気持ちで聞いてみた。すると桜花さんは目つきが変わって、真面目な表情で俺に指示する。
「いいよ。まずは正眼で構えてみて」
言われたとおりに刀を正眼で構える。するとスッと桜花さんが近づいてきて、ふわりといい香りがした。
「握り方がいけない。ここをこういう風に握って……」
桜花さんは白い手で、俺の手に触れながら指導してくれる。
その後、「肩と肘もいけない」と桜花さんが俺の肩に触れようとすると、その手はパチンとなにかにはじかれた。あっ接触制限だ。俺は桜花さんに説明する。
「なるほど、じゃあ解除すればいいのね」
桜花さんは、指で視界に映るインターフェイスを操作しているようだ。すると、音声アシストが聞こえ視界にアラートが表示される。
「桜花結月から、接触制限変更の申請を受けました」
「レベル3→レベル1 警告!! お互いに自由に触れるようになります。許可しますか? Yes/No」
「あのー、桜花さん? レベル1にすると自由に触れるようになっちゃうんですが、いいんですか?」
「え? 柳津君私のこと、自由に触るつもりなの?」
桜花さんは俺をまじまじと見つめて問いかけるので、俺は慌てて両手を振りながら答える。
「いえいえ、そんなつもりはございません」
「じゃあ大丈夫ね。Yes」
続いて俺も操作する……Yes。
「接触制限レベルを変更しました」
それから30分ほどの間、憧れの美少女クラスメイトからボディタッチされながら、楽しく刀の振り方を学んだのだった。