自分との戦い
――翌朝。
三人で一緒に寝るようになってからというもの、俺は寝起きに必ず、陽那か結月のどちらかを抱き枕にしている。
俺は寝ているときに、何をしたのか全く憶えていない。
でも、柔らかくていい香りのする肌触りのいい抱き枕を、頬ずりをしながらギュっと抱きしめて気持ち良く寝ている……という自覚はある。
今、俺の腕の中にいるのは陽那だ。両腕両脚を回して、しがみつくように抱きしめていた。
腕と脚を緩めて陽那を解放すると、陽那は白い肌をほのかに赤く染め、汗ばみ、息を乱していた。あんなにベッタリ抱きしめていたから、苦しかったんだろうか。
「陽那ゴメン、大丈夫? やっぱり一緒に寝ると迷惑かけちゃうよね?」
「ん……、平気。すごく良かったよ。迷惑どころか嬉しい。樹は夜と朝とでは別人みたいだね」
陽那は蕩けた表情で俺に唇を合わせる。そして抱き枕にしなかった方、――今日は結月だが、頬を膨らませながら「いいなぁ、明日は私にしてよ」と、キスをせがむのだった。
朝食をとりながら話をしている。俺は陽那と結月に言う。
「今日はルイさんが『PvPしないでプレイヤーを攻撃するとアラートが出る問題』を何とかするために来るよ」
陽那が「いつ来るんだろうね」と呟くと、結月は「大体三人揃って外に出ると転移ゲートが出現してルイさんが現れるよね」と言った。
確かにそうだよな……。
朝食を食べ終わり、準備を済ませて三人揃って外に出ると、思った通り転移ゲートが出現してルイさんの登場だ。
「いつもタイミングばっちりですよね」
「監視者だからな。君達が濃厚にイチャついてるときに現れても嫌だろう?」
「え、イチャついてるのも監視してるんですか?」
「さあ? そんなことより、君達限定でPvPしない状態で攻撃してもアラートが出ないようにしておいたよ」
ルイさんは、俺の質問をさらりとスルーして本題に入る。
「もちろん防御フィールドと箱庭のセーフティー機能は保持しているから、思い切り打ち込んでも大丈夫だ」
「せっかくだから、私が少し剣技の指導をしてあげようか?」
俺はちょっと勘弁してほしいなと思っていると、結月はやる気のようで気合を入れて「お願いします!」と礼をする。
ミスリル刀を構える結月の表情は真剣そのもの。一方で、ルイさんはミスリル刀を片手に余裕たっぷりだ。
「三人同時に掛かっておいで」
三人同時って、やっぱり俺もか……。出鱈目な強さのルイさんに挑戦するなんて気が進まないが、陽那もミスリル刀を出してやる気になっているので、俺も渋々ミスリル刀を手にして構える。
最初にルイさんに会った時よりも、俺達は強くなっている。一撃くらいは入れられるようになっているだろうか。
「やあっ!」
先陣を切ったのは陽那だ。ルイさんに突進して素早い突きを放つ。ルイさんは切っ先で陽那の刀の切っ先に合わせて止め、陽那の胴を打った。
刀の切っ先同士をぶつけて止めるって、どんな精度で刀を扱っているんだよ!?
陽那が下がると、入れ替わりに結月ルイさんに切りかかる。
「フッ!」
気合と共に鋭く振り下ろされる刀も、ルイさんは余裕の表情で逸らしてしまった。ルイさんは結月の横をすり抜けるように動いて斬撃を浴びせる。
防御フィールドのおかげで怪我をしないのは分かっているが、一瞬、結月が斬り捨てられたように見えてドキっとした。
ルイさんは俺を見て「かかって来ないのか?」と挑発する。
かかっていきたくないが、陽那と結月がやっているのに、俺だけやらないわけにもいかない。こうなりゃやけだ。
俺は踏み込んで、真正面からルイさんに斬りかかった。
「適当に突っ込んできても、無駄だと分かっているんだろう?」
俺の刀は弾かれて、頭を刀で打たれてしまった。防御フィールド越しにでも痛いっ!!
