楽しい夢
――遺跡の迷宮二階層のボスモンスターに、眠らされてしまった陽那の夢の中。
陽那が気が付くと、中学校の敷地に立っていた。陽那は周りを見回して確認する。
(あれ、ここは中学校? この格好は中学の時の制服……。タイムリープか? 違う、魂力はそのままだ。幻の類かな?)
陽那が自分の置かれた状況に考えを巡らせていると、彼女に駆け寄る人物がいた。中学の制服を着ており、先ほどまで一緒にいた樹よりもやや幼い感じの樹だ。
「鳴海さん、好きです! 俺と付き合って下さい!」
(この状況は、卒業式か!)
思わず陽那は笑みを浮かべてしまう。そしてすぐに返事をする。
「いいよ、私も君のことが大好きだから付き合おう」
陽那の返事に、樹はポカンとしている。
「えっと、俺……、あの……」
「だから、私も君のことが大好きだから、付き合おうって言ったんだよ」
自身にできる最大限の可愛い笑顔を作り、樹に向ける陽那。しかし、樹は振り返りダッシュで逃げてしまった。
「OKしても逃げるんかい!」
(いや、ツッコんでる場合じゃないか。って逃げ足速いね。もうあんなに遠くに行ってるよ。でも魂力6万超えの私から、逃げられるとは思わないでね)
陽那は軽く地面を蹴って高速移動し、逃げる樹の正面に一瞬で回り込んだ。そして樹の手をギュっと握り「捕まえた」と微笑んだ。
樹は真っ赤な顔をして、息を上げている。
「鳴海さん、俺……」
「陽那って呼んでね」
樹は恥ずかしそうに俯き、遠慮しながら「陽那……ちゃん」と呟いた。その初々しい反応に陽那は思わず身震いしてしまった。
(陽那ちゃん……!! これもアリと言えば、まぁ、アリだね)
「樹君、これからはたくさん一緒に過ごして、たくさん話して仲良くしようね」
「OKしてもらえるとは思ってなかった……。陽那ちゃん、よろしくね」
(真っ赤になって可愛いなぁ)
陽那は興奮しつつも、これが現実ではなく、幻であることは理解していた。それでも、戻りたいと思っていた瞬間に戻れた喜びを噛みしめていた。
(もう少しだけこの幻を楽しんでもいいよね……?)
突然、場面が切り変わった。
(……ここは樹の部屋か、この格好は高校の制服だね。ダイジェストで楽しめるのか)
二人は折り畳みのテーブルに向かい合って座っている。テーブルの上には参考書やノートなどが置いてあった。
(二人で勉強してるのかな?)
陽那がなんとも言えない高揚感に浸っていると、樹が口を開いた。
「陽那ちゃん、ここが分からないんだけど……」
「どこ?」と樹に身を寄せる陽那。すると、樹は少し後ろに下がる。
「なんで離れるのよ!?」
「その……、陽那ちゃんが近くてドキドキするから……」
(なに、この初々しい反応は? こっちがドキドキしてくるよ)
陽那は上目づかいで甘えた口調で樹に質問をした。
「樹君、私のこと、好き?」
「大好きだよ」
「他の女の子にも言ってるんじゃない?」
「俺は陽那ちゃん一筋だよ。他の女の子になんて興味無いよ」
「桜花さんって綺麗な人が同じクラスにいるでしょ?」
「桜花さん? 確かにいるけど綺麗かなぁ? 陽那ちゃんの方がずっと美人だよ」
樹の一途な発言に浮かれる陽那。
「えへへ、そうなんだー」
気を良くした陽那は樹に迫る。
「ねえ、樹君。キスしようか?」
樹は真っ赤になり動揺するが、構わず陽那は樹にキスをした。二人の唇が離れると、樹は顔を赤くしたまま、照れくさそうに笑った。
「一年付き合って、初めてのキスだね」
(そうか、箱庭では結月と競い合って樹とキスしたけど、本当なら樹は奥手だから、一年付き合っても今までキスをしてなかったんだ)
陽那は樹を押し倒して再びキスする。そして覆いかぶさったまま微笑んだ。
「キスよりもっといいことしようよ」
樹は目を丸くしている。密着した陽那は、樹の鼓動が高鳴っているのを感じた。
「そろそろ帰らないと、お母さんが心配するよ? 家まで送っていくよ」
(うーん、現実の樹と全く違う反応だ……。一年前はこんな感じだった気もするけど)
手を繋ぎ陽那の家に向かう二人。
(幻の世界と分かっていても、楽しいからもう少しだけ……)
陽那は樹の腕を抱き、胸をギュっと押し付けて樹の反応を楽しむ。樹は体をこわばらせて顔を真っ赤にしている。
「今日の陽那ちゃん、いつもとなんか違うね」
「そうかなぁ、嫌だった?」
「嫌じゃないよ! 嬉しいよ!」
(なんか必死だ、カワイイな)
イチャつく二人の前に、突如モンスターが現れた。
「なんだ、あれ、化け物? 陽那ちゃん逃げよう!」
陽那は慌てる樹に「心配しないで」と優しく言うと、魔法で光線を放ちモンスターを貫いた。
