恋人 (仮)
ダロスから一通り情報を引き出した後、ミリアはすっと立ち上がった。
「さて、次はこの施設を案内してもらいましょうか?」
ダロスはいかにも不服そうな顔で不貞腐れている。やはり力ずくで従わせるか。俺が刀を抜こうとしたら、ミリアはそれを制止した。
「その前に拘束させてもらうわね。アイテムストレージは使えないから、亜空間にしまってあるのを使うか」
ミリアは手を前に突き出すと、肘から先が消えた。そして、タンスの中を探るように腕を動かした後、手を戻すと肘から先が現れ、テニスボール程の大きさの魔導器を持っていた。
これがミリアの固有スキルか、不思議な能力だな……。
ミリアは取り出した魔導器を使用すると、触手のように動く帯が魔導器から伸びて、ダロスの両手に絡みつき後ろ手に拘束した。ダロスは渋々施設の案内をすることになった。
まずは施設の制御室に行った。PCが複数あり、壁面の大きなモニターには施設の各所が映っている。ミリアは端末の前にダロスを呼んで命じる。
「魔導機兵を転送するのを中止しなさい」
「……分からん」
俺はダロスをじっと見る。どうやら嘘はついていないように感じる。ガルフも同様にダロスをじっと見つめている。
「本当に知らないみたいだぜ」
ミリアは「仕方ない、自分でするか」と軽くため息を吐いて、制御室にある端末の操作を始めた。しばらくしてミリアは俺達に言う。
「魔導機兵の転送は止めたわ。後はここから脱出する為の転移ゲートを開通できるかどうかと、時間の加速を止めることができるか調べるね」
「頼む。その間に俺達は居住施設と食料庫を見てくる」
ガルフがミリアにそう返した後、俺達は制御室を出た。ダロスに案内させ食料庫に行くと、大きな冷凍庫と冷蔵庫が完備してあり、大量の食糧が保存されていた。さらに隣接して厨房と食堂も設置してあった。
施設のスタッフが泊まるための部屋は、二人部屋が三つあり、それぞれにシャワーとトイレが設置されていた。
一通りこの施設を見て回り制御室に戻ると、ミリアはまだ端末を操作して、何かの作業をしているようだ。
「ここから、レジーナに転移ゲートを新しく開通させるのは無理みたいね。敵の本拠地に転移は出来そうだけど行ってみる?」
ミリアの問いかけに、ガルフは「やめとく」と首を横に振った。
「まあ……そうだよね。とりあえず敵の本拠地から強いやつが転移してきたら面倒だから、転移してこれないようにしておいたよ」
「時間の流れの加速を止めるには、ロックを解除しないといけない。時間の流れがレジーナと同じになれば、社長のことだから1~2時間くらいでにここに転移ゲートを開通してきてくれるはず」
「スマホを使って解析しているけど、ロックを解除するには2週間はかかりそう」
2週間もここから出られないのか……。なんだろうこの感じ、俺は焦っているのか? なぜか落ち着かない気分だ。
「ダロスは捕虜にして、社長に情報を引き出してもらおう」
ミリアはそう言うと、再び魔導器を亜空間から取り出してダロスに使用した。
ダロスは全身を帯状のものに覆われて、亜空間に収納されてしまった。ミリアの説明では冬眠状態になっているとのことだ。
「お腹もすいているだろうから、食事にしましょうか」
食料庫から適当に食料を持ち出して食堂で食べながら、ガルフがこの施設のことをミリアに説明している。
泊まる部屋の話が出たところでミリアが口を開いた。
「部屋が三つか……。一つはガルフで一つは私ね。残りはアサカとイツキでいいね」
「俺が女の子と同室なのはまずいのでは?」
ミリアは「問題ないでしょ。恋人なんだし」と微笑むので、俺はアサカに視線を向ける。
「アサカはそれでいいの?」
アサカは何とも思っていないといった様子で「別にいいけど?」とサラリと答えた後、ミリアに近づき、コソコソと何かやり取りしている。
二人は俺を見ながら、何か楽しそうに話をしている。俺はなんとなく気まずいので、目を逸らした。
しばらくすると、アサカは「うん、頑張る!」と元気に声をあげた。
……アサカは、一体何を頑張るつもりなんだ?
