異世界レジーナ
「地球に出現するモンスターのことを、もっと教えて欲しいんですけど……」
ルイさんは箸を置いて、少し姿勢を正した。
「そうだな。なぜモンスターが地球に出現するのかも含めて、順を追って説明しよう。まずは、私が何者なのかから話すよ。私は地球人だが、ある事情で『レジーナ』という星に転移してしまった」
俺達は静かにルイさんの話に耳を傾けた。
ルイさんが転移した『レジーナ』という星は、地球と環境がよく似ているらしいが、魔法が普通に存在し、家電の代わりに魔力を利用した魔導器というものが生活に根付いているらしい。
いいなぁ、異世界転移だ。俺もそんな体験してみたい……。あ、今俺達がいるこの箱庭も、異世界みたいなもんか。
さておき、右も左も分からない異世界で、多くの人に世話になったルイさんは、恩を返せるように、地球の知識を活かして魔導器の開発や製造に協力したとのこと。
地球とレジーナの技術を合わせて作った魔導器は、大ヒットしてかなり儲かったとルイさんは少々自慢げだ。そんな成功もあって、今ではそれなりの地位にいるらしい。
ルイさんって、秘密の組織の幹部って感じがするもんなぁ……。陽那と結月も頷きながら聞いているところを見ると、俺と同じように合点がいったみたいだ。
「レジーナでも、地球と同じように人々は多様な文化や価値観を持っており、多くの国や集団がある。その中の集団の一つ、まぁカルト教団なんだが、地球を敵視して滅ぼそうという教義の宗教があってね。地球に転移ゲートをつなげて、製造したモンスターを送って攻撃しようとしているんだ」
「地球を滅ぼすって、なんで?」と陽那が呆れたように声を上げると、結月が「なんて迷惑な」と眉を寄せた。
「我々が儲かった一方で、不利益をこうむった集団もあってね。地球人である私のことが気に入らないという感情が、地球は許せないから滅ぼしてしまおうという方向にズレていったのだろう」
俺が「儲かったのが原因で、地球が狙われてるんですか?」と聞くと、ルイさんは肩をすくめた。
「我々と競合するいくつかの会社は縮小したり倒産しているから、そういう面もあるということだ。だからといって地球を滅ぼしてもらっては困るのだがね」
それはそうだ。なんとしても阻止してやる。
「我々の予測では、八月三日の15時頃に転移ゲートが地球に繋がるとみている。私の属している国家は、その教団を殲滅する計画を立ててはいるが、教団の転移ゲートを設置するための設備と、モンスター製造施設を押さえるためには、二ヶ月程度掛かると見込んでいる」
地球に現れるモンスターに対応するために、戦力を地球に滞在させようとしても、コストがかかりすぎてしまうとのこと。
コストもだろうけど、異世界の人を地球に大勢滞在させるのも、いろいろ大変だろうし……。
「ルイさんたちがその迷惑教団を倒するまでの間、地球に転送されてきたモンスターを俺達で倒せばいいんですね?」
俺が確認すると、ルイさんは「その通り」と頷く。続いて陽那が身を乗り出して聞いた。
「地球に出現するモンスターの強さって、どれくらいなんですか?」
「教団の技術力や経済力から考えて、君達が戦った箱庭のモンスターで例えると、強いもので騎士型ゴーレム程度の強さだろうと予想している」
山岳地帯フィールドの三番目の中ボスだった奴だな。結月がワンパンでオーバーキルした……。もしかして、たいして強くない?
