陽那と二人きり
――翌朝。
今日は結月を抱きしめていた。彼女に何をしたのかは憶えてないが、とても嬉しそうなので俺も嬉しい。
さて、今日は昨日の訓練の成果を試すために、朝から庭の転移ゲートに入りモンスターと戦うことにする。
もちろん、たった一日訓練したところで一気に強くなる訳はないのは分かっている。結月に教えてもらったことを実戦で確認して、しっかり身に着けられたらいいだろう。
朝食後、準備をして庭の転移ゲートに入ると、転移先は洞窟の中だった。
ゴツゴツした岩肌に、広い空間、天井は高く、いかにもダンジョンといった雰囲気だ。壁面に生えている苔が光っているようで、僅かに明かりはあるが暗い。
「暗いね。明かりつけるよ」
陽那がソフトボール程の大きさの火球を数個作り出し宙に浮かばせる。すると、あたりか火の光に照らされ明るくなった。
俺と結月もまねをして、火球を浮かばせ明かりにする。今では俺だってこれくらいの魔法なら苦も無く出来るのだ。
しばらく洞窟内を歩いていると、前方にモンスターの群れか出現した。武装した狼の亜人型のモンスターだ。アシストの強さ判定では『ワーウルフ・同じ強さ』とあるので俺一人で行けるかも。
「ちょっと俺一人で戦ってみる」
「いいよー、危なそうだったら魔法で援護するよ」
「問題ないと思うけど油断しないでね」
陽那と結月は了解してくれた。
俺は風魔法を併用して走り、ワーウルフの集団に突っ込んで、三体をすれ違いざまに虹刀で両断した。ワーウルフは全く反応できていなかった。
三体が倒れ俺が動きを止めたところで、雄たけびを上げながら一体が槍で突いてきた。
結月と陽那の速さに比べれば遅い、というか止まって見える。跳びあがって回避し、後ろに回り込んで切り捨てた。
四体を始末し周囲を確認すると、一体が斧を振り上げ跳び上がる。それと連携するように、剣を持った二体が同時に切りかかってくる。
そいつらが剣を振りきる前に、二体の間をダッシュですり抜けつつ、虹刀を振り二体を倒す。俺がさっきまでいた場所に斧をたたきつけ硬直している一体も、隙だらけの内に遠慮なく斬り捨てた。
粗方片付け、少し離れた場所にいる最後の一体を倒すために構えると、魔法を放ってきた。黒い球状の魔法だ。速いが避けれないことはない。
黒い球体を半身で躱すと、通り過ぎて数メートル飛んで行ったところで向きを変え、俺を追尾してきた。
追尾する魔法!? くっ、避けきれない!
そのとき、結月が俺の前に一瞬で移動してきて、魔刃を込めた虹刀で黒い球体を斬りつけた。しかし、黒い球体は斬撃をすり抜け結月に命中してしまった。
直後、結月の姿は消えてしまった。
このゲームは安全志向なので、直感的に即死魔法ではなく強制転移魔法だろうと思い、結月の現在位置を確認する。かなり遠くへ転移させられたようだがこの洞窟の中のようだ。急いで結月に電話を掛ける。
「結月、無事?」
「ええ、大丈夫。ちょっとびっくりしたけど」
「だいぶ遠くまで飛ばされたみたいだね。俺達の場所と、結月が飛ばされた場所の中間にボスがいるみたいだ。ボスのところで合流しよう。結月の強さなら大丈夫だとは思うけど、気を付けてね」
「うん、あの、樹、陽那と……いや、何でもない。ボスのところで合流しようね! なるべく早く来てね!」
思いがけず、陽那と二人きりになってしまった。
手をつなぎながら、探索アシストを頼りにボスの方へ向かい歩いている。
陽那をちょっと意識してしまう。
最近陽那と濃厚なキスをしてないな……。キスは陽那と結月の二人と毎日しているけど、三人でいるときは、ちょっと遠慮して軽めのキスばかりだ。