その後もしばらく戦ったが、ルイさんに全く歯が立たなかった。
陽那と結月が高速で連携しても、軽くいなされてしまう。当然俺が一人で切り込んでも、あっという間に一撃入れられてしまう。
三人で囲んで同時に攻撃しても、全て切り払われ反撃される。速いうえにすべての行動が完全に読まれているようだ。結月でさえ息が上がっている。上には上がいるもんだ。
しばらく戦って俺たちがバテたところで、ルイさんは褒めてくれた。
「君達は本当に強いな。すごくいいね」
息も乱さず、汗もかかずに強いと言われてもな……。
「私も長い年月をかけて、鍛錬し続けていたから今があるんだよ。君達も諦めずにに頑張れば、そのうち私を超えられるだろう」
超えられる気はしないが、もっと強くなりたい気持ちはあるので、頑張ろうとは思う。
「次のモンスターは、少し趣向を変えてみようか。休憩したら挑戦してみて」
ルイさんに言われた通り、少し休憩してから転移ゲートに入ると、薄暗い空間に大きな鏡が三枚あった。近づくと俺の姿が鏡に映る。
なんで鏡? 俺は自分の姿が映っている鏡に、手のひらをぺたりとあてると鏡が砕け散った。
反射的に後ろに跳んで退避し、鏡のあったところを見ると、俺が立っていた。二人を確認すると、陽那と結月も自分と対峙していた。
自分自身に打ち勝てってやつか。大体こういうのって、本体と同じ強さなはず……。
偽物が一歩前に出て刀を振る。くっ、速い「俺こんなに速くないだろ!」と文句を言いつつ何とか躱す。
クソッ本体より強いパターンか! 再び斬撃が鋭く俺に迫る。それを刀で受けて押し合うと、力負けせずに拮抗している。
何度か打ち合っていると偽物の速さに慣れてきた。俺よりいくらか強いようだが、結月よりはかなり弱いな。徐々に冷静になってくる。
よく動きを見ると、攻撃パターンは単調で何とかなりそうだ。結月が教えてくれたことを思い出しながら攻撃に転じる。
何度か刀を打ち合った後、俺の刀が偽物をとらえ勝利できた。
陽那と結月はとっくに終わっていたようだ。俺が偽物を倒したところで自動で庭に戻ってきた。ルイさんはまだ庭にいて、戻った俺達に問う。
「どうだった? 陽那さんと結月さんは物足らなかったかもしれないが」
「俺より強くて慌てたけど、何とか勝てました」
「いや、魂力は本物と同じだよ。技量は少々低いけどね。樹君はもう少し自信を持ってもいいだろう」
「……はい」
「陽那さんと結月さんは樹君よりずっと強いけど」
励ますようなことを言った直後に、それ言うか? 俺は力が抜けて、ガクッと両手を地面についた。この人、絶対わざと言ってるよな……。
ルイさんは転移して帰ってい行ったが、まだ日が暮れるまでには時間もあるし、せっかくなので三人で剣技を磨くことにした。
陽那と初めて刀のみで手合わせしてみた。俺からすると結月と同じくらい強いのでは? と思うほどだ。そのうえ魔法まで強いんだから、チートとしか言いようがない……。
「陽那は刀だけでもかなり強いね。俺では全く勝てる気がしないよ」
「えへへ、私も結月に鍛えてもらってるからね」
俺が息を切らしながら言うと、陽那は胸を張って得意げだ。その様子を見ていた結月が大まかな強さを教えてくれた。
「剣技のみで強さを測った場合、私が10だとすると、ルイさんは15以上、陽那は9~8、樹は5……じゃなくて7くらいかな」
今、5って言ったよね……。気を使わせてごめんね。
このままでは情けないので、少しでも強くなれるように、日が暮れるまで必死に鍛えたのだった。
* * *
今夜も、俺の部屋に一緒に寝に来た陽那と結月。格好はセクシー路線じゃなくて普通のパジャマだ。残念なような、ほっとしたような。
陽那が俺の手を引き、ベッドに乗りながら微笑む。
「あんまり樹をいじめたら、かわいそうかなって……」
結月も俺の手を握って、擦り寄りる。
「樹がその気になるまで焦らず待つよ」
二人に「おやすみ」とキスしてから瞼を閉じた。俺は二人の優しさに甘えてばかりだし、感謝してばかりだ。いつか返せる日が来るんだろうか。
ところで毎日三人で寝てるけど、仮にすることになったら初めてなのにいきなり三人でするんだろうか? その時考えればいいか……。