再び転送
――箱庭内の訓練用フィールド。
俺は空中でミスリルソードを両手に持ち、右手の刀に魔刃のオーラを込め、左手の刀に炎を纏わせる。
ルイさんが地上から俺に向かって掛かって来いとばかりに、手のひらをあおぐようにヒラヒラと動かす。
俺は右手の青いオーラが吹き出している刀を一振りして斬撃を飛ばした。
それなりの速度と威力のはずだが、ルイさんは難なくそれを刀を持っていない左手でかき消した。
その一瞬で俺は間合いを詰め、今度は左手の炎を纏った刀を振り下ろす。ルイさんは右手に持つ刀でそれを受け止め、即座に左足で俺に蹴りを入れてくる。
俺は魔刃のオーラと風、氷、岩の魔法で防御用の障壁を形成するも、止めきれずに食らい吹き飛ばされ岩にめり込んだ。
気が付いた時には、既にルイさんは俺の目の前まで移動していて、凄まじい勢いで斬撃を繰り出す。俺は両手に持った刀でどうにか捌きながら、岩魔法を使いルイさんの足元から岩の槍を突き出させた。
その瞬間、ルイさんの姿が俺の視界から消える。だが俺は視線を動かすことなく背後に移動したのを察知して、ルイさんの振るう刀を躱し、地面を蹴ってその場から離脱しつつ火の矢を撃った。
いくつかの火の矢がルイさんに命中し、次々と爆発が起きる。俺はそのまま連続で炎の矢を目一杯連射する。煙があがり視界は悪くなっていくが、そんなことは関係なく俺はルイさんを補足し魔法を打ち続けた。
突如、ゾクリと悪寒を感じ身構えた。
ルイさんの放つ巨大な火球が、とんでもないスピードで複数飛んできて俺に命中し、勢いよく俺の障壁を削り取って行く。
複数の魔法と魔刃のオーラを織り交ぜて作った、俺の障壁を貫通され、HPは0になった。
俺が表膝を地について肩で息をしていると、ルイさんが近づいて来た。いつも通り余裕たっぷりの表情だ。
「先ほどの攻撃は中々良かった。私の服が燃えてしまったよ」
ルイさんはわずかに焦げたスーツの袖を俺に見せる。俺が全力を出して攻撃しても、その程度っておかしいでしょ?
先程の戦闘で周囲はクレーターや亀裂が、いたるところにできているというのに……。
箱庭で陽那と結月と鍛錬していたら、たまたまルイさんが現れたので稽古を付けてもらっていたのだ。
今や俺の魂力は51392。これ以上魂力を上げようとしても、魂力が3万を超えるようなモンスターは作るのにコストと時間がかかるらしい。
それに、3万やそこらのモンスターを倒したところで、魂力はわずかしか上昇しない。そのため、技量を磨くための鍛錬がメインだ。
成長した俺の固有スキル『恋に殉ずる者』の効果で、陽那と結月の固有スキルの能力も使用できるようになった。
その力を使いこなせるように三人で日々鍛錬し続けているが、まだ全くルイさんには届かない。
「ルイさんは強すぎるんですよ」
「いや、樹も強くなったよ。先程は私も何度か冷や汗をかいた」
冷や汗をかいたって、涼しい顔をして言われてもなぁ……。
一年前、あのドラゴンに陽那と結月を傷つけられてからは、どんなモンスターが相手でも二人を守り切れるように、俺は死に物狂いで自分を鍛えた。
あれから一度も地球にモンスターは出現していない。しかし、ルイさんが言うには黒幕が存在し、必ず何かを仕掛けてくるので可能な限り強くなっておいて、と言われている。
陽那と結月もあのドラゴンとの戦いを経て、固有スキルが成長していた。
陽那の固有スキルは『魔法の支配者』に成長し、魔法の威力が飛躍的に上昇した。さらには体の怪我を治癒する魔法まで使えるようになった。
結月の固有スキルは『魔刃の支配者』へ成長した。今までよりもはるかに多くの魔力を魔刃のオーラとして扱えるようになり、魔刃のオーラを収束させることで刀を具現化させられるようになった。
