まずい
――陽那、結月サイド。
陽那と結月の目の前で、樹が光の柱に捕らわれどこかに転送されてしまった。
陽那は大声で樹の名を呼び泣き崩れ、結月も歯を食いしばり悲痛な表情で呟いた。
「くっ、また守れなかった」
自責の想いで震えている結月にルイから着信があった。結月は電話に出て、いま起こったことを伝えようとする。
「ルイさん……、樹が……」
「そこで起こったことは、こちらでも把握している。ひとまずその転移ゲートに入ってくれ」
ルイがそう言うと二人の前に転移ゲートが出現した。二人は転移ゲートに入って行った。
転移ゲートを抜けた先は、応接室のような部屋だった。そこにルイが立っていた。
「ここはレジーナにある私の会社の一室だ」
ルイは陽那と結月に座るように促すと、説明を始めた。
「私の部下……、会社の私兵の中でも上位の強さを持つ三人が、シエラス辺境の地でモンスターの討伐をしていたところ、樹に使用された物と同じ魔導器と思われる現象で、転送させられてしまった」
「おそらく私の部下三人と、樹は同じ場所にいる。四人のいる場所は、箱庭のような異空間で時間の流れが速くなっているようだ。そのため、このスマホの機能を使っても連絡が付かない」
「既に座標は割り出したので、その空間に転移ゲートを開通するための作業をしている。一時間ほどで開通できるはずだ」
魔動機のスマホは、どこでも自由に転移できるわけでは無い。異なる空間に転移するためには、時空の壁を貫通ないといけなかった。
時空の壁を貫通し、転移できるようにすることを、ルイたちは開通と呼んでいた。
開通さえすれば、スマホで自由に転移できるようになるが、そのためには、山にトンネルを掘るように、大規模な設備と膨大なエネルギーが必要になる。
これらの設備の多くは、古代文明の遺物を解析し流用したものだった。
ルイの説明を一通り聞いていた陽那は、涙を浮かべた目を赤くしながらルイに質問をする。
「樹は無事なんですか?」
「魂の強度を観測した結果、無事であると思われる」
「「良かった」」
陽那と結月は安堵したのか表情が緩む。
その時、ドアが開き一人の男性が入ってきてルイに報告をする。
「敵襲です。5km南に転移ゲートが出現し、魂力3万程と思われる魔導機兵100体が転送されこちらに進攻しています」
男性の報告に対し、慌てる様子もなくルイは応じた。
「やはり来たか、私が出て殲滅する」
そして、陽那と結月を見て続ける。
「ウチの戦力で一番目と二番目に強い者は別件で動いていて留守だ。すぐに転移して戻ってくることもできない。三~五番目に強いものは先ほど説明した通り異空間に転送されている」
「なので魂力三万程度の魔導機兵とまともに戦える戦力は、私しかいない。二人とも悪いが手伝ってくれないか?」
陽那と結月は立ち上がって、手を強く握り締めた。
「ちょうど今、暴れたいと思っていたところ」
「私ひとりで全部切り捨ててやる!」
彼女達は、樹が無事であることが確認されたとはいえ、樹を守れず目の前でどこかに転送されたことを悔やみ、苛立ちを覚えていた。
怒りの矛先を向ける、ちょうどいい的が現れたと思っているのかもしれない。
三人で南に飛んで行くと魔導機兵が大量にルイの会社に向かっている。2m程の犬型の形状の物、人型で剣や槍や弓を装備した物、砲塔に翼が付いた飛行機のような物だ。
陽那と結月は怒りに任せて魔力を開放し、群がる魔動機兵に襲い掛かった。大地を揺らすほどの猛攻で、100体の魔導機兵は瞬く間に全滅した。
直後、転移ゲートがいくつも開いて、さらに魔導機兵100体が転送されてきた。
しかし陽那は、それに怯むどころか、魔力の出力がさらに上がった。
「まだ暴れ足りないと思ってたんだ!」
結月もそれに呼応するように、刀から噴き出すオーラの勢いは増すばかりだ。
「何体現れようが全て斬る!」
魔導機兵を全滅させた後、さすがの陽那と結月も息が上がっている。ルイは相変わらず涼しい表情だ。
「私一人では厳しかったかもしれない。陽那、結月、ありがとう」
「まだ転移ゲートが開通するまで時間がある。樹が捕らえた捕虜を尋問するか。二人ともついてくるか?」
陽那と結月が頷くとルイは転移ゲートを出現させ、三人でその男が捕らえられている施設に転移した。
スタッフに案内されて、とある個室に行くと、一人の男が捕らえられていた。両手両足に魂力を押さえ込むための魔導器がつけられている。
