疾風さん再び
「久しぶりだな! 二股の樹!」
あれ? 俺を知っている奴か……、誰だろう?
男の声にアサカは大きな声で反論する。
「イツキは二股じゃないよ! 三股だよ!」
「なに? 君も樹の恋人なのか! おのれ……、こんな金髪美人まで恋人にするとは……、許せん!」
拳を握りプルプルと怒りに震えている男。どこかで見たことあるような気がするけど……思い出せない。
「あのー、盛り上がっているところ悪いんだけど、誰だっけ?」
「フン、忘れたのか。まぁいい、俺はカズヤだ。箱庭では世話になったな!」
「あー、疾風さんか」
「フッ、今の俺は神速のカズヤだ。あの頃の俺とは異次元の強さになっている!」
「ハイハイ、分かったからどいてね。誘拐された子を取り返しに来たんだから」
「なんだと!? あの銀髪の超絶美人もお前の恋人なのか?」
「あの子は違うよ。とにかく助けに来たんだからどいてくれる? そもそも、なんで疾風さんがこんなところにいるんだよ?」
「だーかーらー、今の俺は神速のカズヤだ! ……俺はピルローク様にスカウトされたんだ。あれは、箱庭から解放されてから二カ月ほどたったある日……」
「ああ、だいたい分かったからもういいよ」
疾風さん改め神速さんは遠い目をして語り出した。俺は聞くのも面倒なので途中で遮ってやった。ピルロークの名前が出た時点でもう十分だからな。
「最後まで聞けよ! お前、俺を舐めてるだろ!? いいだろう、この俺の強さが箱庭にいた頃とは違うのだと思い知らせてやる!」
剣を抜く神速さん。魂力が大きく上がっているのは分かるが、それは俺も同じ事だ。
「神速さんの相手は俺がするから、みんなはセフィリアを助けてきて!」
「分かった」
「油断しないでね!」
「イツキも早く来てね」
陽那と結月とアサカは神速さんの横を素通りして奥に進んで行った。
「俺の仲間は通してくれるんだな?」
「フン、俺はボスにお前の相手をするように言われているからな。それに奥には別の奴がいる」
「金剛さんと、業火さんだっけ?」
「そうだ。それと四傑のゼキーラとかいう偉そうな態度の女だ」
「それなら大丈夫そうだな。ピルロークはいないのか?」
「どうだろうな……。ボスは気まぐれだからな」
仮にピルロークがいたとしても、あの三人なら負けないはずだが……。
なんとなく不安なのでさっさと神速さんを倒して追いかけるとするか。俺はアイテムストレージから黒刀を出して構え「では、お手柔らかに」と軽く頭を下げた。
神速さんの構えは意外ときちんとしている。ピルロークに剣技も指導されたのなら油断はできない。青いオーラを込めて刀を振って斬撃を飛ばすと、神速さんはそれを軽く避けて見せた。
俺はダッシュで近づいて刀を打ち込むと、剣で受け即座に斬り返してくる。しっかり対応してくるな……。しばらくそのまま受け攻めを繰り返す。
神速さんはその名の通り非常に速く、しかも空中も自在に動けるようになっている。剣技もきちんと鍛錬した様子で一手一手が気を抜けない。
俺は神速さんの周りの空気を操り、空気抵抗を増やして動きを鈍くしようとしたが何故か効果が無い。神速さんの固有スキルの能力か? 俺の固有スキルの能力を相殺できるとは、神速さんも支配者クラスの固有スキルを持っている……?
「俺の強さに驚いているようだな! 俺は魂力と固有スキルを強化させる魔導器を身に着けている。操れる魔力量が桁違いに増えているんだ」
ドヤ顔で種明かしをする神速さん。なるほどね、そんな魔導器もあるんだ。
「仕方ない、本気で行くよ」
俺は黒刀をしまい、魔力を青いオーラに変えて収束し刀を具現化させた。
神速さんは「こけおどしだ!」と構わず斬りかかってきたので、致命傷にならない程度に加減しつつオーラを込めて刀を一振りした。
青白く輝く斬撃が神速さんを捉えて吹き飛ばす。床や壁が砕けてしまった。この建物が貴重な遺跡とかだったらまずいよな……。
「くそ、なんだ今の技は……。この建物はいくつもの魔導器によって魔力で補強されているから滅多な事では壊れないって言っていたのに。まさかボスより強いんじゃ……?」
壁にめり込んだ神速さんは何かをブツブツ言っている。どうにか這い出してきた神速さんは左の手のひらを顔の前に持って行き、覆うように添えて不敵に笑った。
「俺も本気を出す。本当はこの技は使いたくなかったのだがな……」
うーむ、この人が言うと単に拗らせているのか、本当にやばい技が来るのか判断が難しいな。俺は油断せずに障壁に魔力を込めて観察することにした。
「時よ! 止まれ!!」
神速さんが言い終わったと同時に、神速さんは俺の目の前にいて障壁に剣を叩きつけていた。
俺は思わず「は!?」と声を漏らす。俺の魔刃のオーラを込めた障壁は貫通されていないが、神速さんの動きに全く反応できなかった。
「驚いたか! 俺の固有スキル『神速の境地』を魔導器で強化することで、時を止めることが出来るのだ!」
「んなバカな……。いや、仮に止められるとしたなら、障壁を破って俺を切り捨てるまで攻撃し続ければいいのに」
「制約があるんだよ! 時を止めるのはものすごく疲れるんだ。だいたいお前の障壁固すぎるだろ! チートかよ!?」
時を止めるとは信じがたいが、ひとまずは俺の障壁を簡単に破れそうに無いと神速さんが自白しているので、落ち着いて考える。
俺の攻撃手段の中で、最も速いのは光の魔法だ。それでも、魔法の発動に反応して時を止められたなら、たとえ光速でも容易に躱せるだろう。でも反応できなければ普通に命中させられるはずだ。
俺は神速さんの方向へ広範囲に光魔法を乱射した。神速さんは再び俺の認識できる速度を超えて全ての閃光を躱してしまった。
「光と言えども遅いな」
「時間を止めたのなら、遅いも何も止まっているんだろ?」
「うん? そうか? でも動いていたぞ。子供の投げるボールくらいのスピードで……」
それって時を止めていないだろ。
神速さんは自分の能力をきちんと把握してないようだな。さすがに時を止めるのはチートすぎるからなぁ……。
おそらく魔力を放出した範囲内で空気抵抗や慣性の法則などの物理的な事象を無視して、時を止めたかのように高速で動き回れる能力とかだろう。
それでも光速を上回るほどのスピードと反応速度なら十分に驚異だな。強力なだけに消耗が激しいようだからこのまま光魔法を連続で乱射してみるか。
俺は全方位に光の魔法を連発した。神速さんは、しばらくは躱していたようだが途中でバテて避けきれなくなり次々と命中して地面に伏した。
俺は息を上げて倒れている神速さんに歩み寄る。ダメージを負ってはいるが魂力が高いので死んだりはしないはず。何らかの方法で治癒して追ってきても面倒なので、土魔法で体を覆ってコンクリートのように固めておいた。
「あんな強力な魔法を連射し続けるなよ! 三股チート野郎め……」
ひどい言われようだ。俺だって強くなるために頑張ったんだよ。
首から下を埋もれたまま俺を睨みつける男に「神速さん、またね」と手を振って、俺は陽那達を追った。




