三股する者
ログハウスに戻り昼食をとっている。
俺はふと気になったことを、アサカに聞いてみた。
「そういえばアサカって学校行かないの? 俺達は夏休みだから一カ月ほど休みだけど、アサカは違うよね?」
アサカは食事の手を止めて応える。
「固有スキルが支配者クラスになってからは、学校に行くのを社長に止められているんだ。たった一人でも、国の勢力バランスを崩してしまうほどの存在だから隠して置きたいのかもね」
支配者クラスの固有スキルは確かに強力だが、国をどうこうする程とは思えないんだけどなぁ。陽那も同感なのか、眉をひそめて疑わしげに目を細めた。
「それは大袈裟なんじゃない?」
少しからかうような口調だったものの、アサカは真面目な顔で陽那に返す。
「それだけ支配者クラスの固有スキル持ちは、強い力を持っているし希少なんだよ。そもそも境地クラスだってレジーナ全土でも1000人はいないと思う」
「シエラス国内で境地クラスに至っているのは、ガルフと、副社長のセフィリア、開発部の責任者のクラウスだけだよ。潜りの奴はいるかもしれないけどね」
「ちなみに社長が言ってた、遺跡探索に同行したエルピスの戦力の元No1がセフィリアで、No2がクラウスだよ。今では私の方が強いけど!」
「あれ、ルイさんは支配者クラスじゃないって言っていたけど、境地クラスでもないの?」
「社長は否定していたけど、支配者クラスの強度の固有スキルだと思うよ。聞いても誤魔化されるから多分としか言えないけどね」
「アシストに聞いてみたら?」
アサカは呆れたように半眼になって返す。
「あのね……。社長の作ったシステムが社長の秘密を暴露するわけないでしょ」
「そ、そうか」
まぁ、言われてみればその通りだな。ついでに前から気になっていたことを聞いてみた。
「固有スキルの名前って、システムが決めてるの?」
「そうだよ。エルピスのメインサーバーに、過去に調査した膨大な量の固有スキルの詳細が記録されたデータベースがあって、固有スキルが発現すると個人の端末が強度や能力を解析しデータベースと照合するんだよ」
「そして、その人の固有スキルの特徴を考慮して、AIが名前を自動生成しているんだよ。なんとなく型にはめたような名前になりやすいけど、本来固有スキルは人それぞれの魂力の強さや資質、願望などに影響されるから多種多様なんだよね。中にはAIの生成した名前がどうしても気に入らないって変える人もいるみたい」
「じゃあ、俺の固有スキルの名前も変えてもいいの?」
「別にいいとは思うけど、どんなのにするの?」
陽那はお茶をすすり、ふぅと一息ついてから「固有スキル、三股男」と呟く。
結月も何か思いついたようでポンっと手を合わせる。
「三股する者」
アサカも二人に続いて言う。
「好色な者とかどうかな? イツキにぴったり!」
「……やっぱり変えなくていいです」
三人とも固有スキルの名前っていうよりは、俺をいじってるよね。
「俺の固有スキルの話はもういいよ」
これ以上三股と連呼されても辛いので、話題を変えようとしたら、アサカは話を元に戻した。
「そう? それでね、境地クラス以上の固有スキル持ちは少ないから、魂力の大きさこそが強さって考えている人は多いよ」
「だからダロスとかは、魂力をブーストする魔導器に頼って技量が低いのか」
「そうかもね、イツキ達と出会う前は私も自分の事をかなり強い方だって思っていたけど、支配者クラスの強さを初めて見たときは正直引いたからなぁ……」
「でも! 今や私も支配者クラスの固有スキル持ちで魂力も約6万! レジーナ最上級の強さの一人なんだよ!」
陽那がアサカをからかうように言う。
「私よりは弱いけどね」
「うぅー、それは分かってるよ!」
「ヒナ! ユヅキ! 今夜イツキと一緒に過ごすのを賭けて三人で勝負しよ」
「アサカ、今夜は私に譲ってくれるの?」
「負けるつもりはないよ!」
陽那と結月とアサカが勝負するようだ。俺達は訓練用フィールドに転移した。
* * *
三人は空中で向かい合っている。陽那は何も手にしていない。結月は魔刃のオーラを固めた刀を持ち、アサカは魔力を固めた槍を持って構えている。
月影、天照、イシュタルは使わない。使うと箱庭が壊れてしまいそうだからな……。
三人が魔力を開放して、せめぎ合っている。最初に動いたのは陽那だった。
「結月に勝てば、もう勝ったも同然だね!」
アサカに向かって巨大な氷壁を発生させて牽制しつつ、結月に閃光の束を連射し始めた。さらに巨大な火球を発生させ魔力を込めているようだ。
対する結月は閃光を躱し切り裂きながら、陽那との間合いを詰めていく。陽那は火球を圧縮して結月に向かって放った。結月の刀に宿る魔刃のオーラの輝きが一層強くなり火球を斬りつけた。
陽那の火球と結月の斬撃がぶつかり爆発が起こった。俺は障壁を作って爆風に耐える。
爆風がおさまり結月の姿を確認すると、刀と障壁が削られているようだったが結月は無傷だ。結月から青いオーラが噴き出したかと思うと、刀と障壁は瞬く間に修復された。
結月が陽那に斬りかかる。陽那も魔力を固めて刀を作り出し応戦する気だな……と思ったら結月の振り下ろした刀が陽那に当たり地面に叩きつけられてしまった。
俺は陽那の所まで駆け寄って抱き起こした。あれほど激しく地面に激突したのに、かすり傷程度しか負っていない。とりあえず治癒はしておくか。
