記憶喪失
――樹サイド。
どこか分からない深い森に転送されて、頭から血を流しながら倒れる樹。
「ここは……? 陽那……、結月……」
樹は朦朧とする意識の中、想い人の名を口にして、そのまま意識を失ってしまった。
一人の少女が樹に近づく。彼女は治癒魔法を使用し、樹の怪我を瞬く間に治療した。
そして樹の手に、握られた刀を見て呟く。
「この刀、うちの製品だね。社長の言っていた地球人かな?」
* * *
目を覚ますと二人の女性と一人の男性が傍にいた。周囲は木々が生い茂っている。森の中か?
「気が付いたようね。私はアサカ、こっちはミリア、こっちはガルフよ。あなたは何者?」
アサカと名乗った、長い金髪で碧眼の女性。俺と同年代だろうか。
「俺は……イツキ?」
何も思い出せない。
ただ大切な人から「イツキ」と繰り返し呼ばれていたような気がする。それと、今すぐに何かをしなければいけないような焦燥感がある。
「記憶喪失? 頭部に大怪我していたから……」
ミリアと呼ばれた紫色の長髪の女性が、顎に手を持っていき思案している。俺よりも年上だろうな。大人の女性といった感じがする。
アサカはスマホを操作しながら仲間の二人に言った。
「でも端末の言語翻訳のモードが地球・日本語となっているから、社長の言っていた子で間違いないと思う」
そして、俺に視線を向けて続ける。
「私達は捕獲用の魔導器でここに転送されてきたんだけど、あなたもそうなの?」
「……分からない」
「しっかし強力な魔導器だったな。俺の力ではどうにもならなかった」
ガルフと呼ばれた、赤い髪の男性が顔をしかめて悔しそうにしている。良く鍛えられた体であることが服の上からでもわかる。年は俺よりも上だろうな。
右手の拳を左手の手のひらに打ち付け、悔しがっているガルフをミリアが諭す。
「おそらく、一年前に地球に転送されたモンスターを捕獲した魔導器ね。魂力7万超えのモンスターすら捕獲できるなら、私たちの力では到底抜け出せないわ」
突如ガルフの表情が険しくなる。
「敵の魔導機兵に囲まれたようだぜ」
ミリアの表情にも緊張が走る。
「数は?」
「11……12……13体だな。魂力は3万程度だろう」
アサカが目を見開き「そんなに!?」と声を上げる。
ミリアが俺に二本の刀を差しだすので受け取った。白い刀身が見る角度によって虹色に色を変える美しい刀だ。
「あなたもそれなりに戦えるのでしょう? この二本の刀はあなたが持っていた物よ。あれを倒すのを手伝って」
三人の表情が険しくなり、慌てているようにも見えるが俺は不思議に思う。魔導機兵と呼ばれた2m程の大きさの犬型のロボットに見えるモノ。
複数に囲まれてはいるものの全く脅威に感じない。……弱そうだな。
五体の魔導機兵が俺達向にかって火球を同時に吐き出す。三人は散開し回避行動をとるが、俺はいつもやっているように多重障壁を展開する。
火球は俺の障壁に弾かれ消える。やはり、大した威力ではなかった。
「あれを5発も食らって無傷だと?」
「強力な障壁を瞬時に発生させて防いだというの?」
ガルフが驚きの声を上げている。ミリアは感心しているようだ。
しかしのんびりと話している暇はなかった。
ガルフに向かって魔導機兵が襲い掛かる。紙一重で回避し、拳に赤いオーラを纏わせて一撃をくらわせた。
ガルフは「固ってーな」と文句を言いながら、追撃で拳から赤いオーラを砲弾のように数発飛ばし一体を破壊した。
アサカは槍を構えている。俺の刀と同じく虹のように美しい槍だ。
彼女は洗練された槍術で魔導機兵を攻撃し破壊するが、次々と襲い掛かってくる魔導機兵に徐々に押され始める。
そのうちの一体の魔導機兵が、アサカに向かって火球を吐き出そうとしている。回避が間に合いそうに無い。
その時、「俺が守るんだ!」という衝動が、胸の中に湧き上がる。
俺は風魔法を併用して跳び、吐き出された火球を刀で叩き落す。そして、アサカを攻撃をしていた魔導機兵を全て切り捨てた。
無意識のうちに右手に握る刀には青いオーラが、左手に握る刀には火炎が立ち込めていた。
「怪我は無い? アサカは俺が守るよ」
アサカは目を丸くして驚いているが無傷のようだ。ガルフもミリアも魔導機兵に囲まれているので、その全てを俺は切り捨てた。
襲い掛かってくる魔導機兵達を全滅させた後、周囲を探る。魔導機兵はもう近くにはいないようだ。
「ありがとう、イツキ。強いんだね」
「なんつー強さだ。助かったぜ。ありがとな」
「複数の固有スキルを所持している……? まさかね」
アサカとガルフが俺に礼を言う。ミリアはまじまじと俺を見つめて何かを考えている。
