陽那と結月とアサカ(前編)
ひとまず一件落着でいいのかな……。四人で仲良く紅茶を飲みつつ、お菓子を食べながら談笑している。
アサカは時間の流れを速くした異空間『孤島』でモンスターをたくさん倒し、魂力が5万8千まで上がったこと、固有スキルが境地クラスに成長したこと、ルイさんに相手をしてもらって鍛えたことなどを俺達に話した。
「そういえば社長からイツキに渡しておいてって言われてたんだ」
アサカはそう言って、アイテムストレージから黒い槍と黒い刀を取り出した。
「この黒い槍と刀は、現在ウチの製品の中では最高の技術で作られているんだよ。魔力の耐性も高いから、イツキの力をより発揮できるはずって社長が言ってたよ」
「槍と刀、どっちにする? やっぱり私とお揃いの槍だよね!」
アサカは無邪気な笑顔で、黒い槍を差し出した。
「あ……ああ。そうだな」
ふと寒気を感じ結月を見ると、口元は笑っているものの目が笑っていない。
「ふーん、槍なんだー」
「いっ、いや、やっぱり刀かな。刀の方が長く使っているから愛着あるし」
途端にアサカは悲しそうな顔をする。
「私は短い付き合いだから愛着無いんだね……」
俺は「そんなことないよ!」と、慌てて取り繕おうとする。
それを見たアサカは、パっといたずらっぽい笑顔になった。
「冗談だよ。槍と刀の両方をイツキに渡すように言われてるよ」
「そ……そうか、ありがとう」
冷や汗かいた。冗談でも勘弁してほしいな……。
「もうこんな時間か。そろそろ帰るね。でもその前に今夜は誰が樹と一緒に寝るかをかけてじゃんけんしよう!」
陽那が言うと、結月とアサカは立ち上がり三人は向かい合う。真剣な目つきでじゃんけんを始める。陽那が最初に勝ち抜け、次に結月がアサカに勝った。
「よーし、今夜は私だ!」
「私は明日だね」
一番負けたアサカは文句を言う。
「うー、私はあさってか。二カ月もイツキに抱いてもらって無いのにー!」
陽那はアサカを窘める。
「さっきどさくさに紛れてキスしたからいいでしょ!」
「ううっ、あさってにはイツキとイチャつけるなら、我慢するか……」
アサカは肩を落としつつも、どうにか納得したようだ。
夏休み中ではあるものの、親の目もあるのでずっと箱庭に入り浸るわけにもいかない。一旦自宅に帰り夕食を取ってから、寝るときに箱庭に転移してくるという事をアサカに説明する。
「そういう訳で今日は解散。また明日箱庭に集合しよう」
「イツキ、お休みのキスして」
俺の前に来てねだるアサカに、ハグしてキスをする。するとアサカは「また明日」と言って転移して行った。
陽那と結月は湿った視線で俺を見つめ、何か言いたげだったが、俺は二人にも順番にハグしてキスをした。
「陽那はまた後でね。結月はまた明日」
俺は笑顔を作り、二人に手を振ってから自宅に転移した。二人とも本当は俺に文句の一つも言いたいんだろうな。今夜は陽那と、明日は結月と二人きりになるから、その時にしっかり文句を聞こう。
* * *
自宅に転移して、一通りやるべきことを終わらせた。
特にやることも無いし箱庭に行くか。俺は箱庭に転移してログハウスの陽那の部屋に行くと、陽那は不機嫌な様子で椅子に座っていた。
「本当はアサカと一緒に寝たかったんじゃないの?」
俺は陽那の方を向いてベッドに座った。そして、笑顔で自分の膝をポンポンと叩き「こっちにおいで」と膝の上に来るように促す。
「樹はずるいよ……。私を抱きしめたら、自分の言いなりになるとでも思っているんでしょ?」
陽那は顔をしかめ文句を言いつつも、俺の膝の上に対面で座る。俺は陽那の背中に腕を回し抱き寄せる。陽那はされるままに俺にもたれ掛かった。
「俺のわがままなお願いを聞いてくれてありがとう」
「そうしないと樹が落ち込むから……」
「樹はひどいやつだよね。私が樹のことを大好きって知ってるくせにそんなお願いしてさ。私が樹のお願いを断れないのを分かっているんでしょ?」
俺は陽那の頭を撫でながら「ごめん」と謝る。
「樹の『ごめん』も『ありがとう』も聞き飽きたよ。態度で示してよ。今ここで」
陽那の俺を抱きしめる力が増した。顔を見ると白い肌が赤みを帯び、目は潤んでいる。
「アサカも結月も忘れて、私だけに夢中になって」
「陽那……」
俺は陽那と唇を重ねる。
「はぁ……。やっぱり樹はずるいよ。キスしただけで私をこんなに幸せな気分にしてくれる」
陽那があまりにも可愛いことを言うので、俺は鼓動が一気に高鳴る。
べッドに押し倒し、抱きしめ何度もキスをした。陽那は蕩けた表情をしている。きっと俺も蕩けた顔をしているに違いない。二人で夢中になって求め合った。
* * *
――翌朝。
陽那は俺の腕の中で先に目が覚めていたようだ。陽那と目が合うと、甘えた声で俺に囁く。
「おはよ、樹。朝もしてくれるんだよね」
俺は陽那を抱き寄せてキスで応える。そしてぴったりと寄り添い、互いの鼓動を重ねた。
