ちょろい子(前編)
目が覚めて、俺はスマホの時刻を見る。今の時刻は6時54分か……。
この異空間に夜は無くずっと明るいままだ。時間の感覚が狂ってくるので、スマホの時刻をあてにして生活することにした。
俺だけはアサカ達三人と違うところから転送されたので、スマホの時刻が違っていた。なので、みんなのスマホと時間を合わせてある。
アサカはもう起きていて、俺が起きたことに気が付くと「おはよ、イツキ」と微笑んだ。
俺も「おはよ」と返して、ベッドから下りて顔を洗った。
アサカに朝食に行こうと言われて、食堂へ向かことになった。なんとなくアサカがそわそわしているので「どうしたの?」と聞いてみた。
するとアサカは頬を染めて少し俯き、小さな声を出した。
「あの……手とか繋いでもいいのかな?」
俺はアサカの可愛い表情にドキッとするが、平静を装い笑顔で手を差し出す。
「いいよ、繋ごうか」
アサカの表情が明るくなり、俺に近づき手を握る。
「なんか、ドキドキするね」
アサカの屈託のない笑顔に、俺も胸が高鳴っていた。
食堂に入ると、ガルフが食事をしていた。彼は俺達にすぐ気が付き、軽く手を挙げる。
「おはよう、お二人さん」
アサカがあたりを見渡した後に「おはよう、ミリアは?」と返した。
「制御室で作業しながら食べてるよ」
「ふーん、頑張るなぁ」
俺達も隣の食糧庫から、適当に食べる物を持ってきて席に着く。するとガルフが力なくぼやいた。
「ミリアがうまくやるまで、俺達はやることが無いな……」
やることが無い時、俺はいつも何していたんだろう? と考えると、無意識に俺の口から言葉が漏れた。
「鍛える?」
ガルフは興味深そうに目を輝かせて、身を乗り出してきた。
「イツキが相手してくれるのか? 頼む!」
食事を済ませた俺達は、鍛える為に建物の外に出た。
* * *
俺とガルフは、軽く準備運動をして向かい合った。
「ガルフは素手なんだね」
「おう、俺は拳闘士だからな!」
「俺も素手を試してみるよ。ガルフは昨日みたいに、赤いオーラを出して本気できて」
「……よし、遠慮なくいくぜ」
ガルフの全身から赤いオーラが立ち込める。ガルフが力強く地面を蹴ると、一瞬で俺の前に迫った。
ガルフは次々と拳や蹴りを繰り出してきたが、俺は一つ一つを躱し往なす。拳闘士の体の使い方が手に取るように把握できる。なるほど、分かってきたぞ。
「こっちからも行くよ」
俺は拳に青いオーラを纏わせる。そして、ガルフの動きを真似しながら、拳や蹴りを繰り出していった。
それを見たガルフは、目を見張って声をあげる。
「たったあれだけ組み手をしただけで、完全に俺の動きを真似できるとは……。魂力だけじゃなくてセンスもあるみたいだな」
しばらくガルフと組み手をしていると、先にガルフがバテた。
「ルイ姐と稽古してるみたいだ。まるで実力の底が見えない」
ガルフが息を上げてそう言っているのを聞いて、俺は拳や蹴りを素振りしながら応える。
「ガルフの戦い方、面白かったよ。まだ俺も強くなれそうだ」
ガルフは「はは……」と乾いた笑いをしていた。
離れて見ていたアサカが、俺に近づいて来た。
「イツキはそんなに強いのに、まだ強くなりたいの?」
「うん、大事な人を守りたいんだ」
アサカは視線を落とし、体の前で両手のひらを組みモジモジと動かしている。
「わ、私とか?」
「もちろんアサカは俺が守るよ。……他にも守らないといけない人がいたはず」
俺が自分の頭に手を当てて考えると、アサカは慌てて話題を変えた。
「そういえば昨日、魔導機兵と戦っているとき強力な障壁を作っていたみたいだけど?」
俺は風、氷、岩の魔法を同時に発動して障壁を作って見せた。ガルフはそれを見て感心しているようだ。
「一度に三種の魔法を一瞬で体の周りに展開するとは器用だな」
アサカは小声でブツブツ言いながら考え事をしている。
「……。魔法の精度と発動の速さが普通じゃない……」
