付きまとう男
昼食を済まして、二人で北の転移ゲートの広場に向かって歩いていると、後ろの方から、男の叫び声が聞こえてきた。
二人で振り返ると、一人の男がこちらに向かって走ってきている。
「げっアイツは……! 後で説明する。逃げるよ!」
鳴海さんは顔を引きつらせてそう言うと、突然俺の手を握り引っ張って走り出した。
何と、鳴海さんが俺の手を握っている!? 手から伝わってくる、鳴海さんの柔らかくて温かい感触に感激して、俺の鼓動は急上昇だ。
そんな俺の心の内など知る由もなく、鳴海さんは俺の手を引いて全力疾走を続け、広場中央の転移ゲートに飛び込んだ。
転移ゲートを抜けて、山岳地帯のフィールドを二人で走る。ここは切り立った断崖でできた天然の迷路のような地形だ。
いくつもの分かれ道があるので、オートマッピング機能のおかげで迷いはしないものの、特定の人物を見付けだすのは困難だろう。
男から逃げ切ったところで、鳴海さんは息を整えてから話し出した。
「アイツは同じ学校の、同じクラスの男子、双原奏介君だよ。入学直後からよく話し掛けて来たんだけど、自分のことばっか話すし、自慢話が多いから正直うんざりしてたんだ」
鳴海さんは眉を寄せている。さっきの男は、鳴海さんにとって迷惑な奴だったみたいだ。
「でも、あまり邪険にするわけもいかないし、愛想笑いしてやり過ごしていたら、なんか勘違いされてたみたいで彼氏面するようになってきたの。ある時、慣れ慣れしく腰に手を回してきたからプチッてキレちゃって、お前なんか彼氏でも何でもないわー! 勝手に触んなボケ! キモいんだよクソが! って暴言はいて殴っちゃった」
腰に手だと? うらやま……じゃない。それは許せんな。
「ゴメンね。気を取り直してモンスター狩ろうか」
鳴海さんは両手を合わせて笑顔を作る。俺は掛ける言葉も見つからないので「そうだね」と応えた。
気持ちを切り替えて、アイテムストレージから剣を取り出そうとすると、音声アシストが聞こえてきた。
「フレンドとフィールドに入場しました。パーティーを登録しますか Yes/No」
パーティー? 登録するとどうなるの?
「モンスターを倒した際に獲得できるCrと魂力が、パーティーメンバーで等分されます」
んじゃYesだな。鳴海さんを見ると、彼女も音声アシストが聞こえていたようでコクリと頷く。直後「鳴海陽那をパーティーを登録しました」と音声アシストが聞こえた。
じゃ、モンスターをバンバン狩りますか!
俺は探索アシストを起動して、モンスターを探した。反応のある方向にしばらく進むと、昨日と同じ岩型のモンスターを二匹発見した。
「鳴海さん、アイツを狙って雷撃魔法を使ってみて」
鳴海さんは頷くと、ミスリルロッドをモンスターに向けて雷撃と呟く。すると、雷鳴と同時にミスリルロッドの先端から、モンスターに向けて雷撃がほとばしる。命中したモンスターは、一撃で砕け散った。
「ロックを倒しました。5Cr獲得。魂力が1増加しました」
獲得できるCrと魂力が半分になってるな。なるほど、獲得できるものはパーティーメンバーで等分って言っていたもんな。
鳴海さんは目を大きく見開いて、口をポカーンと開けて固まったまま動かない。
「鳴海さん? おーい」
目の前で手を振ってみると、鳴海さんは意識を取り戻して瞬きをした。そして満面の笑みを浮かべた。
「凄い! 魔法が使えた!」
大喜びしている鳴海さんも可愛いなぁ。おっと、まだ一匹残っている。気を抜くのはまだ早い。
「もう一匹は俺が倒すね」
残っている岩型モンスターにスキル1を発動と念じた。俺の体は勝手に剣を構え、地を蹴って一瞬でモンスターに近づき薙ぎ払う。その一撃でモンスターは真っ二つになり、砕け散った。
昨日は一撃で倒せなかったのに一撃だったな。魂力が上がって強くなっているんだろうか。MPを確認すると減ってない。スキルはMPを消費しないのか? 連発可能なのか? その辺りはきちんと確認しなければ。
その後も二人で何匹かロックを狩った。
昨日よりも、俺はいくらか強くなったらしく、スキルを使えば一撃、使わなくても、ほとんどのモンスターを一撃で倒せるようになっていた。
また、スキルはMPが減らないかわりに疲れる。三体のモンスターが出現したときに、試しに三回連続でスキルを使用してみた。
