大事な人
昼食後は箱庭に転移して、準備運動がてら軽く刀を素振りして、モンスターの出現に備えることにした。
15時を少し過ぎた頃、地球にモンスターが転移してきたようで、スマホに情報が送られてきた。
スマホを操作して、発生したモンスターのリストをタップすると「転移しますか?」と表示された。
行ってみないことには始まらない。「yes」とタップすると、転移ゲートが現れた。
転移ゲートを抜けると、既に他の人がモンスターと戦っていた。危なげなくモンスターを倒していたので、無駄足だったようだ。
他に出現しているモンスターの所へ行こうとしたが、他も全てのモンスターは討伐済となっており、転移できなかった。
完全に肩透かしを食らったな、まあ被害も無くて良かったけど。
「モンスターも全滅したみたいだし家に帰ろうか?」
俺たちは自宅に帰ってきた。
「なんか飲み物持って行くから、先に部屋行ってて」
俺は三人分アイスコーヒーをグラスに入れ、適当な菓子をトレイに載せた。自室に戻ると、トレイを折り畳みのテーブルの上に置いた。
「モンスターも大したことなかったね。あれなら、俺達の出番は無さそうだね」
結月はアイスコーヒーに手を伸ばしながら、軽くため息を吐いた。
「そうだね。お金がもらえるから競って倒しているのかもね」
「それよりもさー、夏休みの間だけでいいから、寝るときは箱庭のログハウスで樹と一緒に寝たいな」
陽那が上目で俺に迫る。どうやら、陽那はモンスターの件には興味が無くなったようだ。さっきの感じだと、それも仕方ないか。
「いいよ、また一緒に寝よ。俺も一人で寝るのは寂しいと思っていたんだ」
結月が「当然私も行くからね」と折り畳みのテーブルに両手をついた。
「もちろんだよ。結月も一緒に寝よ」
今夜から、また三人でログハウスで寝ることになった。というか一人だけで寝たのは1日だけなんだけど。
俺はこの二人に依存している。出来ることならずっと一緒にいたい。でも、いつかはどちらかを……。
胸の奥でつっかえるような感覚がしたので、それ以上は考えるのをやめた。
* * *
三人で談笑していると、気が付けば18時前になっていた。
陽那がそろそろ帰るというので、送っていくことにする。
家から出て、三人で並んで歩いている。俺は、ふと思ったことを口にした。
「そういえば、いちいち俺の家に来なくても、箱庭のログハウスで集合すれば良かったのでは?」
陽那が「だって、樹の部屋に入りたかったんだもん」と言うと、結月が「樹の部屋はこれからも行くつもりだけど?」と続く。
「それは別にいいよ」
陽那と結月が俺の部屋に来てくれるのは嬉しいので了解しておく。他愛ない話をしつつしばらく歩くと陽那の家に着いた。俺は、陽那を抱きしめてキスをした。
「またね。寝るときに箱庭のログハウスで」
「うん、なるべく早く会いたいな」
陽那に手を振り、今度は結月の家に向かって二人で手をつないで歩く。
「なんか不思議だよね。私達ってクラスメイトだけど、一学期はほとんど話もした事も無かったのに、今では樹は私の一番好きで、一番大事な人なんだから」
結月が嬉しいことを言ってくれるので、つい頬が緩んでしまう。俺も思っていたことを言う。
「ゲーム、というか箱庭に転移しなければ、今でも結月は俺にとっては手の届かない高嶺の花だっただろうし」
「高嶺の花って……。そんな風に私を見てたの?」
「そうだよ」
「そうかー、夏休み前に樹と仲良くなるきっかけがあればなぁ……。簡単に堕とせたかもしれないね」
「そうすれば樹は私だけの物になっていただろうし、えっちだってもうしてくれてたかもしてないね」
「結月……」
「あっ、責めている訳じゃ無いんだよ。箱庭に行かなければ陽那と仲良くなれなかったし。今では陽那は私の一番の親友なんだ」
「そうか……」
「なんか、深刻な顔してるね……。樹は、私や陽那のことばかり考えて遠慮してるけど、もう少し自分がやりたいようにやればいいのにって思うよ」