チラチラと陽那の唇を見てしまう。でもこの状況では不謹慎だな、などと考えながらまた陽那の方を見た。
その時、陽那とバッチリ目が合ってしまった。
「樹、さっきから私の唇ばかり見てるよね? キスしたいとか思ってるの?」
俺は考えていることを見透かされて慌てる。陽那は俺の反応を楽しんでいるようだ。
「最近は軽いキスしかしてないもんね。私とキスしたいんでしょ?」
陽那は握っている手を離し、俺の腕に抱き付きながら上目で笑みを浮かべて言ってきた。俺は思っていたことをつい口に出してしまう。
「うん、キスしたい」
言ってしまった後にそんなことしてる場合じゃない、とハッとするが、陽那は俺の首に腕を回して「樹のそういう素直なところ、好きだよ」と囁き俺に顔を近づけてきた。
お互いに相手の頭を片手で押さえ、自分の方に引き寄せるようにして唇を重ねる。陽那がくっつけている口を開き二人の唇がそっと開く。二人で絡み合いながらより密着させる。
俺の心臓が速く鼓動しているのが聞こえる。気持ちいい……。頭から背骨、腰までが溶けていくような感覚だ。
長く熱のこもったキスをして、一旦唇を離す。二人できつく抱き合ったまま震えて、呼吸を乱している。少しのあいだ見つめ合った 後、再び唇を重ねる。
何度キスしただろうか。足腰が立たなくなった俺達は、お互いにもたれるようにして、地面に座り込んでしまった。
「すごく気持ちよかった」と俺はつい呟いてしまう。「私も……」と呟く陽那の顔はまだ赤い。俺の顔もきっと赤いんだろうな……。
しばらく手を握りながら座っていたが、陽那が立ち上がって言う。
「そろそろ行こうか? 結月が待ってるかもよ?」
結月の名前を聞いて胸がチクリと痛んだが、今はボスのところへ急ぐことにした。
俺と陽那は洞窟内を走っている。
上昇した魂力のおかげで走力もあがっており、さらに風魔法で加速しているので驚異的なスピードだ。途中で立ちふさがるワーウルフ達には、足止めされることも無く二人で斬り伏せていく。
ボスの部屋と思われる場所の前には、結月が腕を組んで待っていた。
「おーそーいー! 二人っきりなったからってイチャイチャしてたんでしょ!」
膨れっ面で怒る結月に、陽那は両手を合わせて謝る。
「結月ゴメンね! 帰ったらちゃんと樹と二人きりにさせてあげるから」
「ホントに!? 陽那大好き!」
結月は大喜びで陽那に抱き着く。俺は結月に悪かったなとは思ったが、帰ったら結月とも濃厚なキスできるんだと思って楽しみになってしまった。
さっきあんなに陽那とキスしたのに。俺って大概なクズだな……。
ともかく、切り替えてボスモンスター倒すぞ!
先に進むと巨大な狼のモンスターだった。白い巨体には凍えるような冷気を纏っている。視界に映るモンスター名は、フェンリルと表示されている。
フェンリルは牙を剥き、猛スピードて突進してきた。俺達は散開して回避する。風圧が吹雪のように冷たい。
フェンリルが上体を起こして遠吠えをすると、全方位から氷の刃が無数に襲い掛かってきた。陽那は火球で相殺し、結月は魔刃のオーラで叩き落す。
俺は前方にダッシュしつつ、正面の氷の刃のみを虹刀で払い逃げ切った。
結月が持つ虹刀から魔刃のオーラが力強く噴き出す。
「さっさと終わらせて、樹とイチャつくんだから!」
結月は刀を振り下ろしてフェンリルに魔刃の青いオーラを飛ばしぶつける。
まるで刀が伸びたかのように見える斬撃は、フェンリルに直撃して怯ませた。その隙に、結月は一気に近づき素早く何度も切りつけた。俺が確認できたので五回だ。
結月は虹刀を一振りした後、鞘に納める。巨大な狼はその場に倒れ消滅した。