「いつまでもこんな所に居られないからな。空から周りを見てくる」
ガルフがふわりと舞い上がり、上空に昇っていく。しばらくすると、下りてきてとある方向を指差した。
「あっちの方角に壁に囲まれた施設があるぜ、魔導機兵を作っているプラントかもな。行ってみるか?」
アサカは俺に一歩近寄る。
「イツキの強さなら、その施設も制圧できるんじゃない?」
「さっきの強さの魔導機兵なら何体いても余裕で勝てるとは思うけど……」
ミリアは俺の言葉を聞いて、切れ長の目を僅かに見開いた。
「何体いても? ……この空間ではスマホの機能による転移ゲートが使えないし、アイテムストレージも使えない。ここにいてもじり貧だから行ってみましょう」
俺達は頷き、ガルフが指差した方へ歩きだした。
施設に向かって歩いていると、アサカが俺の隣に来た。
「イツキって強いね。どうやったらそんなに強くなれるの?」
「……思い出せない」
「そう……、そのうち思い出せるよ。無理しないで」
「ありがとう」
ミリアはそのやり取りを聞いて、スマホを取り出し俺に見せる。
「イツキ、あなたもこれと同じスマホを持っているんじゃない?」
俺はポケットを探ると、そのスマホと全く同じ物を持っていた。
「少し見せてくれない? もしかしたらあなたの手掛かりになるようなことが分かるかもよ?」
俺は「いいよ」と、スマホをミリアに渡そうとするがアサカが止める。
「ミリア、それはさすがにまずいんじゃない? イツキ、そんなに簡単に私達を信用していいの?」
「アサカとミリアとガルフは直感的に敵じゃないって確信があるし、アサカからは好意的な感じも伝わってくる」
するとアサカは、少し慌てたように声をあげた。
「なっ……、私がイツキをいいなって思ったのが分かるの? じゃなくて、えっと、その……」
言葉に詰まっているアサカを見て、ガルフは「自白してるな」とからかうように笑った。
ミリアも薄く笑って「アサカはちょろい子だからね」と頷く。
アサカは二人にからかわれて「うっさい!」と怒気を帯びた声を上げた。
俺は三人の仲の良さげな雰囲気に心が和んで、つい言葉が漏れる。
「俺は割と好きだよ」
アサカは俺の方を向いて目を見開いたので、俺は笑顔を作って続けた。
「三人ともいい人だと思うよ」
「なんだそっちか……」
アサカは肩を落としたように見えた。ミリアはそんなやり取りに興味は無いようだ。
「そろそろいいかしら?」
俺は頷きミリアにスマホを手渡すと、それをミリアが操作し、アサカとガルフはそれを見ている。
ミリアが目を見張って声を上げた。
「魂力62295!? まさか6万を超えているなんて」
アサカも目を丸くしながら、俺に視線を向けた。
「なにこの固有スキル? イツキ恋人いるの?」
ニタリと笑い「失恋、早かったな」と、からかうガルフの腹部に、アサカのパンチが命中する。
恋人という言葉を聞いて、胸の奥が痛む。大事な何かを忘れている気がする。俺は額に手を当てどうにか思い出そうとした。
しかし頭の中は、霧がかかったようだった。「思い出せない……」と漏らすと、アサカは何故か必死に訴える。
「思い出さなくていいよ。思い出さないで!」
「アサカ、落ち着きなさい。恋人の指定は複数可能なようだから、アサカにもチャンスはあるかもよ?」
ミリアは慌てるアサカを、なだめているようだ。アサカがスマホを見ながら、チラチラと俺の方を見てくる。
「キスでMP回復……」
「アサカ、どうかしたの?」
ハッとしたアサカは「何でもない!」と首をブンブンと振った。
その後、ミリアにスマホを返してもらい、再び施設に向かって歩き出した。森の中を歩いていると、度々魔導機兵達が襲い掛かってくるが俺が全て破壊した。やはり弱いので、なにも問題はない。
しばらく歩くと施設の外壁にたどり着いた。
その時、周囲に大量の魔導機兵に囲まれていることに気が付いた。
「魔導機兵に囲まれたな、ちょっと全滅させてくるよ」
アサカは心配そうに俺を見る。
「軽く言うけど大丈夫なの?」
「全く負ける気がしない。大丈夫だよ。ちょっと待てて」
俺は三人をその場に残し、魔導機兵を倒しに行く。
30体くらいだろうか、風魔法を併用して高速で駆け抜けながら、両手に持つ刀を振るい魔導機兵を切り捨てる。離れた場所の魔導機兵には、青いオーラの斬撃と火球を飛ばし次々と破壊していった。
俺の能力で探査できる範囲内の魔導機兵を全滅させたとき、アサカ達のいるあたりで爆発音がして煙が上がった。
俺は全速力でアサカ達の元へ向かった。




