他人の恋路
俺がそそくさと帰ろうとすると、絡まれていた男が声を掛けてきた。
「助けてくれてありがとう。君は鳴海さんと一緒にいた柳津君だね」
「あれ? 双原君か。もう陽那って呼び捨てしないんだね」
俺のその言葉に、隣の女の子がピクッと反応してこちらを見る。双原君は慌てた様子で俺に言う。
「柳津君、ちょっと二人で話そう。少し待っててね、芽依ちゃん」
その女の子に声を掛け、少し離れたところで小さい声で双原君が話し出す。
「あの子は天野芽依。最近はあの子と一緒に行動をしているんだ」
なんと!? ちゃっかり彼女作っていたんだね……。俺が驚いていると、双原君は続けた。
「フィールドで知り合って、結構仲良くなったとは思ってはいるんだけど、鳴海さんの時と同じように、独りよがりかもしれないと思うと告白できなくて……」
「鳴海さんとのことは、今は黙っておいて欲しい」
「なるほど、そういうことね。じゃあ黙っておくよ」
双原君はホッとしたのか表情が緩む。
「ちょっと俺のステータスというか、固有スキルを見てくれないか」
「ん? いいけど」
俺は双原君のステータスを見せてもらった。
魂力が1800か。固有スキルは……なんだこれ? 『恋に臆病な者』って、これ双原君の精神状態で固有スキルじゃないだろ?
「固有スキル、恋に臆病な者です」
デジャブか? 音声アシストさんまた言い切ったな。
「フレンドの中から、恋人を一人選択し指定できます」
「恋人を指定すると、自分と恋人の両方が常時20%のステータスアップのバフが掛かります」
「恋人である対象を抱きしめ、好意を示す言葉を発すると1日1回に限り自分と恋人のMPを全回復できます」
なんか俺のと似ていようで、微妙に大きく違うか? バフとMP回復は自分も含まれていたりとか。
MPを回復させるための行為は、その人の性癖がでるんだろうなぁ……。
双原君が「芽依ちゃんを恋人にしたいなぁ……」と、ため息をつき呟いた。
それにしても、似たような固有スキルが発現するなんて、コイツのことはもはや他人の気がしないな。
「奏介、俺のステータスを見てくれ」
俺のステータスを見せると、奏介は目を丸くして声をあげた。
「え……? 魂力26382?!」
「いや、そこじゃなくて固有スキル」
「固有スキル……恋に悩む者か、俺のと似てるな」
「だろ? 似たような固有スキルが発現するってことは俺達は似た者同士なのかもな。いろいろあったけど、陽那とはうまくいっているし、奏介のことは応援するよ」
「鳴海さんとうまくいっているのか、良かったな。ありがとう、……樹」
「MP回復の条件が俺と奏介とで違うだろ? これって、そいつの物凄くしたいことらしいよ」
「……確かに俺は芽依ちゃんを抱きしめて、好きだと言いたいと思っている」
「じゃあ、あの子にステータスを見せて、システム上有利だから恋人になろうって言えば?」
「それこそ気持ち悪いって思われたら嫌だろ」
「なんか人が変わったように慎重になってるな」
「失敗から学んだんだよ」
「そうか、じゃあ頑張ってね。俺も陽那を待たせてるから」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。さっきみたいに絡まれて何もできないと情けないから、魂力を上げるのを手伝ってくれないか?」
「……陽那に聞いてみる」
仕方ないので、陽那に電話を掛ける。すると、つながると同時に「樹どうしたの? また面倒ごと?」と、もはや読まれているようだった。
「ああ、疾風さん達は軽く懲らしめたんだけど、その後に双原奏介が話しかけてきて、いろいろ話してたら、魂力を上げるのを手伝って欲しいと頼まれたんだけど……」
「行って来たら? でも女の子に絡まれないように気を付けてね」
「奏介の友達以上恋人未満の女の子も同行するけど、さすがに大丈夫だと思う。なんとなくいい雰囲気に見えるし」
「なんか、樹がそういうこと言うと変な感じするー。じゃあ、気を付けて行ってきてね」
「はーい」
そんなわけで、魂力を上げるのを手伝うことになり、俺と奏介は天野さんの元へ戻った。
天野さんが俺達に「ヒナってだれ?」と聞いてきたので俺が答える。
「俺の恋人だけど」
「なんで奏君はそんな子を呼び捨てに?」
「え? してないよ。それより魂力を上げに行こう」
咄嗟に誤魔化すが、天野さんは俺に不信感を抱いた様子だな。まぁ放っておこう。
