面倒ごと
――翌朝。
陽那が、結月に剣術の稽古をつけて欲しいと頼んでいた。結月は快く了解し、庭でPvPを使用して、実戦形式でやることになった。
俺はその様子をしばらく見ていたが、二人とも動きが速すぎて目で追いきれない。これでは彼女たちの動きを見て学ぶのは難しそうだ。
ボーっと突っ立っていてもなんだし、訓練場に行って魔法を全種類習得してこようかな。
出掛けてくると、二人に伺いを立てると、陽那に釘を刺された。
「いいけど、女の子にナンパされないように気を付けてね」
されるわけないでしょ。そう思いながら「変な男には絡まれても、女の子に絡まれたりしないと思けど」と返すと結月も続く。
「樹は強引に迫られると断れないから」
身に覚えがあるので、はっきり否定できない。俺は苦笑いで何度も頷きつつ、一人で訓練場に向かった。
* * *
訓練場へ行き、端末を操作して一通りの魔法を習得した。
取り敢えず使えるようにしておけば、あとは練習次第でどうにでもできるからな。
それにしても、最近は常に陽那と結月が一緒だから、一人で行動するのが何となく新鮮に感じてしまう。現実世界では、女の子と話さないことの方が普通だったのに。
この世界は本当に楽園だな。
そんなことを考えながら歩いていると、後ろから「柳津君」と呼ばれた。
振り返ると、同い年くらいの美少女がいた。
金髪に赤のメッシュが入った肩までの長さの髪、黒のタンクトップに黒のミニスカート。ニーソの絶対領域の隙間から白い太ももを眩しく覗かせている。
綺麗に違いないが、陽那と結月の方が美人だ。
誰だ? 知らない子だな……。ファンタジーな外見だけどNPCとは違うよな? と考えていると、その子は俺に歩み寄る。
「誰か分からない? 相場未来だよ」
「相場……さん? あー、確か中三のとき同じクラスだったっけ?」
「高校も同じだよ。クラス違うけど」
同じ学校だったのか……知らなかった。クラス違うしな。相場未来と言えば、太い黒ぶち眼鏡で、もっさりとした長い黒髪だったような?
彼女の変わりっぷりに驚いていると、俺の心中を察したようだ。
「この世界の美容院で、できる限り美人にしてってお願いしたらこうなったんだ。凄いでしょ」
華麗に異世界デビューしたんだね。この場合、とりあえず褒めるた方がいいんだろうな。
「確かに見違えたよ、綺麗になったね」
「なっ……、アリガトウ」
相場さんは、少し顔を赤くして俯く。少し間をおいて、彼女は何かを思い出したように顔を上げた。
「ところで柳津君はゲームの攻略進めてる?」
ゲームマスターと知り合って、隠しダンジョン的なところで、魂力を上げているとは答えられないよなぁ……。
「イヤ……、まあ……、ボチボチ」
「私の魂力1500くらいなんだけど、柳津君はいくつ?」
本当は一桁違うけど、正直に答えるときっと面倒なことになるだろうから「俺も同じくらいかな」と無難に答えておく。
「じゃあ固有スキルも持ってるの?」
やけに質問してくるな。早く帰りたいのに、離脱する隙が見つからない。
「あ、あぁ、でも俺のは大したことないよ」
「私のは弓を使って攻撃すると、威力とかいろいろ強化されるみたい」
相場さんは言いながら間合いを詰めてくるので、俺は「へー、そうなんだ」と相槌を打ちつつ一歩下がる。すると彼女は立ち止まり、眉を少し寄せて唇を尖らせた。
「私のこと、全く興味無さそうだね」
「そんなことは……」
「なんか変に落ち着かないし」
こんなところ陽那と結月に見られたら、何を言われるか分かったもんじゃないからな。俺がどう対応したものかと考えていると、相場さんは声をあげる。
「ハッ、まさか私に惚れてしまった? それで態度がおかしいの?」
それはありえないな。陽那と結月のどっちを選ぶかで悩んでいるのに。
きっぱり「それは無い」と答えると、相場さんは肩を落としたように見えた。この隙に家に戻らなくては。
俺が「それじゃ」と背を向けて離れようとすると、腕を掴まれた。
「待って! 一回だけ西のフィールドに行こうよ」
相場さんは、前かがみになって頼み込む。タンクトップの胸元から、豊かな双丘の谷間が見えてしまったので、すぐに視線をそらした。
「一人だとボスに勝てないし、他の男に頼むと口説いて来るから面倒だし。お願い! 一回だけ!」
相場さんは俺の手を握り引っ張る。こんなところ陽那と結月に見られたら大惨事だ。仕方ない、手伝うか。
その前に、陽那と結月のグループにメッセージを送っておかないと。
視界のアイコンを操作して「面倒ごとに巻き込まれたから、ちょっと西のフィールドに行ってくる」と送信すると、すぐに「OK」と「了解」のスタンプが返ってきた。
