ちょろい子(後編)
――アサカの視点。
イツキに不意打ちでキスされてしまった。胸が熱くて、どうにかなってしまいそう!
ああ、イツキ大好き! 私って、やっぱりちょろい子なんだろうなぁ。
今日はずっと、イツキのでたらめな強さのことを考えた。
地球人の魂力は、本来とても低いはず。一年前の箱庭計画から鍛えたとして、魂力は6万を超え、さらにその高い魂力を使いこなすほどの技量になるなんて信じられない。
才能があったとしても、並大抵の努力では決してそうはならない。大事な人を守りたいという一心で、死に物狂いで頑張り続けたに違いない。
イツキの恋人は、イツキにそう思わせるくらい素敵な人なんだろう。私が間に割り込む隙なんてきっと無い。
そう考えると、吐きそうになるほど気分が悪くなった。
でもさっきイツキは、私の方がいい女だったら、私に乗り換えるって言ってくれた。
私の魂力は3万6千。しかも希少な怪我を治せる魔法も使える。さらに槍術にも自信がある! これは勝ったな……。
施設に戻ると制御室に行き、探索の結果をミリアに報告する。
私の報告を聞くと、ミリアはジト目で「ご苦労様」と私たちを労った。ガルフはその様子を生温かい目で見ている。
何も言わないのが、逆に腹立つんですけど……! ガルフを睨んでいると、ミリアに手招きされた。
なんだろうと思いつつ近寄ると、耳打ちされた。
「なに真面目に探索してるの? ちゃんと胸とか押し付けて誘惑したの?」
「だってイツキと二人きりだとドキドキして緊張するし……」
「イツキみたいなタイプは押しに弱いから、グイグイ行けばすぐに堕とせるはず。頑張りなさい」
そうは言っても、いざ二人きりになるとなかなか思うように行動できなかった。
そんな小声でのやり取りが終わってから、ミリアはイツキを見た。
「イツキ、お腹すいたでしょ? 食事にしましょう」
四人で食堂に向かいながら、私は拳を強く握った。
次のチャンスは必ずモノにして見せる。そう意気込むのだった。
* * *
――樹の視点。
食事が終わると、二人で部屋に戻った。
部屋に入った途端、アサカは俺に抱きついた。
「今日はするよね」
アサカの目は、腹をすかせた獣みたいだ。俺もアサカとならしたいが、心の奥で何かが引っかかる。
「アサカは何か慌ててるの?」
「慌ててるよ。一刻も早くイツキを堕とさないと……」
俺の問いにアサカは瞬時に答えるが、歯切れが悪い。
「堕とさないと?」
「……何でもない」
「するかどうかはともかく、今日は半日森の中を歩き回ったからシャワー浴びて着替えようか」
アサカは頷き、交代でシャワーを浴びて来た。
着替え終わった俺達はベッドに並んで座り、腕を組んで指を絡めて手を握っている。アサカの体温と香りが伝わってくるせいで俺の心音は速い。
「イツキから見て私って綺麗なんでしょ?」
「うん、とっても」
「なんで襲ってこないの?」
「え?」
「ミリアが前に言っていたんだ。男はみんなケダモノだから、襲われないように気を付けなさいって」
「その辺は……そうかもしれないけど、男にも色々いるよ。俺はどちらかというとヘタレなのかも」
「会ったその日にえっちなキスしたのに?」
「う……、俺もケダモノだね」
「ねぇケダモノさん。またあのキスしてよ」
俺はアサカの希望通りに押し倒してキスをした。
お互いの背中に腕を回しきつく抱き合ったまま何度もキスをした。アサカは顔を真っ赤にして俺を見つめている。俺の鼓動もさらに速くなっていく。
俺の背中に回したアサカの腕が一度緩んで、俺の首を抱きしめる。
「イツキ、しようよ……」
「アサカ……、でもこのまましたら出来ちゃうよ」
