思い出せそう
アサカ達の元に着くと、アサカは血を流して倒れていた。地面はところどころ抉れて、煙が上がっている。ガルフとミリアも傷を負っているようだ。
ガルフたちが対峙しているのは、体格のいい中年の男だった。そいつは、上半身にベルトのような魔導器をたすき掛けにして装着している。
その男は、俺の姿に気が付くと自己紹介を始めた。
「俺様は、この空間とこの施設の管理を任されているダロスだ。よくも魔導機兵をたくさん壊してくれたな。ボスに怒られちまうだろうが!」
俺はその男を無視して、三人に近づき「大丈夫?」と声を掛けた。
ガルフは身体のあちこちに怪我をしており、肩で息をしている。
「俺は問題ない。アサカの怪我がひどい」
ミリアも怪我をしている。痛みのせいか、美しい顔を苦しそうにゆがめていた。
「あの男、かなり強い。私達三人がかりでも敵わなかった」
二人とも致命傷ではないが、まともに動けないだろう。
ダロスは楽しそうに叫び声をあげた。
「俺の魂力は魔導器によって増幅されて6万相当だ! お前らごとき束になっても勝てんぞ!」
ダロスは手のひらを俺に向けて、稲妻の魔法を放ってきたが、俺は即座に青いオーラで壁を作り防ぐ。
こいつの魔法の威力は、たいしたことない。あの子の魔法だったら、きっとこの程度の壁くらい、簡単に破っていただろう。
……あの子? 俺は誰のことを考えている?
俺が頭に手を当てて考えていると、ダロスは変わらぬ余裕の笑みのまま声を上げる。
「俺の魔法を防ぐとはやるな。いつまで耐えられるかな?」
ダロスは両手のひらを突き出して、再び魔法を撃とうとした。だが、俺は遊んでやる気など無い。少し本気でやるか。
「アサカの怪我が心配だ。大人しくしていろ」
地面を蹴るのと同時に風魔法で加速し、ダロスとの間合いを一気に詰めた。ダロスは全く反応できずにいるので、体に巻き付いている魔導器を右手の刀で斬る。
続いて、左手に持っている刀に氷の魔法を込めて振り下ろし刀の峰を叩きつけると、ダロスは地面にめり込んで氷漬けになった。
こいつもそれなりに魂力は高いようなので、この程度では死なないはず。でも、これでしばらくは動けないだろう。
ダロスを無力化して三人の所に戻った。アサカは血を流し浅く呼吸をしている。彼女が重傷なのは明らかだ。
胸の奥が軋んで苦しい。この感じ以前どこかで……。
考えていると、ミリアが俺に話しかける。
「怪我を治療できる魔法を使えるのはアサカだけ。このまま出血が止まらなければアサカは……。イツキの固有スキルでアサカを助けて」
「俺の固有スキルで治療できるの?」
ミリアは、先ほど俺のスマホを見て知った、俺の固有スキルの能力について説明をした。
俺の固有スキルは、恋人に設定した人物を、魔力を込めて抱きしめることで治療できるという。
アサカを恋人に設定すれば、治療できるようになるのか。どうすればいいんだ?
すると頭の中で音声が聞こえた。
「アサカ=クレハを恋人に設定しますか? Yes/No」
俺が心の中で「Yes」と返事すると「アサカ=クレハを恋人に設定しました」と頭の中で聞こえた。
これでアサカを治療できるはずだが……。俺はアサカを抱き起し、魔力を込める。すると、アサカの出血が止まり怪我が治っていく。
アサカは俺の腕の中で目を開いた。
「ひゃ、イツキ! 顔が近い!」
「アサカ、大丈夫?」
「だだだ大丈夫っ! イツキが治してくれたの? あ、ありがとう」
なぜか慌てるアサカにミリアが話しかける。
「落ち着きなさいアサカ。私達も怪我をしているから、イツキにMP回復をしてもらってから私達の怪我を治して」
ミリアの言葉を聞いて、アサカは怖々と俺の顔色を伺う。
「イツキ……。MP回復もして欲しいんだけど……」
前にもこんなことがあったような気がする。少し考えているとアサカが不安そうな顔で言う。
「MP回復ってキスだから、私にするのは……嫌だよね?」
「嫌じゃないよ。ただ前にもこんなことがあったような気がして……でも思い出せない。そんなことよりもミリアとガルフの怪我も早く治さないとね」
アサカの唇に軽く俺の唇を触れさせた。すると胸の奥がズキズキ痛む。何か思い出せそうだ。
「何か思い出せるかもしれないから、もう一回してもいい?」
「え、ちょっと、イツキ……。んっ」
俺はアサカに再び唇を重ね、いつもやっているように口をそっと開き深く入り込んだ。
しばらくして唇を離し、アサカを見ると頬を染めて、目を見開いていた。
「何か思い出せそうだったけど、思い出せなかった。アサカ、顔赤いよ。どこか痛むの?」
すると、アサカは呆けた顔で、ため息交じりに小声を漏らす。
「イツキは……こんな……。はぁ……」
よく聞き取れなかったので「ん?」と確認すると、アサカは「いえ、痛くはない……」と首をブンブンと横に振った。
「いつまでもイチャついていないで、早く治療をして欲しいのだけど」
ミリアの一言で我に返ったアサカは、慌てて俺から離れて、ミリアとガルフに治癒魔法を掛けた。
俺は胸の奥がズキズキ痛み、ものすごく悪いことをしてしまったような気がしていた。
アサカの治癒魔法によって、ミリアとガルフの怪我も完治した。さて、ダロスをどうするか? と思っていたらミリアに呼ばれた。
「イツキ、あの男にいろいろ聞きたいから、氷魔法を解いて」
俺は「分かった」と返事をして、氷魔法を解いた。ダロスはすぐに動き出そうとしたので、俺は刀の切っ先を突きつけ、全力で威圧を込めて睨みつけた。
「動くな。今からミリアが質問する。偽りなく答えろ。動いたり、嘘をつけば斬る」
ダロスは怯え涙目で返事をする。
「ひぃぃぃ、分かった! 分かったから殺さないで!」
ミリアは近くの倒木に腰かけ、ダロスに質問を始めた。
ミリアの質問にダロスは素直に答える。ガルフは固有スキルのおかげで、ある程度は嘘を見破れるらしく、ダロスからいろいろと情報を引き出せた。
この施設は魔導機兵とモンスターの生産プラントで、シエラスにあるアサカたちの会社『エルピス』を攻撃するために、2000体の魔導機兵を生産するのが目標らしい。
この空間は、限られた時間で魔導機兵を大量に生産するために、時間の流れを720倍にしているとのこと。
完成した魔導機兵は一旦ボスの元に転送し、その後エルピスを攻撃するためにレジーナに転送する予定だったようだ。200体は既にボスの所に転送済みらしい。
また、施設の外にある森には大量の魔導機兵が配置されており、エルピスの中で戦力の高い者を捕縛してここに転移させ、撃破する予定だった。
魔導機兵を製造するプラントそのものは、完全にオートメーション化されているので管理は不要であり、ダロスの実際の任務は、転送されてきた者たちを確実に倒すことだったようだ。
ダロスを尋問している間、ずっとアサカが俺をチラチラと見ているのを感じていた。
やっぱり、さっきのキスだよな? 何かを思い出せそうだった、なんて俺の都合だし、初対面の男にあんなキスをされて、不快だったに違いない。
後できちんと謝ろう。俺は深く反省したのだった。