「どうしたの? あんな風に陽那が負けるなんて珍しいね」
「いてて、なんか体が思うように動かなかった……」
アサカはしたり顔で陽那に言う。
「ヒナの周りの空気の密度を上げて空気抵抗を増やしたんだよ」
「くぅぅ、アサカの能力か……油断した!」
結月はフッと微笑むと、アサカに声を掛けた。
「アサカ、今日は楽に勝たせてくれないのかな?」
「どうかな? 私は大気を操って空気抵抗ゼロで動くけど、ユヅキには空気抵抗2倍で戦ってもらうよ」
「たったの2倍で私を止められるの?」
「空気抵抗を舐めちゃだめだよ。やってみれば分かる」
アサカは槍を構えて結月に攻撃を仕掛ける。二人は激しく打ち合っているが、ややアサカが優勢に見えるな。
「音速を超えるような速度で動いているんだから、空気抵抗の影響は大きいでしょ?」
珍しく結月の息が上がっているように見える。
「なるほど、理解した。普段よりも何倍も動きにくいね。強引に動こうとすると、魔力の消費が半端ない」
結月が納刀し構えて青いオーラを一気に放出したかと思ったら、抜刀してアサカに斬りつけた。
アサカは咄嗟にガードしたが、吹き飛ばされてしまった。
俺はアサカに駆け寄り抱き起した。アサカの障壁も相当強いようで。大した怪我は負っていなかった。多分ダロスとかなら、真っ二つになっているような威力なんだろうけどね。
「まさか魔刃のオーラで、私の魔力ごと空気を吹き飛ばして真空状態にするなんて……」
「大量の魔力を消費するから、何度も出来ない。アサカに勝つのも簡単では無くなったね」
「おだてなくたっていいよ。まだ私はヒナとユヅキよりは弱い。でも近いうちに必ず追い越すんだからね」
結月はアサカに笑顔を向けて「ん、分かった。お互い頑張ろ」と応えた。そして「さて」と前置きして俺の方を向き甘えた声を出す。
「ねぇ樹、MP回復して。アサカが強くなっていたから、全力出してMPが無くなっちゃった」
「ああ」と返事して結月に近づくと、俺の首に巻き付くように腕を回して、半開きの唇を俺の唇に押し付けてきた。
陽那とアサカがジト目で見つめる中、結月は遠慮なく俺に熱烈なキスをしている。ダメだ気持ち良くなってきた……。
唇を離した結月が俺に囁く。
「今夜が楽しみだね」
俺が結月の色香にあてられて呆けながら「うん」と頷くとアサカが割り込み抱き付いてきた。
「明日は遺跡探索なんだから、ほどほどにしないとダメだよ! それと私にもMP回復してよー」
俺はせがむアサカにもキスをした。
陽那は落ち込んだ様子で何も言ってこないので、背中から抱きしめて「陽那はMP回復しないの?」と聞いてみた。
陽那は「……する」と一言だけ答えたので、彼女の体の正面をこちらに向けてキスをした。
直接アサカの攻撃で負けた訳では無いけど、アサカの能力のせいで負けたのだから陽那が落ち込むのも仕方ないか。
上手く励ます言葉なんか浮かばないので、ギュっと抱きしめて背中をポンポンと軽く叩いた。
* * *
――そして夜。
結月は既にリビングのソファーに座って待っていた。
今日の格好は体のラインが出るぴったりとしたワンピース姿だ。青色……魔刃のオーラで具現化した服か、そう思うと鼓動が高鳴り体の下の方が熱くなるのを感じた。
「樹、そんなところからいやらしい視線を送ってないで、早くこっちに来てよ」
俺は促されるまま結月の隣に座る。結月は俺にもたれ手のひらを絡めるように繋ぐ。
「今日はどんな風にするの? 樹のしたいことならなんだってするよ」
結月はその整った顔を、わずかに紅潮させて俺の顔の間近に寄せた。
俺は「月影、こい」と瑠璃色の刀を呼び出して、両手で受けた。
「どうしたの? 月影なんか出して。ハッ、まさかそれを私の中に……。この鞘、結構太いけど入るかな……」
結月は俯きモジモジとしながら続ける。
「でも樹がそういうプレイがしたいなら……いいよ」
えっ? いいんだ。……いやいや、そんなことしたいわけじゃなくて。
「違うよ。二人で魔力を混ぜて月影に込めてみようよ。きっと気持ちいいだろうし、もっと魔力密度が上がるかもしれないよ」
「なーんだ、そっちか。いいよ、やってみよ」
俺達は部屋に行き、月影をベッドの横に立てかけて置いた。
そして、抱き合いながらベッドに横になって、二人の青いオーラを混ぜ合わせて月影に送ると、月影は青いオーラをどんどん吸収していく。
ああ、魔力を混ぜると気持ちいい。魔力を放出しながら唇を重ね、お互いの身体を撫で合い、深くつながった。二人の吐息が溶け合う音と、ベッドの軋む音が部屋に響いていた。
ほどほどにしないとダメだよ! と言われたような気もしたが、結局力尽きるまで、お互いの温もりを求め合うのだった。
* * *
――翌朝、今日は少し遅めに目が覚めた。
「結月、そろそろ起きよう」
俺の隣で可愛い顔で寝息を立てている結月を軽く揺すると、彼女の柔らかい胸部が揺れた。
結月はまだ目覚めない。少しだけ……と思いながら、顔を谷間に埋めてキスをした。
するとピクッと結月の体が動き、俺の頭は結月の両腕に捕まってしまった。
「寝てる女の子にえっちないたずらしてる。いけないんだー」
「嫌だった?」
「嬉しいに決まってるでしょ」
そんな甘い雰囲気で抱き合っているうちに、気分が高まってきて、二人は鼓動と温もりを深く確かめ合うのだった。