ルイは男に近寄って質問を始めた。ところがこの男は、ルイが何を質問をしても、目をつむったまま黙っていた。
しかしそれは、ルイにとってどうでもいいことだった。
ルイが質問をして、彼女の固有スキルの能力で男の思考を読むので、男が何も答えなかったとしても、関係なく情報を引き出すことができるのだ。
捕らえた男の名前はシェイド。ルイや地球を攻撃してくる組織の名は『パンドラ』。首謀者の名はピルローク。
ルイと昔一緒に仕事をしていた男で、ルイとの考え方が合わずに、会社から追放された男である。
ルイの部下三人と樹は、パンドラが作り出した異空間に転送された。その空間には、転送された者を倒すために、魂力3万の魔導機兵が大量に配置されている。
またそこには、魔導機兵を生産するプラントもあり、時間の流れを720倍の速さに加速させて魔導機兵を大量生産している。
一個でも魂力7万のモンスターを捕らえられるほど強力な魔導器を、三個も使用したせいで、樹は重傷を負っている可能性が高い。
その魔導器は作るのが困難なので、今回使用した分で無くなった。
地球に強力なモンスターを転送し、箱庭で育てた元プレイヤー達ごと壊滅させるのと同時に、ルイの部下で戦力の高い者を異空間に転送して倒し、主戦力を失ったルイに魔導機兵を2000体ぶつけて倒す計画だった。
それらのことが、ルイの固有スキルの能力で、シェイドから引き出された。
最後にルイはシェイドに質問をした。
「魔導機兵を2000体? 200体の間違だろう? 実際200体しか転送されてこなかったが」
シェイドは終始平静を装い目を閉じ無言を貫いていたが、ルイの言葉に反応して目を開けて狼狽えた。
「バカな、既に2000体の魔導機兵を転送する準備は出来ていたはず。何か問題があったのか……?」
魔導機兵が200体しか転送されてこなかった理由は、シェイドにとっても予定外だったようだ。
引き出せる情報は粗方引き出したので、三人はルイの会社に戻り、転移ゲートが開通するのを待つことにした。
三人が待っている部屋は、静まり返っていて重たい空気が漂っていた。
陽那は眉間にしわを寄せ、不安そうに口元を噛みしめている。結月も樹が心配でたまらないのか、眼を伏せ、指先をそっと組み合せている。
不意に結月が口を開いた。
「さっき戦ったのと同じ強さの魔導機兵なら、何体いても樹なら勝てると思う。けど、樹は怪我をしてしている……?」
結月の疑問にルイが答える。
「転送された私の部下のうちの一人、アサカが怪我を治癒する魔法が使える。仮に重傷でも治すことはできる。それに魂の強度を観測した結果、樹は元気である可能性の方が高い」
陽那が顎に人差し指をあて、目線を上にして考え事をしている。
「時間の流れが720倍速いってことは、一時間で……」
ルイは陽那の疑問にすぐに答えた。
「その異空間の中は30日経っていることになる。箱庭の時間加速と同じだな」
「30日も飲まず食わずなら、生きていられないんじゃ……」
「転送されている者のうちの一人、ミリアの固有スキルで大量の兵糧を固有の亜空間に所持しているから水や食料の心配は無い」
「スマホの機能のアイテムストレージとは違い、保存をしている物が劣化しない能力だ」
陽那は「便利な固有スキルですね……」とわずかに表情が緩む。結月は不安そうな表情のままでルイに尋ねた。
「あの……、転送された人たちの中に女の子っていますか?」
「三人のうち、一人が男で二人が女だ。そのうち一人が君達と同じ年頃だよ。見てみる?」
二人が頷くと、二人のスマホにルイの部下の三人の画像が送られてきた。陽那は送られてきた画像を一つづつ確認する。
「ガルフさんは男だからいいとして、ミリアさんは……美人だ。でも年上だから多分大丈夫……かな?」
結月は顔をしかめて、スマホに映っている美少女を見つめている。
「このアサカさんって子、美人だね……。ルイさん、この子って彼氏とか好きな人とかいるんですか?」
「いや、聞かないな」
陽那と結月の顔色が青ざめていく。陽那は肩を震わせながら言う。
「樹とこんなに可愛い女の子を一カ月も一緒に行動させたら……」
「「まずい!」」
陽那と結月はお互いに顔を見合わた。
そして、転移ゲートが開通した知らせを聞き、樹が飛ばされた異空間に三人は転移した。