* * *
食事も終わり部屋に行こうとすると、ミリアが声を掛けてきた。
「アサカもイツキも服がボロボロだから、適当に着替えを出してあげるね」
亜空間から袋を二つ取り出し俺とアサカに手渡した。中にはいろんな服が入っているようだ。
俺とアサカは「ありがとう」と言って、二人で部屋に向かった。
部屋に二人で入り、二つあるベッドのうちの一つに腰掛けて黙って考え事をしていると、アサカが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「イツキ、私と同じ部屋じゃ嫌かな? ミリアに言って替えてもらう?」
「嫌じゃないよ。アサカは綺麗だし、男の俺としては嬉しい……はずなんだけど」
「私が綺麗!?」
アサカは目を見開き驚いたようだが、目を輝やかせて喜んでいるようにも見える。
「うん、アサカは綺麗だと思うよ。ただ、俺はすごく悪いことをしているみたいで、なんか後ろめたくて……」
アサカはそれを聞いて少し考えている。そして俺の隣に肩が触れる程近づいて座り、上目で話しだした。
「私、キスしたの初めてだったんだ。MP回復のためとはいえ、会ったばかりの人に2回もキスされちゃった。しかも2回目は、えっちな感じのキスだったし」
「うっ、ごめん……」
「謝らないで。でも、責任取って私の恋人になってね」
アサカは微笑んで、俺にもたれかかる。俺が何も言えずにいると、アサカは拗ねるような口調になって続けた。
「私にあんなキスしておいて、恋人にしてくれないの?」
「……俺、もしかしたら、付き合っている人がいるかもしれない。思い出せないけど、もしそうだったらアサカと付き合うと浮気になってしまう」
「なら、思い出すまでの間の恋人(仮)でいいから」
「アサカ……」
「私はイツキが好き。イツキは私のこと、好きなの? それとも嫌い?」
「それは好きだけど……」
「じゃあ、決まりだね。よろしくね!」
上手く言いくるめられたような気がする。アサカは俺に抱き付き甘えた声を出した。
「早速だけどキスして。あの濃厚なキス」
俺はどうするか迷った。しかし、胸を押し付けて俺の腕に抱き着き、キスを迫る美少女の誘惑を拒否できずに、そっと唇を重ねてしまった。
アサカの両腕が俺の背中に周り、きつく抱きしめてきたので俺はアサカを押し倒して抱きしめる。合わせている唇もより密着させ、お互いにを口の中を絡ませて撫で合った。
唇が離れるとアサカは頬を染めて目は潤んでおり、息を荒くして呟いた。
「気持ちよすぎてダメになりそう……」
もちろん俺も同じだが、なぜか不安が湧いてくる。泥沼にはまって足が抜けなくなり、沈み込んでいくような感じだ。
いてもたってもいられなくなり、俺は立ち上がってアサカを見る。
「シャワー浴びてくるよ」
「そんな……、会ったその日にセッ……」
アサカがその言葉を言い終わる前に、遮るように俺は言う。
「ち、違うよ! シャワー浴びて頭を冷やしてくるね」
「あ……そうだよね。うん」
低めの温度でシャワーを浴びる。
アサカは魅力的な女の子だ。でも、何かが引っかかる。彼女とこのまま仲良くなるのは、だめな気がしてならない。
シャワーから出てきて、ベッドに横になると、今度はアサカがシャワーを浴びに行った。アサカは出てくると、横になっている俺に声を掛ける。
「イツキ起きてる?」
「うん」
「私、イツキとその……するのが嫌なわけじゃないからね」
なにを? と誤魔化すのも白々しいと思い返答できずにいると、アサカが「おやすみ」と言ってきたので、俺も「おやすみ」と返事をした。
何だろうこの感じ……。以前にもあったような気がする。心の奥がズキズキを痛み、何かを思い出せそうで思い出せない。
そんなもどかしさを抱えながら、眠りについたのだった。
* * *
眠っている樹を眺め、考え事をしているアサカ。
「イツキに恋人がいるのは、スマホを見せてもらったから知ってるよ。それも二人も」
アサカはスマホを手に取って、メッセージを入力した。
「イツキが自分のスマホをよく確認したら、自分に恋人がいることを思い出してしまうかも。何とかならない?」
アサカは入力が終わると、それをミリアに送信してベッドに倒れ込む。
「イツキに恋人がいたって関係ない。記憶が戻る前に私だけに夢中にしてやればこっちのもんだ」
しばらくすると、アサカのスマホが振動し、返信がきたことを知らせた。
「イツキのスマホをハッキングして、恋人が表示されないようにしておいたよ」
スマホに表示されたメッセージを眺めながら、ニンマリと笑うアサカ。
「ミリア、ありがと。後は私が頑張ってイツキを堕とす……!」