「今って、それぞれのフィールドってどこまでクリアされてるか知ってる?」
「北が中ボス5まで、西と南が中ボス2まで、東が中ボス3までだ」
「じゃあ、北のフィールドの5番目のエリアでモンスターを狩ってこようか」
北のフィールド5番目のボスの広間に三人で来た。
大扉の先に進むとフィールドボスだが、俺はゲームを進めてはいけないから大扉の方には行かない。
大扉とは反対側の通路に向かい5番目のエリアでモンスターと戦うことにする。奏介と天野さんをフレンドとパーティーに登録して魂力上げのキャリー開始だ。
「モンスターは俺が全部倒すから、二人はモンスターから攻撃を受けないように注意してて」
最初にこのエリアに来た時には、陽那と結月に頼りっぱなしだったけど、今なら俺一人でも戦えるはず。
大型の岩のモンスターが次々と現れるが、モンスターが出現すると同時に風魔法を併用して跳びかかり虹刀で切りつけた。
思った通りすべて一撃で倒すことが出来る。岩できたモンスターなのに豆腐を切っているような柔らかさだ。自宅の庭の転移ゲートの先にいるモンスターよりかなり弱い。
「樹、人間やめてたんだな……」
「酷いな……。ちなみに陽那は俺の三倍は強いよ」
「はは、冗談だろ」
「いや、ホントに。もう一人、結月って子も一緒に行動してるんだけど、その子も俺の三倍は強い」
「魂力が7~8万あるってこと?」
「魂力は同じだけど、固有スキルが強力なのと技量が俺よりずっと上なんだ」
「そうなのか、ちょっと想像できないな……」
しばらくモンスターを乱獲したのが、俺の魂力は予想通りほとんど上がっていない。かなり格下のモンスターばかりだからだ。
でも奏介達からすると、格上のモンスターのはずだから一気に魂力が上がっているはず。奏介に「魂力、上がってる?」と聞いてみた。
奏介は興奮した様子で答える。
「5326になってる。お金もかなり増えてる!」
思ってたより上がってるな。二人とも喜んでいるみたいだし、今日はここまでにしておくか。
「かなり上がったね、そろそろ帰ろうか」
「ああ、そうだな。それにしても、こんなに一気に魂力を上げられるなんて……。ありがとな」
俺達は5番目のボスの広間に向かって歩き出す。奏介たちも強くなっているので俺は少し気が緩んでいた。
モンスターの群れが現れたので、俺が先行し蹴散らしていると、天野さんの目の前に巨人型のモンスターが突如現れ腕を振り上げる。
くっ、しまった!
俺は地面を蹴り、風魔法で加速して天野さんの元へ飛ぶが、わずかに間に合わない。
その時、奏介が天野さんの前に立ちはだかり、巨人型モンスターの拳を受け止める。しかし止めきれずに地面に叩きつけられてしまった。
直後に俺は巨人型モンスターを斬り捨てたが、奏介は倒れている。HPはわずかに残っており、俺は魔法で奏介のHPを全回復させた。
「ごめん奏介、間に合わなかった」
「いや、大丈夫だ。特に痛くも無かったし……」
しかし天野さんは、涙目で震えながら奏介に縋る。
「奏君、なんでそんなことするの? 怪我しちゃうでしょ?」
「俺が怪我する分はいいよ。芽依ちゃんさえ無事なら」
「そんなの嫌だ。奏君が怪我するくらいなら私が怪我した方がいい!」
天野さんが泣きながら奏介に飛びついた。奏介は顔を赤くして、天野さんの頭を撫でる。
「心配させてごめんね。でも俺は芽依ちゃんを守るためなら命だって懸けられるよ」
「命を懸けるとか、簡単に言ったら駄目だよ!」
天野さんは顔を真っ赤にして、泣きながら怒っている。奏介は真剣な顔をして天野さんに言葉を掛ける。
「芽依ちゃんが好きだから、守りたいって思ったんだ」
天野さんは目を見開いて、奏介を見上げた。
「奏君……、私も奏君が好き! でも私のために命を懸けるとかは言わないで」
……俺は何を見せられているんだ? 二人がうまくいったようで良かったけども。それから二人は指を絡ませて手をつないで歩いていた。
センターに戻ってくると、奏介が緩んだ表情で「樹、今日はありがとう」と礼を言う。
「どう致しまして。固有スキルの恋人設定と、MP回復は忘れずにね」
天野さんは首を傾げて奏介を見つめた。
「恋人設定って何のこと?」
奏介は「後で話すよ」と天野さんに微笑みかけた。
俺は二人に「じゃあまたね」と手を振り、空を飛んで自宅まで急いだ。
イチャつく二人にあてられたので、早く帰って陽那と結月にくっつきたい。俺の頭の中はそのことでいっぱいだった。