ガルフは手に赤いオーラを込めて、俺の障壁にそっと触れた。するとその手はバチンと弾かれた。
「かなり強力な障壁のようだな。俺には真似できそうにない。イツキは剣技も魔法も上手なんだな!」
ガルフがあまりに褒めるので少し照れる。
「無意識で出来るから、いつもやっていたんだと思う」
アサカはずっと真剣な顔で考え事をしている。
「アサカ、どうかしたの?」
「ううん、何でもないよ。イツキは相当練習したんでしょうね。かなり難易度の高い技術だよ」
アサカも笑顔で褒めてくれたが、どことなく陰りのある笑顔のように感じた。
* * *
そろそろお腹もすいてきたので昼食にする。食堂に行くとミリアもいた。ガルフがミリアに尋ねる。
「お疲れさん。調子はどう?」
ミリアは首を横に振り、ため息を吐いた。
「やはり、時間が掛かりそうね」
「そうかー。ここから出る前に、暇すぎて死んじまうかもな!」
冗談を言いながら笑うガルフに、ミリアは真顔で返す。
「やることがなかったら、この施設を隅々まで調査しておいて。後で社長に報告したいから」
「……分かった」
ミリアの指示に頷き了解するガルフ。続けてアサカと俺にも指示をする。
「アサカとイツキは外の森を見回ってきて」
「森を?」
「そう、森を徘徊している魔導機兵を停止させたから一応確認してきて」
「分かった」
というわけで、アサカと俺は外の森を探索することになった。
アサカと二人で森を歩いている。
アサカは俺の手を握っているが、口を開こうとはしない。何かを考えているようだ。
不意にアサカがギュっと俺の手を握った。彼女の表情は沈んでいて、元気が無いように見える。
「アサカ、気分が悪いの?」
俺の問いかけに、アサカは首を振った。
「もしイツキに付き合っている彼女がいて、その子を思い出したら、私のことは忘れちゃうよね?」
「忘れたりしないよ。でも二股になってしまうな……」
「私の方がいい女だったら、私に乗り換えてくれる?」
「……そんなことをしたら、俺は人でなしなのでは?」
アサカの表情がさらに曇る。俺は慌てて「でも、考えておくよ」と思わず口にしてしまった。
するとアサカの表情は一気に明るくなり笑顔になった。俺はホッとしたが、とんでもないことを言ってしまったと思った。
アサカは無言でニヤニヤしている。
しばらく二人で森を探索していると、何体か魔導機兵を発見した。近寄り確認すると停止している。ミリアに言われた通り、一応確認したから任務完了かな?
でも、その後もなんとなく森の中を二人で手を繋ぎ歩いていた。
この異空間は、どこまでも森が続いているかのように見えるが端があった。ある程度進むと森の風景が続いているものの、見えない壁がありそれより先には進めない。
しばらく見えない壁に沿って歩いた後、アサカがスマホのマッピング機能で確認すると、この異空間は半径10kmほどの広さの円形らしい。
高い塀に囲まれた施設は、この空間の中心にあるみたいだ。
辺りはまだ昼間のように明るいが、時刻は18時を過ぎている。
「そろそろ帰ろうか」
アサカが言うので俺は頷く。するとアサカはハッと思い出したように声をあげた。
「せっかくミリアが私とイツキを二人きりにしてくれたのに、必死に探索しすぎてイツキを誘惑するのを忘れてた!」
「アサカ……。声に出てるよ」
アサカはコホンと咳払いをする。
「……というわけだからイツキ! イチャつこう!」
「俺達は同じ部屋なんだから、ここでイチャつかなくてもいいのでは?」
「部屋でたっぷりイチャついてくれるの? よし! 早く帰ろう!」
「アサカは空飛べるの?」
「もちろん飛べるよ」
「じゃあ帰りは飛んで帰ろうか」
アサカがあまりにも真っ直ぐに、好意を向けてくれるので可愛いと思ってしまった。俺はアサカの手を握り、抱き寄せて軽くキスをした。
俺の不意打ちに、アサカは目を丸くして顔を紅潮させていたが、構わず手を繋いだまま空中に浮かびあがった。俺達は空を飛んで高い塀に囲まれた施設に戻って行った。