「……それは困る」
アサカは俺の腕の中からもぞもぞと這い出して、スマホを手にする。
「ミリアに持ってないか聞くよ」
アサカはミリアにメッセージを送る。少ししてミリアから返事が来る。
「説明するの忘れてた。スマホの機能で展開する防御フィールドに、避妊の効果を持たせることが出来るよ。明日説明するね」
そのメッセージを見ると、アサカはあからさまにがっかりした。
「せっかくイツキがその気になったのにー! もういい今すぐしよ!? 私、元気な赤ちゃん生むよ!」
「アサカ、落ち着いて。赤ちゃんできても育てられないでしょ」
俺はアサカを抱き寄せて頭を撫でる。
「まだしばらくこの空間にいるんだから、また今度にしよ」
「ううぅ、じゃあイツキと一緒のベッドで寝てもいい?」
「いいよ」
俺達は手を繋ぎ一緒のベッドで横になった。
* * *
――アサカは目が覚めた。
この空間は昼夜が無く常に昼のように明るいので、窓から入ってくる光では時間が分からない。
アサカがスマホの時刻を確認すると5時24分。起きて行動をするには少し早い時間だったが、彼女は上体を起こして頭を抱える。
「嫌な夢見た……。イツキが彼女とイチャついて私を置いていく夢……」
アサカの隣では樹がスースーと寝息を立てている。樹の寝顔を見つめていると、少しづつ胸が高鳴ってくる。アサカは樹の唇に自分の唇を合わせようと、そっと顔を寄せた。
すると、アサカは樹の両腕に捕まり抱きしめられてしまう。
「え? ちょっと、イツキ起きてるの?」
しかし樹は目をつむったまま、先ほどまでと変わらずスースーと寝息を立てている。アサカが驚いていると、樹はアサカに頬ずりを始め、手がアサカの体を撫で始めた。
「あぁそんなところ……触られたら……」
* * *
――俺が目を覚ますと、アサカを抱き枕の代わりにして抱きしめていた。
アサカは俺の腕の中で、顔を真っ赤にしてハァハァと肩で息をしていた。
「おはよ、アサカ。どうかしたの?」
「イツキに撫でられて気持ち良かった……」
「俺も気持ちよく眠れたよ」
この状態は完全に言い逃れできないよな。俺、彼女いたらどうしよう。腕の中で金髪碧眼の美少女が蕩けている多幸感と、得体のしれない不安な気持ちが頭をよぎった。
まぁ、その時はその時か。俺はアサカの頬に軽くキスをしてから起き上がった。
二人で食堂に行くとミリアとガルフがいた。アサカはミリアにスマホを差し出し、設定をしてもらっているようだ。
しばらくすると設定が終わったようで、ミリアはアサカにスマホを返した。
「これで好きなだけやってもできないよ」
アサカは嬉しそうに笑っている。
「よし! 食べ終わったらすぐやろう」
「待ちなさいアサカ、その前に今日はイツキに鍛えてもらいなさい。二人で汗を流せば二人の距離がより近くなるはず」
アサカは少し不満そうだったが「分かった」と頷いた。
その後、食事をしながら俺はミリアに話しかける。
「ミリアとアサカって仲が良いね。姉妹みたい」
ミリアは俺の問いかけに笑顔で返す。
「そうね、血はつながってないけどアサカのことは妹のように思っている」
「私達三人は、昔住んでた街がモンスターに襲われて孤児になってしまったの。それ以降は三人でいることが多かったから家族みたいに思っているのよ」
「社長は幼かった私達を引き取って面倒を見てくれた。今では社長って呼んでいるけど、昔はルイ姐って呼んでたのよ」
ガルフも昔を思い出しているようだ。
「その時モンスターを倒してくれたのも、ルイ姐だったんだ」
「イツキも強いがルイ姐の強さも相当だぞ」
今では明るい雰囲気の三人だが、昔は大変だったんだなと俺は感心した。
