想いの強さ
――制御室に移動したルイ、ミリア、ガルフの三人。
ルイはミリアとガルフから、この異空間に転送されてからのことと、この施設には大量の魔導機兵とモンスターが保管してあることを聞いた。
突然、制御室に通信がつながりモニターの一つに男が映り話し出す。
「こんにちは、ルイ。何年ぶりだろうか、君は相変わらず美しいね」
ルイは表情を変えずに応じる。
「ピルロークか。そういうあなたは少し老けたようだな?」
ルイにピルロークと呼ばれた男は、余裕を感じさせる笑みを湛えたまま続ける。
「それはどうも。もう知っているかもしれないけど、私が君の会社や地球を攻撃した組織『パンドラ』のリーダーをしている」
「なぜ、あなたがそんなことをする?」
「私にも色々と事情があってね。手短に説明するのは難しいかな……」
「それよりも、君にお願いがあるんだ。私の部下でその施設を任せているダロスと、地球を攻撃しに行ったシェイドを返してくれないか?」
「その代わりと言っては何だが、その異空間とそこにあるプラント施設、それに既に完成している魔導機兵とモンスター全部をルイにプレゼントするよ。もちろん自爆装置のような罠は仕掛けていないから安心して使って欲しい」
「その異空間は古代遺跡の設備をそのまま使用したものではなく、私が設計し、我々の組織が作ったモノなんだ。我々は『孤島』と呼んでいる」
「どうだい素敵だろう? 君もその二人を管理するのは面倒だろうし、私としても魂力5万クラスの人材は惜しいんだ」
ルイは表情を変えずに思案する。そして答えた。
「いいだろう、二人の身柄はそちらに転送しよう」
(あの二人にそこまでの価値があるのか……? この異空間とプラントを建設するのには莫大なコストがかかっているはず、それに加えて1800体の魔導機兵と魂力5万級のモンスター12体と、魂力6万級のモンスター四体。どう見ても釣り合うようには見えないが、言葉に嘘は感じないな)
「パンドラの本拠地の座標もそこの端末を探せばあるから、いつでも遊びにおいで。君達と戦いたいと言う者が何人かいるので彼等が手厚い歓迎をしてくれるはずだ」
「何が目的だ?」
「一応、表向きには急激に勢力を伸ばしたシエラスと、その原因となったルイと地球を攻撃する悪の組織といったところかな」
「いくつかの協賛している国々から多額の支援を受けている。その資金で新技術の研究開発と戦力の増強を行っている。これからも、うちの魔導機兵と戦士がちょっかいを出しに行くから、相手をしてくれると嬉しい」
「それでは、今日はこれで失礼するよ」
通信が切れ、モニターも消えた。
ミリアが訝しげな表情で言う。
「何かと引っかかる物言いの奴だったな……質問にも答えてないし。この施設を異空間ごとくれるなんて気前がいい。結局何がしたいんだろう?」
ガルフはピルロークの真似をしながら軽くバカにする。
「悪の組織といったところかな。ってカッコ良く言うあたりが痛いな」
やはり表情を変えずにルイは言う。
「確かにな。モニター越しでは正確に思考を読むのも難しい。とりあえずダロスとシェイドは情報を引き出したらピルロークの元へ返すか」
「奴らのことで、今ここで出来ることは無い。それよりも外で樹とアサカがどうなったか気になる。早く様子を見に行こう」
ルイの言葉にミリアは拍子抜けする。
「社長、絶対楽しんでるよね」
これまで表情を変えなかったルイが、わずかに笑みを浮かべる。
「いや? 可愛いアサカが心配なだけだ」
* * *
ルイ、ミリア、ガルフが施設の外に出ると、地面には深い亀裂が走っており、まるで森そのものが切断されたようだった。
傍らでアサカが立っていおり、たくさん泣いたのか目は赤くなり腫れていた。
その光景に、ガルフは啞然として目を丸くしている。
「地面が割れてる!? どうやったらこんなになるんだ?」
ミリアも驚きアサカに問いかける。
「この惨状は……強力な魔導兵器でも使ったの?」
アサカは首を横に振った。
「イツキの恋人のユヅキが刀を軽く振るったらこうなった」