自宅に転移して戻って来た。身体の芯に快楽の余韻が残っているので、少しの間ぼーっとした。
しばらくして、のそのそと一階に降りていき朝食をとる。顔を洗い着替えた後、再び箱庭に転移した。
ログハウスには、まだだれも来ていないな。庭に出てアサカからもらった黒い刀を取り出し眺めた。
磨き上げられた高級車のような光沢のある刀身に、握り心地良く手になじむ材質の柄。虹刀よりも重い。
試しに魔刃を込めてみたかったが、今では俺でも魔刃を込めて刀を振ると地形が変わってしまうので軽く素振りをすることにした。
少しの間そうしていると、転移ゲートが出現しアサカが来た。
「イツキおはよー」と元気よく飛びついてきたので俺はアサカを受けとめたが、バランスを崩して倒れてしまった。
アサカは俺の上に乗って頬ずりするので、アサカの頭を撫でる。
アサカが俺の上に乗り甘えていると、陽那と結月が来た。陽那はアサカに押し倒されている俺を見ると半眼でため息を吐く。
「さっき私としたのに、もうアサカとイチャついてるの?」
結月の反応も冷ややかだ。
「今夜の私との分もとっておいてね」
「魂力が上がったことで、精力も上がってる気がするから心配しないで」
「皮肉のつもりだったのだけど……」
「う……」
やっぱり結月もわだかまりがあるよね。今夜しっかり話を聞こう。
俺とアサカが立ち上がると、陽那はアサカに声を掛ける。
「アサカ、今日は私と戦ってみない?」
「陽那、それはちょっと……」
俺が止めようとすると、陽那はアサカを煽るように言う。
「心配しないで。ちゃんと、ものすごーく手加減するから」
アサカは陽那の挑発に乗る。
「いいよ! 私だって少しはやれるようになったところを、イツキに見せてあげるね!」
訓練用フィールドに移動し、戦う陽那とアサカ。
手加減しているとはいえ、陽那の魔法の威力は凄まじい。開始直後にフィールドに響くアサカの悲鳴……。
アサカはダメージを受けてしまったようだ。ふらつきながら俺に歩み寄るアサカ。
「イツキ、抱きしめて怪我を治して……」
すると陽那がアサカの肩に手を当てる。
「私も治癒魔法くらい使えるよ」
アサカの怪我は瞬く間に完治した。アサカは涙目で「ヒナって鬼だね……」と俺に言うが、どうしたらいいか分からず苦笑いしていた。
結月は陽那に言う。
「今度は私とやろうか」
陽那が「いいよ」と応じると、結月はアサカを見る。
「アサカ、私と陽那の実力を見ておいてね」
「……うん」
陽那と結月が向かい合う。俺とアサカは巻き込まれないように離れる。二人が戦うと大災害が起こるようなものだ。俺は多重障壁を自分とアサカに展開する。
陽那は炎槍を三本出して、結月に放つ。結月は青い刀でそれを難なく切り払った。
それを皮きりに激しい攻防が始まった。
陽那の魔法と結月の魔刃の斬撃がぶつかると、大気が裂け轟音が響きわたり、地面が砕け散る。
二人は上空に飛び、青白いオーラの輝きと赤い閃光が何度もぶつかる。そのたびに飛散するエネルギーによって地面にクレーターは増えていき、激しい余波が離れたところにいる俺の障壁を吹き飛ばそうとしてくる。
その光景を見慣れている俺は、落ち着いて障壁を維持し続ける。アサカは驚き涙目で震えている。
「私、あんなのに戦いを挑んでたの……? 支配者クラスの固有スキルってこれほどだったなんて……」
「支配者クラスの固有スキルを得た直後は、ここまででもなかったよ。毎日のように鍛えたからこんなに強くなったんだ。アサカも頑張ればあの二人みたいに強くなるかもよ?」
「私も必死で鍛えて境地クラスに成長できたけど、あそこまでにはなれないよ……」
陽那と結月が戦い終え、俺の元に戻ってきた。あれほど激しく戦っていたにもかかわらず、軽く汗を流してきたかのようだ。アサカは俺の後ろにスッと隠れる。
それを見た結月が薄く笑った。
「別にアサカも強くないといけない訳じゃ無いよ。アサカが弱くても私が樹とアサカを守ってあげるよ」
陽那もアサカを挑発するように続いた。
「それもそうだね。魔導機兵とかが攻めて来たら私が守ってあげるから、アサカは弱くてもいいよ」
アサカはさっきまで涙目で震えていたのに、陽那と結月の言葉を聞いて闘志が湧いてきたようだ。
「ぐぐぐ……。ヒナとユヅキよりも強くなってやる!」
それを聞いた陽那はニンマリと笑う。
「そうこなくっちゃね。私が鍛えてあげるよ。境地クラスでもしっかり鍛えれば今よりもずっと強くなれるよ」
しばらくアサカは陽那にしごかれていた。俺は頑張れアサカ……と心の中で応援していたのだった。
陽那にしごかれたアサカが、バテて息を上げながら地べたに転がっていると、転移ゲートが現れルイさんが転移してきた。
「みんなで仲良くしているようだな」
「うちのアサカが世話になっているようだから、昼食は私がご馳走しよう」
陽那がそれを聞いて喜ぶ。
「やった! 久しぶりにルイさんのおごりだ」
俺達は転移ゲートをくぐり、お昼を食べに行くことにした。