「そうだったのか……三人とも苦労していたんだな」
「苦労? 社長もミリアもガルフも優しくて頼りになるから楽しいことの方が多いよ」
アサカは笑顔で俺の言葉を打ち消した。
食事が終わると、ミリアが亜空間収納から槍を二本出してアサカと俺に手渡す。
「訓練用の槍だよ。アサカを鍛えてあげて」
俺は頷きアサカと二人で外に出て行った。
お互いに槍を持って組み手をしてみた。アサカは槍の扱いに長けているようで動きがとても滑らかだ。しばらくやっていると、俺は槍の戦い方を覚えられた。
「さすがイツキだね。もう槍の戦い方がさまになってるよ」
アサカに褒められて、つい頬が緩んでしまう。
「アサカは槍に魔法を込めないの?」
「できないことは無いけど、難しいから槍だけで戦うよりも弱くなってしまう」
「得意な魔法ってある?」
「水が一番得意かな。次に風」
水と風の魔法か。俺は試しに水の魔法を込めて槍を一突きした。
すると槍の突きの威力が上乗せされて、高圧の水流が射出する。俺の放った水流が木々を薙ぎ倒していった。
次に水と風の魔法を込めて槍を振るった。水と風でできた刃が、地面ごと広範囲の木々を切り裂いた。
「こんな感じでやってみたら?」
アサカは呆れたのか、半眼で俺を見ている。
「そんなの簡単にできるわけないでしょ。簡単にやってしまうイツキが凄すぎるんだよ」
「今ではイメージするだけで当たり前のようにできるけど、必死で練習したような気がする。頭では覚えてないんだけど、体が覚えてるのかな……」
するとアサカは、槍を握り直した。
「そうか……。やってみる」
その後、アサカは水魔法を槍に込めて俺と組み手をした。アサカは一生懸命やっているので、魔法を槍に込めて戦うのも慣れてきたようだ。
「だいぶ上手くなってきたでしょ」
「うん、アサカならできるようになるって思ってたよ。アサカは突きが特に鋭いから、それを磨いていくといいかも」
「突きか……。分かった頑張る!」
昼休憩を挟みつつ一日中二人で練習した。
水魔法を槍に込め、突きと同時に水流を撃ち出す技が、威力も速さも申し分ないほどに仕上がった。今後はダロス程度の相手になら、遅れをとることは無いだろう。
「たった一日でずいぶん上達したね」
「惚れなおした?」
「うん、頑張ってるアサカも可愛いよ」
「……じゃあご褒美頂戴」
そう言って顔を少し赤らめながら、口をとがらせるような仕草をするので、俺はアサカと唇を合わせた。
アサカのことを愛おしく感じる気持ちが強くなるにつれ、俺の胸の奥の痛みが薄くなっていくような気がした。
二人とも汗だくだったので、夕食の前にシャワーを浴びてきた。その後、食堂に向かう。
食事中に上機嫌のアサカにミリアが声を掛ける。
「うまくいったみたいだね」
「うん、イツキと二人の特訓は楽しかった。それに槍術も魔法も上達したよ」
「良かったね」
アサカが嬉しそうに話すので、ミリアも嬉しそうだ。夕食後、俺はアサカと手を繋ぎ部屋に戻った。
部屋に入るとアサカは俺に飛びついてきた。
「イツキ、今日こそは……」
「もちろん。でもアサカは俺なんかとホントにいいの?」
「私はイツキが大好き。イツキがいいの!」
「ありがとうアサカ。俺もアサカが大好きだよ」
俺はアサカをお姫様抱っこでベッドまで運びべッドにゆっくりと下ろした。そしてアサカに覆いかぶさり唇を重ね抱き合った。
そして、二つの影は一つに溶け合っていった。
アサカは俺に寄り添って微笑む。
「イツキもちょろい子だよね」
「うん……そうだね」
そんなやり取りも、俺の心を満たしてくれるような気がしたのだった。