しかし、ルイさん曰く「魂力を強化していない人では、モンスターに全く太刀打ちできない」とのこと。
それもそうだ。今では陽那と結月は強くなり過ぎのような気もするが、箱庭に来る前だったら何もできずに殺されていただろう。俺達がモンスターを倒さなければ、多くの死傷者がでるのは想像に難くない。
ルイさんが一息ついたところで、結月が質問した。
「そう言えば、モンスターって作ってるんですか?」
「レジーナでは、特定の条件下で自然に発生することもあるが、地球への攻撃に使われるのは人工のモンスターだ」
「モンスターは生物じゃない。魔力を固めて作ったロボットのようなものだ。レジーナでは過去に兵器として使われていた。今では専ら兵士たちの訓練用たけどね。箱庭のモンスターもほとんどが製造施設で作ったものだ」
「モンスターを倒すと、構成しているエネルギーの一部が倒した人の魂に吸収され、魂力が強化される。ちなみに、高度な魔導器であるそのスマホの機能によって、獲得できる魂力の効率を上げたりパーティーメンバーで等分するなど、ある程度の調節は可能だ」
「地球には、魔力が無いからモンスターが自然に発生しないんですか?」と結月が重ねて問うと、ルイさんは首を横に振った。
「大気中の魔力の濃度自体は、地球もレジーナも変わらないよ。地球とレジーナの決定的な違いは、大気中の魔力を取り込み凝縮、変質させて『マナ』という上位のエネルギーに変換する植物の存在だ。レジーナでは至る所にマナ化植物が群生しており、マナは大気に漂っている」
「レジーナでは、ある条件下で大気中のマナが収束してコアとなり、魔力を引き寄せてモンスターとなる。しかし、地球では魔力をマナ化させる植物が存在しないため、モンスターは自然発生しないんだよ」
ルイさんはお茶を飲んで一息つく。俺が聞きたかったことは、概ね聞けたと思う。情報量が多くて理解が追い付いていない部分もあるけど。
ルイさんは、俺達に質問が無いことを確認するかのように見回した後、再び口を開く。
「箱庭で魂力を上げた人間は地球でも魔法を使ったり、超人的な強さを発揮できる」
「超人的過ぎて、日常生活に支障がありそうですよね」と陽那が苦笑いする。そうだよなぁ、俺でも家の屋根に乗れるくらいの高さまで余裕で跳べるし。
今の俺達の魂力は、普通の地球人と比べてとても強い。一般人相手なら、睨みつけるだけでも気絶させたり、場合によってはショック死させてしまう程らしい。
なので、地球に戻ったら、配布されたスマホの機能によって、モンスターと戦う時以外は自動的に弱化がかかり魂力を常人並みに制限されるとのことだ。
「モンスターが半径1km以内にいる場合は自動的に制限は解除される。また、インターフェースを操作することで、随時解除できる。君達はしないだろうが、強力な魂力を悪いことに使わないようにね。悪用した場合は、私がお仕置きに行くからそのつもりで」
ルイさんの笑顔、怖っ……。俺達は声を揃えて「はい」と返事をした。
レジーナのこと、地球を敵視する迷惑教団のこと、モンスターのこと。ルイさんからいろいろ話を聞きながら、美味しい料理をお腹一杯になるまで堪能した。
「しばらくは今まで通り、イチャイチャしたり、モンスターを狩ったり、剣技を磨いたりしてくれればいいよ。君たちはもう十分強いけど、強ければ強いほど予想外の状況にも対応しやすくなる。できる限りでいいので強くなって欲しい」
ルイさんは言い終わると、思い出したかのように付け加える。
「そうだ、大事なことを言い忘れていた。この箱庭内において限定だが、防御フィールドには避妊の効果がある。箱庭内で万が一できてしまっても、ケアする施設も無ければ、スタッフもいないからね」
この人、なにを言ってるんだ……。
陽那と結月から視線を感じる。俺は何も言えず視線を落とすのだった。
転移ゲートをくぐり、ログハウスの庭に戻ってきた。
ルイさんは、最後になにやら凄いこと言ってたような気がした。陽那と結月が俺にぴったりとくっついて、腕を抱いている、。
それでも知らん顔をしていると、陽那が顔を間近に寄せてきて「できないんだって」と囁いた。
それでも黙っていると、結月も顔を俺に寄せて「できないらしいよ?」と囁く。
うん、それは俺も聞いてたから分かっているけども。
二人ともいい笑顔で俺を見つめている。どうしたらいいのコレ……? 戸惑う俺の口から「また今度ね……」と言葉が漏れた。
陽那は軽くため息をつきながらも、笑顔のまま俺の頬に軽くキスをした。
「私はいつでもいいよ。気が向いたら言ってね」
結月も俺の頬に軽くキスをすると、声を溢して笑った。
「ふふっ、私も樹がやる気になるのを待ってるからね」
俺だって、思春期真っ只中の健全な男子だ。正直言ってしたい。だが今の状態で、その一線を越えるのは、ダメな気がしてならない。
二人とも、どちらを選ぶのか急かすわけでもなく、いつも俺を甘やかしてくれる。もうしばらく甘えさせて貰おう……。




