願望
瞼越しに光を感じる。もう朝か……。
なんかとっても気持ちいいな。温かくて柔らかいものを抱きしめている。こんな抱き枕、持っていたっけ……。頬ずりすると、すべすべした感触が気持ちいい。
って、待てよ!? そう言えば昨夜……。
目を開けると、腕の中にいたのは抱き枕ではなく陽那だった。
陽那と結月が隣で寝ていたことを思い出し、一気に目が覚めて現状を確認する。
俺は陽那に腕と脚を絡ませて、しっかりと抱きしめている。さらに彼女の首に顔を埋めていた。どおりで、頬ずりしたら気持ちいいわけだ。
頭を動かして、恐る恐る陽那の顔を見る。
陽那は既に目が覚めており、バッチリ目が合ってしまった。
陽那は何事もないように「おはよ」と声をかけてきた。そして軽くキスされた後、顔を近づけたまま頬を染めて囁く。
「樹にこんな風に触られちゃったの、初めてだよね……」
陽那を抱きしめている腕を緩めると、彼女はベッドから降りていった。俺は何も言えずに、体を硬直させている。
そういえば結月は? と思って振り返るとまだ寝ていた。
セーフだ。陽那を抱き枕のようにして、べったり抱きしめているところを見られたら、何を言われることか……。
ほっとしていると結月も目を覚ました。
「おはよ、樹。今日はよく眠れたよ、これからは毎日一緒に寝よ?」
「夜はヌきたいからなるべく一人で寝たいな……」
結月は俺の漏らした言葉を拾って「抜くって何を?」ときょとんとしている。
「いっ、いやなんでも無い。さぁ、起きようか」
「ん? 変なの」
結月も俺に軽くキスすると、ベッドを降りていった。ぽろっと本音を言ってしまう癖を直さないとな……と反省するのだった。
いつものように、朝食をとりながら今日は何をするか三人で相談している。
「今日も庭の転移ゲートに入ってみる?」
俺が二人に問うと、結月は眉尻を下げ「えー、お化けが出るところは嫌だな」と、いかにも不安そうにしている。
「クリアするたびに、転移先が変わるって言ってたから、今日は大丈夫とは思うけど」
俺の言葉に、結月は「うん……」と不安そうな表情のまま頷いた。
朝食を終え準備を整えて、三人で庭にある転移ゲートの前に立つ。結月がまだ不安そうにしているので、俺は手を握った。
「またお化け屋敷だったらすぐに出よう。そんで、ルイさんにお化け屋敷は嫌だって電話するよ」
俺が陽那と結月の手を握って転移ゲートに飛び込むと、抜けた先は見渡す限りの広大な草原だった。
上空から、獣の叫び声のような音が聞こえたので上を見る。
かなりのスピードで降下してくる奴がいる。猛禽類の頭に獣の四肢、大きな翼をもつモンスターだ。俗にいうグリフォンだな。体長は10m以上あるだろうか、かなり大きい。
グリフォンは離れた間合いで、前足を勢いよく振り下ろした。鋭い爪が大気を切り裂き、衝撃波となって飛んでくる。咄嗟に陽那と結月が壁を作り防いでくれた。
しかし、威力は相当高いようで、壁の範囲外の周りの地面は削り取られていた。
うわ、こんなの食らったら大怪我しそう。
つい怯んでしまうが、結月は「強そうだね。でも勝てる」と、グリフォンに向かって駆けていく。
その凛々しい姿を見ると、昨日は子供のように怯えていたのが嘘みたいだ。
グリフォンが咆哮を上げると竜巻が発生し、こちらに向かってくる。すかさず陽那が魔法で竜巻を作りぶつけて相殺した。
その間に結月はグリフォンの近くまで移動しており、青いオーラが噴き出している刀で一閃する。
グリフォンは雄たけびを上げながらふらつくが、何とか踏ん張り結月に尻尾を叩きつけようと振り回す。
それを結月はひらりと躱して距離をとると、空から燃え盛る岩石がいくつも降り注ぎ、グリフォンに次々に命中していく。これには耐えきれずグリフォンは消滅した。
陽那が結月の動きに合わせて、魔法を使っていたのか……息の合った連携だな。
グリフォンを倒すと、自動的にログハウスの庭に戻ってきた。そこにはルイさんが立っている。
「君たち三人なら、あのグリフォンも赤子の手を捻るようなものか。大したものだ」
「俺はなにもしてないですけどね。ルイさん、今日は何の用ですか?」
「私の要求を快諾してくれたお礼に、昼食でもご馳走しようかと思ってね。別に、暇すぎてやることがないから暇潰しに来たわけではないよ」
なるほど、暇潰しに来たのか。
ルイさんが指先を動かすと、転移ゲートが出現した。ルイさんがそこに入ってくので、俺達もついていくと、高級そうなレストランの個室のようなところに出た。
テーブルの上には、豪華な中華料理が並んでいる。俺達が感嘆の声をあげると、ルイさんは「遠慮せずに、どうぞ」と勧めてくれた。
俺達は「いただきます!」と声を揃え料理に飛びつく。
見たこともないような豪華な料理を夢中で食べていると、ルイさんは機嫌良さそうに口を開く。
「魂力というのは、格上の相手を倒すほど大きく強化されやすい。君達はその強力な固有スキルのおかげで、本来なら決して勝てないほどの強力なモンスター達を倒してきている。私が二十年以上掛けて強化した魂力に匹敵するまで、さほど時間が掛からないかもな?」
「二十年以上? ルイさんってどう見ても二十代前半に見えるんですけど……。もっといってるんですか?」
「『我々の技術』のアンチエイジングで若作りしているよ。実年齢は秘密だ」
俺は妙なプレッシャーを感じて黙り込む。陽那と結月も同じみたいだ。少しの沈黙の後でルイさんは俺に問いかけた。
「樹君は、自分の固有スキルが二人に比べて弱いと思っているのか?」
「ええ、まあ……」
「君の固有スキルを分析したところ、『恋人』の能力を20%上昇させるという能力のようだ」
「音声アシストの説明で大体聞きました」
「もともとの身体能力、魂力はもちろん、技の威力、魔法の威力、それに固有スキルの効果まですべて20%増しだ。掛け合わされるとどれだけ強化されているのかはもはや計り知れない」
「陽那さんと結月さんも、非常に強力な固有スキルだが、樹君の固有スキルで大きく底上げされているからこそ、二人は異常なほど高い戦闘能力を有しているんだよ」
「つまり君は、戦闘中ボーっと突っ立って二人を眺めているだけで、最大級の貢献をしていることになる」
ルイさんは、俺の固有スキルがあるから陽那と結月が強いんだと、フォローしてくれているんだろうか。それでも俺は……。
「できることなら、二人を守れるような強力な固有スキルが欲しかったですよ」
「固有スキルはその人の願望が出やすいという面もある。君は陽那さんと結月さんにキスしたいと、物凄く、限りなく、尋常じゃないほど強力に願ったんだろうね。MP回復に託けてキスしようとは良くできている」
俺が言葉を失って固まると、結月が俺の方を向いて苦笑いする。
「言ってくれればいつでもキスするのに……」
陽那も俺の方を向いて微笑む。
「私だって樹とキスしたいんだから、遠慮せずに言ってよ!」
ルイさんはニタリと悪い笑みを浮かべ、俺を見ている。
「若いって羨ましいな。樹君はヘタレだから、中々自分からキスしたいとは言えないんだろう」
なぜか俺の心の内を暴露されている。冷や汗が背中を伝う。俺は俯きながら、もう勘弁してくださいと心の中で叫ぶのだった。