俺はなんて言ったらいいのか分からなくて笑顔を作る。そんなやり取りをしていたら、結月の家に着いた。
結月は俺に笑顔でキスをして「また、あとでね」と手を振るので、俺も「うん、またね」と手を振ってから自宅に帰った。
* * *
家に帰り夕食を両親と食べている。
母親がいやらしい笑みを浮かべて、色々と俺に聞いてきた。
「ヒナちゃんとユヅキちゃん、素敵なお嬢さんだったけど、あんたいつの間に仲良くなったの?」
「……」
「二人とも凄い美人だったけど、どこで知り合ったの? 同じ学校の子?」
「……」
「どっちかと、付き合ってるの? まさか二人ともってことはないでしょうけど……」
「……」
しつこく聞いてくるが、俺は母親の方を見ないようにして黙っている。母親が俺を質問責めしているのを見かねたのか、父親が口をはさんできた。
「まあまあ、かあさん。樹も年頃なんだし、放っておいてやったら?」
「でも二人ともそこらのアイドルとか女優なんかより、ずっと綺麗だったのよ。とうさんにも見せてあげたかったわー」
「そんなに美人だったのか? 樹も大したもんだな」
両親が騒いでいるのを聞きながら、黙って夕食を食べる。陽那と結月も夕食中なのかなぁ……。
夕食を食べ終わり俺が自室に戻ると、結月から三人のグループにメッセージが来た。
「お父さんにつかまったから、ログハウスに行くのが遅くなりそう。樹と陽那は先に寝てて。私もそのうち行くから」
俺は「了解」とスタンプを送った。お父さんに怒られてるのかな? 心配だ。
特にやることも無いのでさっさと風呂に入り、歯を磨き、箱庭に転移した。
ログハウスの玄関の前に来たが、人の気配はない。中に入り、リビングのソファーに座りボーっとしていると、瞼が重くなってきた。
ふと、いい匂いがして唇に柔らかい物が触れた。この気持ちいい感触は何だろう?
目を開けると、陽那が俺にキスをしていた。
「えへへ、樹の寝込み襲っちゃった」
「あ、陽那。今、来たの?」
「うん、結月は遅くなるってメッセージが来てたね」
「そうだね」
俺はソファーに座りなおす。陽那は俺の左側にぴったり密着して座り、頭を俺の肩にのせてもたれ掛かり、手を俺に絡めて繋いだ。
二人して少しの間沈黙していると、陽那が口を開いた。
「私ね、中学校の卒業式の日に逃げる樹を追いかけて、捕まえて、その時樹と付き合っていたらなって思うことがあるんだ。そうすれば、きっと樹は私だけをずっと見てくれていたんだろうって」
俺は二股を責められている気がして、ドキッとして陽那の顔を見た。ところが、陽那は優しい微笑みを湛えながら続ける。
「あのときこうしたら良かったなんて、考えてもどうしようも無い事くらいは分かっているんだ」
「それに、もしそうしていたら結月と親友になることも無かっただろうし」
「うまく言えないけど、箱庭で樹と再会して好きになったことと、結月と会って親友になったこと、両方とも私にとって凄く大切なことなんだ」
「だからね……、樹は私や結月に対して罪悪感とか持ったりしないでね」
責めるどころか、気遣ってくれているなんて……。陽那も結月も俺のことを本当に大事に思ってくれているのを実感し涙が出そうになったが、余計な心配を掛けてしまいそうなので、陽那を抱きしめて誤魔化した。
「陽那、ありがとう」
俺は泣きそうなのをこらえながら、何とかこの言葉だけを口にすることが出来た。
その後、しばらく二人で黙ったまま手を繋いで座っていると結月が来た。
「あれ? まだ起きてたんだ。てっきりベッドでイチャつき疲れて寝てるかと思った」
結月は意外と何とも無さそうだが、心配なので一応聞いた。
「お父さんにつかまってたって、大丈夫だったの?」
「うん、まぁ大丈夫と言えば大丈夫、また明日話すよ。それより今日はもう寝ようよ。早く樹にくっついてベッドに入りたい」
結月に急かされるまま俺の部屋に三人で行き、箱庭ではいつもそうであったように、仲良く三人でくっついて寝たのだった。