すると200mくらい全力で走った時のように、息が上がって一時的に立てなくなってしまった。連続で使用するのは避けた方がいいだろう。
鳴海さんも最初のうちは少し緊張した様子だったが、モンスターを数匹倒したところで楽勝なのが分かり、途中からリラックスしていたようだ。
二人で雑談をしつつ、和気あいあいといった雰囲気で狩りを続けた。
* * *
もうかれこれ二時間くらいは、狩りをしているだろうか。
俺は買っておいたペットボトルの水をアイテムストレージから二つ取り出し、鳴海さんに一つを差し出す。
「ちょっと休憩しようか」
そこら辺の適当な岩に二人並んで腰掛ける。
「柳津君って剣術とか習ってたの? すごい動きだったけど」
「いや、習ってないよ。あれはスキル発動って念じただけで、体か勝手に動くんだ。システムが体の動きを補助してるんだって」
「ふーん、そうなんだー」
鳴海さんは、分かったような分からないような顔をしている。どんな表情でもこの子は可愛いいな、と脳内で悶えてしまう。
突如、三匹のモンスターが地面から這い出してきた。今まで相手にしていたのと形は同じだが、体が金色に光ってる。
俺は即座に剣を構えスキル1を発動。間合いを一気に詰めて一体を撃破。近くにいいたもう一体はスキルなしで剣を叩きつけ撃破。少し離れたところにいる残りの一体を、鳴海さんが雷撃で撃破した。
「「やったね!」」
鳴海さんとハイタッチする。なんか距離が近づいているようで嬉しい。
「ゴールドロックを三体倒しました。15000Cr獲得。魂力が3増加しました」
なにっ! 15000だと?
「15000だってー すごいね!」
鳴海さんも驚いたようで、可愛い笑顔で喜んでいた。
「レアモンスターだったのかもね」
お金も増えたことだしそろそろ戻ろうと提案すると、鳴海さんは賛成したので、二人で転移ゲートに向かって歩き出した。
転移ゲートのところに戻ってくると、双原が待ち伏せしていた。そうか、迷路のような山岳フィールド内で発見するのは難しくても、そこで待ってれば嫌でも遭遇するよね。
双原の姿を確認すると、鳴海さんは、はぁとため息を吐いて、あからさまに嫌そうな顔をした。
でも、転移ゲートに入らないとセンターに戻れないので、俺達は仕方なく転移ゲートに歩いていく。
双原はじっとこちらを見ている。なんか嫌な感じだ。俺と鳴海さんが転移ゲートに近づいたところで、双原は声をかけてきた。
「陽那! こいつはなんなんだよ?」
おいおい、下の名前で呼び捨てかよ? なんかイラっときたが、俺はなるべく冷静に答える。
「俺は柳津樹。鳴海さんのゲームシステム上のフレンドで、パーティーメンバーだが何か?」
「お前には聞いてない! 陽那に聞いているんだ!」
双原は声を荒げて怒鳴ってきた。俺がカチンときて言い返そうとすると、鳴海さんが先に口を開いた。
「まるで彼氏気取りね。ウザくて面倒だからはっきり言っておくけど、私は双原君のことがキライなの! もう関わらないで!」
はい、来ました……。好きな女の子からの嫌い宣言。俺は双原に少し同情した。
すると、双原は逆上し鳴海さんに掴みかかろうとする。しかし、彼の手は見えない壁にバチンとはじかれた。
「なっ、警告? 接触制限だと!?」
あー、この世界に転移したときそんな説明あったな。他者に勝手に触れないとか。
鳴海さんを見ると指を動かしている。視界に映っているインターフェースを操作しているようだ。
すると双原がまた騒ぐ。
「鳴海陽那から接触制限レベル4に設定されました。以後一切の接触を禁止します。だと? ちょっと待って……」
双原は地面に崩れ落ちると、涙目で鳴海さんに訴える。しかし、鳴海さんは全く取り合う気は無いようだ。
「柳津君、こんなやつほっといていくよ!」
鳴海さんは俺の手を掴むと、引っぱって転移ゲートに入っていった。
転移ゲートの広場に出ると、申し訳なさそうに鳴海さんが謝る。
「せっかく、大金ゲットでいい気分だったのに台無しだね。ゴメン」
「いや、気にしないで。別にどうということは無いよ」
こういう時にどんな言葉を掛たらいいのか、俺にはよく分からない。
女子はスイーツを食べると機嫌が良くなると、どこかで聞いたことがある。なので俺は「甘いものでも食べて気分転換しようか?」と提案してみた。
「いいね! そうしよう」
鳴海さんは笑顔で賛同してくれたので、二人でセンターに向かって歩いて行くのだった。