相場さんと二人で、西の転移ゲートの広場に向かった。転移ゲートをくぐると、そこは森林のフィールドで、木々が空を覆うように茂っている薄暗いところだ。
虹刀を出すといろいろ聞かれそうなので、ミスリル刀を出して腰に下げた。
「柳津君は刀を使ってるんだね。妙に様になっているなぁ」
相場さんは感心した様子で、俺をじっくりと見ている。なんか照れるな。
「そうかな、見掛け倒しなんだけどね」
「そんなことないって、カッコイイよ」
「あ、ありがとう。じゃあ、進もうか」
相場さんの視線は、熱を帯びているように感じる。もしかして相場さんって俺のこと……? いや、まさかね。自意識過剰だよな。
このフィールドの出現モンスターはリス、蛇、狼など動物形だ。
切り捨てることに多少躊躇するが、切っても血が噴き出したりはしない。岩でできたモンスター同様、倒すと霧散して消滅する。
相場さんもある程度戦い慣れしているようで、弓矢をうまく使って、次々とモンスターを仕留めていく。どんどん進むと森が開けたところに出た。奥には大扉がある。中ボスの広間か。
大扉の前には、大きな木の幹に不気味な顔があるモンスターがいた。視界には「トレント・非常に弱い」と表示されている。
ゲームマスターに、ゲームを進めるなと言われてるんだけどな……俺が倒さなければいいか。
「俺が前に出て注意を引き付けるから、相場さんは弓で攻撃して」
相場さんは「分かった」と、素直に従ってくれるようだ。
俺がトレントに歩いて近づくと、地面から根っこが槍のように突き出してきた。俺は軽く左に跳んで躱す。
トレントは矢のように枝を飛ばしてきたり、太い枝を振り下ろして叩きつけてくるが、魂力が違いすぎるため攻撃が遅く感じる。
奴の攻撃をかいくぐって、本体を攻撃することも簡単だが、それをするとおそらくワンパンで終わってしまう。仕方ないので、攻撃を払いのけるためだけに刀を振るった。
俺がトレントをひきつけ回避に専念していると、相場さんは次々に矢を撃って命中させている。いくつもの矢を受けたトレントは倒れて消滅した。
やっと終わったか。ホッとしていると、相場さんは俺に駆け寄ってきた。
「柳津君、強すぎない?」
「え? 俺は全く攻撃してないよ」
「あいつの攻撃を、一度も受けずに余裕で避けてなかった?」
「あー、まぐれかな……。それよりそこの大扉開けてみて」
相場さんに予想外の指摘を受けたので、誤魔化すために大扉を開けるように促す。すると、相場さんは大扉に手を当て、押し開けた。
大扉を開け次のエリアが解放されると、広間の中央に転移ゲートが出現した。
「じゃあね、お互い頑張ろう」
俺がそそくさと転移ゲートに入ろうとすると、相場さんに呼び止められた。
「あ、ちょっと、そんな慌てて行くこともないでしょ?」
慌てているんですが……。相場さんの制止を無視して転移ゲートを抜けると、彼女も俺に続いて転移ゲートから出て来て、俺の腕を両手でつかむ。
まだなんか俺に用があるのか? と、足を止めると陽那の声が聞こえた。
「樹が女の子とデートしてるー」
心臓が跳ねて、声の方を向くと、相場さんにがっちりと腕を掴まれている俺を、陽那と結月はジト目で見つめていた。
結月は冷たい笑顔を俺に向けている。口元は笑っているのに、目つきが怖い……。
「樹、ずいぶん楽しそうな面倒ごとだね?」
あ、なんかすごく怒ってる……。俺が委縮して何も言えないでいると、相場さんは申し訳なさそうな顔で陽那と結月に頭を下げる。
「柳津君をちょっと借りました。ごめんなさい。ありがとう」
相場さんは、俺にも軽く頭を下げて走り去っていった。
三人でセンターに向かって歩いていると、陽那が俺の手を握りながら口を開く。
「あれ、相場さんだね」
「え、見た目だいぶ変わってるのに分かるの?」
陽那が「分かるよ」と答えると、結月も俺の手を握りながら聞く。
「で、何してたの?」
「中ボス倒すの手伝わされてた」
「ホントに押しに弱いよね、樹は」
やれやれといった表情の二人に、俺は「すいません」と頭を下げるのだった。
* * *
未来は樹と別れたあと、宿に戻っていた。ベッドに倒れ込んで、ぼんやりと窓の外の空を眺めている。
こんなところで柳津君に出会えたから、運命かと思ったのに。
まさか中学時代に男子からの人気ダントツ一位だった鳴海さんと、高校で一番美人な桜花さんが出てくるなんて……。
すごく仲が良さそうだったな……。さすがにあの二人には勝てないだろうな。
柳津樹君、私の初恋だったのに。