また魔刃のオーラを使って、自分の体の怪我を治すことも出来るようになった。
ルイさんの話によると、固有スキルのランクとしては、無印<達人<境地<支配者となるようで、ランクが高いほど一度に放出できる魔力の量が多くなるとのことだ。
最上級の支配者クラスの固有スキルは、強大な魂力を持ち、死線を越え、自分の弱さを克服したいと強く願った者にのみ発現することがあり、支配者クラスの固有スキルを所持している者は極めて稀らしい。
ちなみに俺の様に『~者』という固有スキルは特殊な性質を持っており、一概に強弱は測れないとのことだ。
魔力を収束して物体を顕現させられるのは、支配者クラスだけなのだが、俺の能力では刀を具現化させることはできない。
なので俺の固有スキルは、残念ながら支配者クラスというわけではなさそうだ。
それでも、陽那と結月を守りたい、という俺の想いが能力に反映されており、恋人へのバフの量も増えたし、恋人を抱きしめて魔力を込めることで、怪我を治せるようにもなった。
ルイさんは、服を手ではたいて埃を払うような仕草をしている。
「さて、今日はここまでにしておこうか」
「君達に伝えておきたいこともある。お茶でも飲みながら話をしよう」
転移ゲートが出現したのでルイさんについていく。転移先は応接室のようなところでテーブルの上には高価そうなスイーツが並んでいる。
俺達は、紅茶を飲みつつルイさんの話を聞いた。
「地球を攻撃してくる敵に心当たりはあるが、確証がないので今は言及しない」
「モンスターは倒すと魂力が上昇するので、敵に倒されないことを前提にしなければ兵器としては使えない。相手の魂力を強化してしまうからだ。今後は魔導器の技術を兵器に転用した魔導機兵か、敵対勢力の戦士つまり『人間』が転移ゲートから現れる可能性もある」
「魔導機兵はモンスターを作るよりも、はるかに高度な技術とコストがかかる。しかし基本は魔導器なので敵に破壊されても魂力は上がらない」
「それから、今後は対人戦もあり得る。試合ではなく殺すつもりで攻撃してくるだろう。でも君達は相手を殺すのは抵抗があるだろうから、拘束用の魔導器を渡しておく」
ルイさんがボールのような魔導器をいくつか取り出しテーブルの上に置く。なんとなくモンスターをゲットできそうな形状だ。俺達はそれをアイテムストレージにしまった。
「敵にある程度ダメージを与えてから使用してくれ。使用すると対象を拘束してシエラス国内の施設に転送される」
「戦士ってことは、戦闘のプロなんですよね? 俺達でも勝てるんですか?」
「結論から言うと勝てる。君たち三人は強い。レジーナ中を見ても君達より魂力が高いものは数人しかいない。また、技量も非常に高いレベルだと言える」
「魂力が高い者は軍の最上位の者や国の指導者など、いろいろ事情があり本人が自由に動けない場合も多いので、直接地球に転移してくるとは考えにくい。それに、全ての強者が我々と敵対しているわけではないからな」
「ルイさんは割と自由に行動してるように見えますけど……」
「私はただの民間企業の社長だからな」
その時、ルイさんのスマホに着信があったようだ。
「すまない部下からだ」
ルイさんは電話に出て少し話をした後、通話を切った。
「問題が発生したので対応してくる。今日はこれで失礼する」
すると、再びルイさんに着信があった。ルイさんは通話を終えると、俺たちに向いた。
「地球に強力なモンスターが転送されたと連絡があった。一年前のモンスターと同じ程度の強さものだ。観測された魂力は約7万5千。しかも三体だ」
「今の君達なら問題なく勝てるはず。すまないが討伐してきて欲しい。私は急ぎで対応しなければならないことがある」
「分かりました。任せて下さい」
* * *
俺達は、三体のモンスターが転送されたという場所に転移した。