モンスターが消滅すると樹はへたり込んで、すがるように陽那を見ていた。
「陽那ちゃん強いんだね。俺、怖くて動けなかったよ」
陽那は微笑みながら、樹に手を差し伸べた。
「樹君は私が守るから心配しなくていいんだよ」
すると樹はガタガタと震えだす。陽那が振り返ると、そこには先ほどのモンスターよりも大きなモンスターがいた。
樹は陽那の後ろに隠れるようにして、身を縮こまらせている。陽那は再び光線でモンスターを貫き消滅させた。そしてフッと軽く笑う。
「樹は別に弱くてもいいんだ。どうせ私が命を懸けて守るつもりでいるから。でも本物の樹はどんな相手だろうと、自分の命なんてかえりみずに私を守ってくれるんだ」
「夢か幻かは知らないけど、楽しかったよニセモノ君。でも、やっぱり私は本物の樹じゃないと心の底からはドキドキできないみたい」
「おいで天照」
陽那が呟くと、朱色に輝く美しい刀が出現した。
「こうすると、現実世界に戻れる気がする」
陽那が天照を握り締めて空に向かって振るうと、空に裂け目が出来た。陽那は宙を舞ってその裂け目に飛び込んだ。
* * *
――なんか、身体を触られてるな……。
こんな風に私に触るのは……、それに樹の匂いがする……。アサカ達が騒いでる……。
陽那が目を開けると、目の前に樹がいて安堵の声を漏らした。
「あっ、陽那。目を覚ましたんだね。良かった」
(ああっ、本物の樹だ)
「私……。モンスターに眠らされてた? ゴメン心配かけたね」
樹が陽那の上体を抱いて「何ともない?」問うと、陽那は樹に抱きついて首に顔を埋めた。
「多分、大丈夫。でも念のために、私の身体をきちんと確認してみる?」
するとアサカが「はーい、完全に元気だね! さあ、お茶にしよう!」と横槍を入れて樹が離れてしまった。
(ちっ、アサカめ……)
陽那はベッドから降りて樹の腕を捕まえて腕に抱き着く。すると樹が陽那に声を掛ける。
「ニヤニヤしながら寝てたけど、いい夢見てたの?」
「うん、すっごくいい夢。私が浮気してる夢かな……」
樹が目を見開いて「浮気?」と驚いたように声をあげると、陽那は続ける。
「そ、私だけに夢中になってる樹とキスする夢」
陽那は樹の反応を伺って、楽しんでいた。
「でも、やっぱり私はこの樹が大好きだな」
「……ありがとう」
少し照れた様子で礼を言って微笑む樹に、陽那は笑顔を返した。
* * *
――その日の夜、箱庭のログハウス。
今夜は陽那と過ごすために、俺はリビングのソファーに座って待っている。
それにしても陽那が目を覚ましてくれて本当に良かった。目を覚まさないままだったら……と思うとゾッとするな。
そんなことを考えていると陽那の気配がした。彼女がリビングに入ってきたところで、俺は立ち上がって、陽那に近づき抱きしめた。
「どうしたの? いつもよりやる気満々なのかな?」
「いやぁ、やる気はいつもどうりだけど、今日は陽那とくっついていたい気分なんだ」
「ふーん、別にいいけど。寝てる私の身体を触ったから、もう興奮してるのかと思った」
「うぐっ、バレてる……。心配だったから陽那のことをずっと見てたんだ。そしたら寝顔が可愛すぎて、つい……。ゴメンね」
「だからーいいって。私は樹に触られてスイッチ入ってるんだよ、早く部屋に行こうよ」
陽那に手を引かれ部屋に行くと、二人だけの濃厚な時間を陽那の主導で過ごした。
俺達はベッドの上で向かい合い抱き合っている。
「あのさ、ちょっと気になってたんだけど……」
「ん……なに?」
「この前、陽那と結月とアサカが勝負したとき、勝負がついた後、陽那が落ち込んでいるように見えたんだ、余計なお世話かもしれないけど少し心配で……」
「ああ……、あれは落ち込んでたんじゃ無いよ。私がアサカに勝つのが当然って思っていたのに、アサカに負けて……。私はいつから自分が最強だって思い上がっていたのかなって、恥ずかしくなっただけだよ」
「アサカは必死で頑張ってる。私に絶対追いつけない、なんてあるわけないのにね」
「そうだったのか……」
俺は陽那の頭を撫でる。陽那のさらりとした髪の感触が心地いい。陽那が俺の腕の中から俺の顔を見る。なんか機嫌が悪そうだな?
「でもね樹、私を抱いているときに他の女の子の話をしないでくれる?」
「え、いや、陽那の話だけど……」
「結月とアサカって言ったでしょ! 他の女の子の名前を呼ばないように!」
「は、はい」
「罰として今夜はあと三回はしてよね!」
「はい、喜んで!」
俺と陽那の夜は、まだまだ続くのだった。