しかし、ミリアは地面にできた亀裂が、一人の人間にできる芸当だとはとても思えなかった。
「これをイツキの恋人が? とんでもない化け物だったみたいね」
アサカは目に涙をためたまま、無理に笑顔を作った。
「すごく美人で、すごく強かった。手も足も出なくて完敗だった。……イツキは記憶が戻って、恋人二人と地球に帰って行ったよ」
ミリアとガルフはアサカの目から、涙がこぼれ落ちるのを見て何も言えなかった。アサカはルイに抱きついて嗚咽をもらす。
「ルイ姐、私、強くなりたいよ」
ルイはアサカの背中を優しく撫でる。
「分かった。私が鍛えてあげるよ」
「ミリアとガルフは一旦シエラスに戻り、開発部の動けそうな者を連れてきてくれ。この施設を調べさせる」
「私はこの異空間の時間を加速させてアサカを鍛える。ちょうど高い魂力のモンスターも手に入ったことだしアサカに倒させる」
ルイの指示に、ミリアは嫌そうに顔をしかめる。開発部の連中は偏屈が多いので、ミリアは苦手としていたからだ。
「社長、面倒ごとを私に押し付けようとしてない?」
「私が行ってもいいが、アサカが魂力5万クラスのモンスターを倒すサポートを、ミリアとガルフでしてくれるか?」
ガルフは首と手を大きく振って無理だと意思表示すると、ミリアもそれに続く。
「えーっと、私の能力は戦闘向きではないので、一旦シエラスに戻ります」
渋々ではあるが、戻ることにしたミリアに、ルイは気遣うように声を掛けた。
「12日もこんなところにいたんだ。休んでからでもでいいよ」
ミリアとガルフは「はい」と返事して、転移ゲートに入って行った。
* * *
――制御室へ戻り時間加速を設定して戻ってくるルイ。
「始める前に、陽那と結月の強さを教えてあげよう。二人とも、支配者クラスの固有スキルを所持しており魂力は6万以上だ。その上一年間しっかり鍛錬を積み技量も高い」
「だが相手も人間だから、努力すれば必ず追いつける。二人とも箱庭に行く前は魂力は二桁だった。奇跡的な偶然が重なって今のように強くなったが、想いの強さがあったからこそだと私は思っている」
アサカは「想いの強さ……?」とルイの言葉を反復した。
「そうだ。一年前、魂力7万5千のモンスターを倒したときの樹の魂力は3万2千程だった。本来魂力が2倍以上もあるモンスターに勝つことは至難の業だ」
「しかし、命を懸けてでも陽那と結月を守りたいと強く願ったことで、固有スキルが成長し、自分より遥かに格上のモンスターを倒すことができた」
「その戦いで瀕死の重傷を負った陽那と結月は、たった一人でモンスターに向かっていく樹を見て、どんなモンスターにも負けない強さを願ったんだろう。結果、世界でも数人しかいない支配者クラスの固有スキルに成長していた」
「アサカの固有スキルは『水風系魔法の達人』だ。水魔法と風魔法を強化し、怪我を治せる希少な固有スキルだが、達人クラスと支配者クラスでは性能差が天と地ほどある。だからまずは境地クラスに成長させることが必須だ」
アサカの目に闘志が灯り、両手で槍を握り締めた。
「強さとイツキと一緒に過ごした時間は負けてるけど、イツキを好きな気持ちは誰にも負けない!」
「では始めようか。魂力5万のモンスターを開放するから、アサカ一人で倒して」
ルイは、バスケットボール大の魔導器のスイッチを押して放り投げた。
すると、魔導器が破裂し黒い霧が立ち込める。それが一か所に集まって、徐々に赤い四肢動物の形になった。
10mはある巨体に鋭い牙と爪を持ち、四肢は強靭な筋肉で盛り上がっている。そのモンスターはアサカを敵とみなして吠えた。
「さすがに魂力5万のモンスターが放つプレッシャーは重いな。でもユヅキに比べたら子犬に見えるよ!」
アサカは自分を奮い立たせて、モンスターに飛び掛かっていった。
こうして、アサカは時間を加速した異空間『孤島』で特訓を始めた。
アサカは魂力の高いモンスターを何体も倒し、更にはルイの指導の下、槍術と魔法を二か月もの間磨き続けたのだった。