転移した先は海上だった。漆黒の鱗に覆われた、あの時と同じドラゴンが飛んでいる。陽那は薄っすらと笑みを浮かべた。
「ゾクゾクする」
「怖いの?」
「違うよ。今でもあの時の、ドラゴンに向かって行く樹の背中が忘れられない。私が弱いせいで樹が死んじゃうかもって怖かった。まさか、リベンジできるなんて思っても無かったから」
結月も「フッ」と笑って頷く。
「全く同感だね。誰だか知らないけど感謝しないと」
二人ともあのドラゴンを見て、思うところはあるようだ。もちろん、それは俺も同じだが。
俺は一番近くにいるドラゴンを指差して、虹刀を取り出す。
「じゃあ俺から行くね」
手にした虹刀に魔刃のオーラと風、炎、雷の魔法を込める。虹刀がその名の通り虹色に輝きだした。
こんなこと、一年前は出来なかった。陽那と結月の固有スキルを、使いこなせるように努力した成果だ。
俺は真正面からドラゴンに突っ込み虹刀を振るう。一切の抵抗を許すことなく両断し、放った斬撃の威力が遥か彼方まで海を裂いた。
膨大な魔力を虹刀に込めたせいなのか、虹刀はその一振りで砕けてしまった。
「私、全力で戦う時は刀を使わないからこれ持ってて」
「魔刃のオーラで具現化した刀を使った方が強いから、私のも持ってて」
陽那と結月が俺に虹刀を差しだした。俺がそれを受け取ると、二人はそれぞれ黒いドラゴンを倒しに行った。あの二人ならすぐに倒して戻って来るだろう。
その時、背後から男の声がした。
「長い時間とコストを掛けて作ったモンスターを、あっさり倒しやがって」
「レジーナで捕獲したモンスターのデータをもとにして作った、魂力7万5千のモンスターだぞ。地球を壊滅させた後、俺が倒して魂力を上げる予定だったのに、まさかこうも簡単に倒してしまうとはな」
声がした方を向くと、身長ほどの長さの幅広の剣を持った男が空中に浮かんでいる。
「あんたは敵って事でいいんだよな?」
俺はそう言いながら、二本の虹刀でそいつに斬りかかる。
「お前は人を斬るのにためらいが無いんだな? 事前情報では平和ボケした世界のガキだから人は斬れないと聞いてたんだが」
そいつは、俺の振るう二刀の斬撃を防ぎきれずに、顔をしかめて俺を睨みながら言うが、俺は攻撃の手を緩めることなく言い返した。
「たった一体でも地球を壊滅させられるようなモンスターを、三体も連れてくるような奴に遠慮なんかすると思うか? 平和ボケしてるのか?」
「はっ、これは一本取られたな」
男は軽口を叩いて見せるが、険しい表情からは余裕なんて無いことが伺えた。
成長した固有スキルのおかげで、相手の状態が正確に分かる。こいつが体の周りに展開している障壁の強度を見極めながら、身体に致命的なダメージを与えないように加減し攻撃を続ける。
俺の刀が男の障壁を破ると、身体にダメージが入りはじめる。動きが鈍くなってきたところで、拘束用の魔導器を投げつけた。
すると、ボール型の魔導器が半分に割れ、中から触手のようにうねる帯がいくつも飛び出して、男の五体に絡みつき拘束していく。
「クソ! お前だけでも」
男は藻掻き苦悶の表情を浮かべながら、俺に向かって何かを三個投げつけてきた。
「たった一個で魂力7万5千のモンスターをも捕獲し、異空間に転送できる魔導器だ。お前の力では抜け出せまい!」
そう言い終わると、男は転送されていった。
男の投げた魔導器が砕けたかと思うと、三本の光の柱が俺を囲み捕らえる。ありったけの魔力を開放して抵抗を試みるが、俺の展開している全ての障壁を突破され、HPも0になり防御フィールドも消えてしまった。
陽那と結月が俺の方へ飛んでくるのが見えるが――。
光の柱の輝きが増し俺を包み込む。直後、頭に衝撃が走った。目の前が暗くなり、沈んでいくような感覚に包まれていった。